第12話 店でも嫌われるロイド


「いらっしゃ――げっ!」


「いや、『げっ!』は失礼だろ。いちおう客ですよ、客」


 街についた俺は真っ先に質屋を訪れた。


 連日訪れた客だというのに、質屋の店主は俺を見るなり表情を歪ませる。


 一体、俺が何をしたというのだろうか。


「な、なんだよ、ロイド! 昨日買い取った分の金は昨日全部渡しただろ! いくら脅されても、今日という今日は定価の二倍の額は払わないぞ!」


「定価の二倍って……相変わらず、やることえげつないな」


 店主は両手で顔を隠して俺から顔を背けると、小さく震えていた。


 一体、これまでロイドがどんな悪役非道なことをしてきたのか。


 店主の反応を見るといよいよ笑えないな。


 俺はカウンターテーブルまで進んでいくと、首飾りを外してそれを店主の目の前に置く。


 店主は腕のすき間からちらっと俺を見てから、首飾りに視線を落した。


「……これは?」


「これ買い取ってくれます? お金が必要でして」


「…………昨日の分含めて定価の三倍で買い取れって言うのか?」


「言いませんよ! まぁ、極力高く買い取ってもらいたいですけど」


 俺がそう言うと、店主はおっかなびっくりと言った感じで首飾りに手を伸ばす。


 そして、色んな方向から首飾りを見た後、ルーペのような物を取り出してよく首飾りを観察していた。


「これ、ブランド物じゃないか。本当に売るのか?」


「ああ、ブランド物なんですか。まぁ、ただの装飾品ならいらないかなと」


「い、いらない? 『ブランド物の装飾品は金持ちの証だ! おまえらとは稼ぎが違うんだよ!』と言っていたロイドが?」


「ぐっ! 確かに言いそうだな、ロイドの奴」


 四方八方を敵に回すようなことを口走ってたのか、ロイドの奴は。


 イメージ通りと言えばイメージ通りだよな。そりゃあ、嫌われないわけがない。


「とにかく、気にしないでください。いらないから、買い取りをお願いします」


「そう言うことならいいけど……なんで昨日からずっと敬語なんだよ。調子狂うなぁ」


 質屋の店主はそう言いながら、また視線を首飾りに落した。


 それからしばらくして、店主は顔を上げて俺を見て小さく唸る。


「なんですか?」


「いやぁ、その、なんだ」


 店主は煮えたぎらない態度で腕を組み、俺をじっと見てから言葉を続ける。


「……通常の買い取り額の1.2倍の値を付けよう」


「本当ですか?! ありがとうございます!」


「いい、いいから。畏まった感じはやめてくれ、気持ち悪い」


 俺が深く頭を下げると、店主は複雑な顔でそう言った。


 いや、気持ち悪いはひどくないか?


 一瞬そう思ったが、悪役のロイドが質屋の店主に頭を下げるなんて確かに気持ちが悪いかもしれない。


 そんなことを考えて、お金を手に入れた俺はポーションを買いに薬屋に急ぐのだった。




「いらっしゃ――うげっ!」


「いや、『うげっ』て。嫌われ過ぎじゃないか?」


 薬屋に入った俺は、先程の質屋同様に歓迎されていないようだった。


 店主は俺をキッと睨んでから、顔を両腕で隠して俺から顔を逸らす。


「『昨日買ったんだから、今日は無料でポーション寄こせ!』って言われても、今日はポーションはやらないぞ!」


「言わない。言いませんから」


 なんでみんな俺と会うと顔を隠すんだよ。


 なんだ? ロイドは店員の顔面を殴る癖でもあったのか?


 俺は小さくため息を漏らしてから、店主がいるカウンターまで距離を詰める。


「ポーションを買いに来たんですよ。瀕死状態だった人獣の子に昨日買ったポーション全部使っちゃたんで、新しいのが欲しくて」


「え?! 昨日買った奴全部使ったのか?!」


「あれ? もしかして、用量マズかったですかね?」


 俺がさらりと昨日起きたことを言うと、店主は目を見開いて俺を見る。


 初めて使うだけあって、ポーションの使い方が雑だったのは否めない。


 使いすぎて副作用が出ることでもあるのだろうか?


「いや、ポーションの場合は使いすぎて悪くなることはないけど……普通はもったいなくて躊躇するだろ」


「あー、まぁ、色々とありまして」


 店主の下げ垂れた眉を見て、俺は誤魔化すように頬を掻く。


 まぁ、普通は躊躇うかもしれないな。


 俺はどう答えようかと考えながら、店に並ぶポーションに目を向ける。


「そうでした。あれだけポーションを使っても、まだ体に不調があるっぽいんですけど、何かいい商品あったりしますか?」


 俺が分かりやすく話を逸らすと、店主さんはそれ以上追及することはなかった。


 代わりに腕を組んで少し唸った後、顔を上げて俺を見る。


「値段を気にしないっていうのなら、あることはあるけど……さ、さすがに、脅されても高いポーションは無料でやらないからな!」


「だから、買いに来たんですってば。これで足りますか?」


 俺が換金したばかりのお金をカウンターに置くと、店主は一瞬言葉を失う。


 俺も換金してもらったお金が普通の額ではないということは、ロイドの知識から分かっていた。


「……この金、どこから取ってきたんだ?」


「取ってないですから! 首飾りを売ったんですよ」


「売った? あの金色のやつをか? 『金の装飾品も持たない奴は死んだ方がいいぞ、貧乏人』って街の人たちによく言っていたのにか?」


 すごく既視感を覚える言葉を聞いて、俺は頭を抱える。


 なんでそんなに周りに敵ばっか作るんだよ、ロイドの奴は。


 俺はどう誤魔化しても誤魔化しきれない気がしたので、小さく頭を振ってから強引に話を進めることにした。


「それで、獣人の子が良くなるようなポーションって、そのお金で足りますか?」


「足りることは足りるけど、本当に買うのか?」


「ええ」


「……少し待ってろ」


 店主はそう言うと店の奥に入って、木箱に入った高そうなポーションを持ってきた。


 店に並べていないあたり、値段も効果も期待してもいいだろう。


「あれ? 店主さん?」


「さん付けはやめてくれ。気持ち悪い」


 いや、気持ち悪いは失礼じゃないか?


 そう考えながらも何も言わずに待っていると、店主さんはまた店の奥に引っ込んでいくつかのポーションを抱えて現れた。


「それは?」


「使用期限が近い残り物だ。もってけ」


「いいんですか?! ありがとうございます!」


「いい、いいから頭下げるな。これだけ金使ってもらったら、普通おまけくらいするから」


 俺が深く頭を下げると、店主は俺にぐいっと数本のポーションを押し付けるように渡してきた。


 俺は箱に入った物と、残り物として貰ったポーションを荷物にしまって、急ぐように店を後にするのだった。



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