妹の感嘆、兄の接待 -まだ飛んでない兄は、妹を甘やかす-
夏々湖
妹の感嘆、兄の接待
「俺、もうすぐ寮に入っちゃうからさ、その前に三人でピクニックに行かないか?」
三人兄妹の長男、
二人の妹、一卵性双生児の
(お兄ちゃんとピクニック! なにそれどんな天国よ! 夢じゃないよね? ちょっと誰かわたしのほっぺたぶん殴ってみてください!)
かなりおかしい反応は姉の琴だ。兄のことを崇拝しすぎて、こんな残念なことになってしまっている。美少女なんだが、いやほんと、反応に困る。
(琴とお出かけっ! よっしゃ、どんなコーデしよう。琴の希望によっては、ガチガチのオシャレしちゃうぞぉ!)
こっちは姉のことを好きすぎる妹、奏。ダメさ加減は変わらない。表面的な性癖方向性は違っていても、二人はガッツリ双子だった。
二人の兄の景は間も無く中学校を卒業して、この春からは全寮制の高等専門学校に通うことになっている。
つまり、これから五年間は一緒に暮らせないのだ。
ならばお兄ちゃんへ最高のわたしを見てもらおう!
琴が相談する相手は当然奏である。
琴が最も信頼する相手。なんでも知っていてなんでも教えてくれる奏。
「今度のピクニック、最高に可愛くしたいんだけど、どうしよう」
まかせろー、バリバリー
奏は張り切る。
だって琴が可愛いくなりたいとか言うのよ? そんなもん最高の琴に仕上げるに決まってんじゃないの!
琴と奏は小学六年生である。十二歳だ。
十二歳にできるオシャレなんてたいしたことない? 天才少女奏を舐めんな。
奏……沢井奏は天才だ。小学六年生の現在、毎日やってる予習はセンター試験の過去問であった。
過去に遡って共通一次試験の過去問なんかにも手を伸ばしている。ついでで各種専門職の資格試験問題まで取り寄せたりしていた。
何のために? 琴に何を聞かれても、いつでも完璧に受け答えできるようにするためだ。
琴からの信頼を得るためならば、なんでもしてやる。だって琴はもう一人のわたしだから。
琴……沢井琴は兄を崇拝していた。わずか二歳の時に、お兄ちゃんに質問した『ひこうきって、なんでとぶの?』
この難問を解決するために、物理学という神のツールの使い方を景から伝授された。
神のツールを与えてくれた神。それが景なのだ。神がいるなら当然崇める。わたしは神のために生きていく。
景……沢井景は、莫迦だった。俗にいう飛行機バカだ。結局何をしてても飛行機に結びつける大馬鹿野郎だ。
沢井家は茨城県小美玉市に有る。家の近くには航空自衛隊の百里基地があった。関東唯一の戦闘機基地、景の聖地。
普段は散歩と称して、しょっちゅうここまで連れてこられていたが、次はピクニックだ。いつもの散歩とは違う場所に連れて行ってくれるのかもしれない。
琴と奏はそっくりな一卵性双生児だ。しかも、琴になりたい奏は、常に双子コーデで過ごしていた。
双子コーデ……違う、あれは琴のコスプレなのだ。服装髪型はもちろん、口調や表情まで揃えてきたりすると、家族ですら見分けられなくなることもある。
そして、今回は『とにかく可愛らしく』を実現しなければならない。
奏は個人的にゴスロリが好きだった。しかし、普段の琴はシンプルな格好をしていることが多いために、着る機会が全然なかった。
『よし、ゴスロリで決めちゃる』
普段あまりしないおねだりでゴスな衣装を買ってもらい、ピクニックに備えた。
琴と一緒にお弁当の準備もした。
サンドイッチはハムチーズ、たまごサラダにツナサンド。スープは魔法瓶に入れて、
チューリップ型に仕上げた鳥唐揚げ。プチトマトにフライドポテト。デザートにはカットオレンジと、チョコチップスコーンも焼いて持っていこう。
五時起きして作ったお弁当。シャワーを浴びてからお着替えを。
ロリータファッションをするなら髪の毛も編み込みたい。二人分だからそこそこ時間がかかる。
二人は小六の少女としてはやたら高身長の160cm超えだ。ただのロリータファッションではなく、ゴシックにまとめられるのもこの身長のお陰である。
ペチコートはソフトワイヤー。形状記憶の優れもの。黒レースの長めスカートがよく映えます。
ブラウスは白、黒レースのケープを羽織り、更にロングのショールもレイヤー。
首元には黒チョーカー、ヘッドドレスは黒の中に差し色の赤線を。
黒と白のドレスに合わせるバッグもモノトーンだ。
ラウンドトゥの厚底靴、通称おでこを履いて、つま先トントン。よし、完璧!
お兄ちゃんは玄関出たところで待っている。
さぁ、それでは出発行ってきます!
♦︎
と言っても、いつものコースで百里方面へ進む兄。やっぱり百里基地? と思ったら、百里基地前バス停でバスを待ち始めた。
行き先は、茨城空港! うん、百里基地の反対側の入り口だね! 知ってたよ!
「今日は特別な日だからなっ! ちょっと特別な場所を選んだんだ」
「さすがお兄ちゃん!」
いや、流石なのか? それは!
茨城空港は、百里基地と並行して設置されている民間空港である。一応国際線も飛んでいるのだが、いかんせん不便すぎる立地のせいであまり人気はない。
基本的にバスでしかアクセスできないのだ。大荷物抱えてバスに乗るのは、やはりとても面倒なのだ。
バスに乗ってほんの二十分。茨城空港バスターミナルでバスを降りる。行き先はお見送りゲートかと思ったら、そのまま歩いて茨城空港公園まで連れて行かれた。
ここにはちょっとした丘があり、茨城空港の滑走路がよく見えるのだ。
そして
「かっこいいだろ、このF-4EJ改! 奥のRF-4Eさんも素敵すぎだよなっ!」
ああ、いつもの景だ。安心する。
いや、まて。
ゴスロリ双子コーデの美少女侍らせて、スタート地点がそれ?
まだ、二人に今日の服装の感想とか言ってないよね? それって男としてどうなん?
「はぁ、お兄ちゃん、かっこいい……」
あ、こっちはダメな方だった。もう片方は
「はぁ、琴が可愛すぎる」
どっちもダメじゃねーか!
「まぁ、工業高専で色々機械の勉強して、いつでも飛行機の訓練始められる人間になるんだよ、俺はこれから」
景が夢を語り始める。
うん、みんな知ってるから、それ。
「おおっ!タイガーエアのエアバスだ!」
アプローチしてくる旅客機に気がつき、景が興奮している。
いや、今自分語りし始めたとこじゃないの? もういいの?
琴が背中のバッグを下ろし、お弁当を取り出した。平常運転だ。
琴にとっては神のこのぐらいの奇行はスタンダードなセレモニーである。いつも通りに頷きながら、はいお兄ちゃんってサンドイッチが出てくる。
「お、サンキュー。んっんっうまいなこれ」
あああ、琴が溶けてる溶けてる。
溶けた琴見て奏も溶けてく。
そんな二人を見……サイレン音が遠くから響いてきた。
「スクランブルだ、戦闘機上がるよっ!」
二分ほどで、今度は鋭い排気音が聞こえてくる。
「今日は
二人がどんなに頑張っても、ファントムばあさんに敵わない。
よく考えたらF-4どころか、F-15Jだって、おん年五十のおばさまでゲフンゲフン。
結論、景は熟好き。
いや、そうじゃない。今の話題はサンドイッチだ。
「美味しいでしょ。琴がね、めっちゃ頑張って作ってたのよ」
「うん、頑張った。料理の本読んだら『料理は化学だ』って書いてあったから……化学は物理だから、あとは楽だったの」
いやまて小学生女子!
『料理は化学』ここまでは良い。料理本なんかでもそう書いてあるものは多いから、小学生でも読むかもしれない。
『化学は物理』それは高二以降で理数専攻した上で、サラッとなぞるだけだぞ? 確かに大学まで行くとそう教わるけどさ! 小学生はそこまで考えんでよろしっ!
「で、このナトリウムイオンが良い働きしてくれて……」
いや、それはお弁当の表現としてどうなん? 琴がこんなになった責任、景はどう思って……
「ほらっ737-800だぞ! 初期型が飛んでからもう、五十年近く経つのに……」
ダメだ……こいつ、景だった……
このあとも延々とボーイングと、そしてエアバスの旅客機についての蘊蓄を語り続ける。
そして、それをうっとりと見つめる琴。
そこだけ切り取れば、恐ろしく絵になるゴスロリ美少女うっとり表情なんだが、現場にいるとなんだかなぁ……となる。
しかし、ここで奏が動いた。
「ほら兄、琴が目一杯オシャレしてきたよ?どう?」
「そうだな、うちの妹は二人とも何もせずともかわいいからなぁ」
おおっ! 琴のお顔がパァッて
「おー、F-15Jが二機上がる。あれは訓練っぽいなー。あ、片方DJだ!」
景の顔がパァッってなった。
でも、その顔見た琴の顔は、やっぱりパァッってなって、琴大好き奏ちゃんもパァッってなってる。
ダメな兄妹だけど、でも関係は良い……のか? いや、景が全寮制の高専行くのは妹離れするためもあるんだった。
複雑な心の状態。
琴と一つになりたい奏。
お兄ちゃんをただただ崇めたい琴。
飛行機っ!
いや、こう……なんかもっと良い感じにまとめさせてくれません? 景が異質すぎてラブコメにならないんですが。
「ところで、兄は航空学生目指すのよね? 防大じゃなくて」
「おお、幹部になんかなるよりも、現場でひたすら飛べるとこを目指すよ」
航空学生……航空自衛隊と海上自衛隊で、パイロットを目指す若者が目指す道。五十倍もの倍率をくぐり抜けていけるのか……
「お兄ちゃんなら大丈夫。わたしが保証するよ」
「琴の保証があれば百人力だな。五十倍でも、百人いるから二人は受かる計算だ!」
いや待て、その計算はおかしい。
琴もそこでコクコク頷かない! 奏、笑い転げてないでこの二人止めて!
「あはははは、ごめんごめん。さすが兄だ。そのメンタルは尊敬できるわ。っていうか、パイロット向いてそうな気がする」
「だって、お兄ちゃんはパイロットになって空飛ぶんだから当たり前」
「そんなことより見ろよ! さっきのスクランブルの
ダメですこの人。
元々、妹二人を接待するつもりで企画したピクニック。気がついたらいつものお散歩と変わらない会話になってます。
でも、これがこの兄妹なんだね。
このままの、緩くて捻れた関係がずっと続くと……ツッコミが追いつかなくなるので、少しは自重してくださいね。
帰りのバスは、はしゃいだ琴が寝てしまった。
バスの窓際に琴が座り、景が通路側、通路を挟んで反対側に奏が座る。
琴の頭が景に寄りかかり、景がそっと頭を撫でていた。
その姿を見ながら、奏は未来を考える。兄がパイロットになるのは何年後? 十年ぐらい先かもしれない。しかし、兄のモチベーションは、きっとこのままのテンションを保ち続けるだろう。
十年後、琴は二十二歳、わたしも二十二歳。順調に行けば大学四年生か。
きっと琴は四年制大学に通うだろう。わたしは当然追いかける。兄はパイロットになれるかな? なれても、それは兄の希望する戦闘機なのかな?
今考えても仕方のないことなのだが、琴の頭をそっと撫でてる兄を見ていると、叶えてあげたいな……と思う。
きっと琴もそう思ってる。兄想いの琴だから。
「ん? お兄ちゃん?」
琴が目を覚ました。
「よく寝てたぞー」
景が頭を撫で続けながら微笑みかける。
琴が、『ああっ!』 って顔をしたあと、ふわっと笑って、再び景の肩に頭をつけた。
「今日、楽しかった。お兄ちゃん、ありがとう」
「それは良かった、誘った甲斐があったよ」
いや、琴は喜んでるけど会話がほぼアレだったぞ? 良いの?
「もっとお兄ちゃんのお話し聞きたい」
「ああ、任せろ。今日は寝るまで話し続けてやるから」
奏も、今日来られて本当に良かったと考えていた。琴を目一杯可愛く仕上げた甲斐があった。
「今日は飛んで無かったけど、百里に680号って
って、結局飛行機の話なの⁉︎
今、めっちゃラブコメっぽく終わろうとしてたのに、景の頭にはそれしか入ってないんかいっ!
夕暮れの空に一番星が輝き出す頃、バスは百里基地前に到着した。
バスを降り、家まで三人並んで歩く。
景を中心にして、右に琴、左に奏。
あまり車も通らない田んぼの脇を、三人で歩く。
轟音が響いてきた。空を見上げると、一番星に向かってジェット戦闘機のアフターバーナーのオレンジ色が輝いていた。
「あれっ! 今上がってったあの音! 680号だよ! 間違いない!」
いや、景、そーゆーとこだよ、本当あんたは…
妹の感嘆、兄の接待 -まだ飛んでない兄は、妹を甘やかす- 夏々湖 @kasumiracle
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