妹の感嘆、兄の接待 -まだ飛んでない兄は、妹を甘やかす-

夏々湖

妹の感嘆、兄の接待

「俺、もうすぐ寮に入っちゃうからさ、その前に三人でピクニックに行かないか?」


 三人兄妹の長男、ケイが二人の妹に向けてそう言ったのは、卒業式を間近に控えた二月の終わりだった。

 二人の妹、一卵性双生児のことかなは、兄の顔をじっと見て……脳内で祭りを起こしていた。


 (お兄ちゃんとピクニック! なにそれどんな天国よ! 夢じゃないよね? ちょっと誰かわたしのほっぺたぶん殴ってみてください!)

 かなりおかしい反応は姉の琴だ。兄のことを崇拝しすぎて、こんな残念なことになってしまっている。美少女なんだが、いやほんと、反応に困る。


 (琴とお出かけっ! よっしゃ、どんなコーデしよう。琴の希望によっては、ガチガチのオシャレしちゃうぞぉ!)

 こっちは姉のことを好きすぎる妹、奏。ダメさ加減は変わらない。表面的な性癖方向性は違っていても、二人はガッツリ双子だった。


 二人の兄の景は間も無く中学校を卒業して、この春からは全寮制の高等専門学校に通うことになっている。

 つまり、これから五年間は一緒に暮らせないのだ。

 ならばお兄ちゃんへ最高のわたしを見てもらおう!


 琴が相談する相手は当然奏である。

 琴が最も信頼する相手。なんでも知っていてなんでも教えてくれる奏。

「今度のピクニック、最高に可愛くしたいんだけど、どうしよう」

 まかせろー、バリバリー


 奏は張り切る。

 だって琴が可愛いくなりたいとか言うのよ? そんなもん最高の琴に仕上げるに決まってんじゃないの!


 琴と奏は小学六年生である。十二歳だ。

 十二歳にできるオシャレなんてたいしたことない? 天才少女奏を舐めんな。


 奏……沢井奏は天才だ。小学六年生の現在、毎日やってる予習はセンター試験の過去問であった。

 過去に遡って共通一次試験の過去問なんかにも手を伸ばしている。ついでで各種専門職の資格試験問題まで取り寄せたりしていた。

 何のために? 琴に何を聞かれても、いつでも完璧に受け答えできるようにするためだ。

 琴からの信頼を得るためならば、なんでもしてやる。だって琴はもう一人のわたしだから。


 琴……沢井琴は兄を崇拝していた。わずか二歳の時に、お兄ちゃんに質問した『ひこうきって、なんでとぶの?』

 この難問を解決するために、物理学という神のツールの使い方を景から伝授された。

 神のツールを与えてくれた神。それが景なのだ。神がいるなら当然崇める。わたしは神のために生きていく。


 景……沢井景は、莫迦だった。俗にいう飛行機バカだ。結局何をしてても飛行機に結びつける大馬鹿野郎だ。


 沢井家は茨城県小美玉市に有る。家の近くには航空自衛隊の百里基地があった。関東唯一の戦闘機基地、景の聖地。

 普段は散歩と称して、しょっちゅうここまで連れてこられていたが、次はピクニックだ。いつもの散歩とは違う場所に連れて行ってくれるのかもしれない。


 琴と奏はそっくりな一卵性双生児だ。しかも、琴になりたい奏は、常に双子コーデで過ごしていた。

 双子コーデ……違う、あれは琴のコスプレなのだ。服装髪型はもちろん、口調や表情まで揃えてきたりすると、家族ですら見分けられなくなることもある。

 そして、今回は『とにかく可愛らしく』を実現しなければならない。

 奏は個人的にゴスロリが好きだった。しかし、普段の琴はシンプルな格好をしていることが多いために、着る機会が全然なかった。


『よし、ゴスロリで決めちゃる』

 普段あまりしないおねだりでゴスな衣装を買ってもらい、ピクニックに備えた。

 琴と一緒にお弁当の準備もした。

 サンドイッチはハムチーズ、たまごサラダにツナサンド。スープは魔法瓶に入れて、

 チューリップ型に仕上げた鳥唐揚げ。プチトマトにフライドポテト。デザートにはカットオレンジと、チョコチップスコーンも焼いて持っていこう。

 五時起きして作ったお弁当。シャワーを浴びてからお着替えを。

 ロリータファッションをするなら髪の毛も編み込みたい。二人分だからそこそこ時間がかかる。

 

 二人は小六の少女としてはやたら高身長の160cm超えだ。ただのロリータファッションではなく、ゴシックにまとめられるのもこの身長のお陰である。

 ペチコートはソフトワイヤー。形状記憶の優れもの。黒レースの長めスカートがよく映えます。

 ブラウスは白、黒レースのケープを羽織り、更にロングのショールもレイヤー。

 首元には黒チョーカー、ヘッドドレスは黒の中に差し色の赤線を。

 黒と白のドレスに合わせるバッグもモノトーンだ。

 ラウンドトゥの厚底靴、通称おでこを履いて、つま先トントン。よし、完璧!


 お兄ちゃんは玄関出たところで待っている。

 さぁ、それでは出発行ってきます!


         ♦︎


 と言っても、いつものコースで百里方面へ進む兄。やっぱり百里基地? と思ったら、百里基地前バス停でバスを待ち始めた。

行き先は、茨城空港! うん、百里基地の反対側の入り口だね! 知ってたよ!


「今日は特別な日だからなっ! ちょっと特別な場所を選んだんだ」

「さすがお兄ちゃん!」

 いや、流石なのか? それは!


 茨城空港は、百里基地と並行して設置されている民間空港である。一応国際線も飛んでいるのだが、いかんせん不便すぎる立地のせいであまり人気はない。

 基本的にバスでしかアクセスできないのだ。大荷物抱えてバスに乗るのは、やはりとても面倒なのだ。


 バスに乗ってほんの二十分。茨城空港バスターミナルでバスを降りる。行き先はお見送りゲートかと思ったら、そのまま歩いて茨城空港公園まで連れて行かれた。

 ここにはちょっとした丘があり、茨城空港の滑走路がよく見えるのだ。

 そして

「かっこいいだろ、このF-4EJ改! 奥のRF-4Eさんも素敵すぎだよなっ!」

 ああ、いつもの景だ。安心する。

 いや、まて。

 ゴスロリ双子コーデの美少女侍らせて、スタート地点がそれ?

 まだ、二人に今日の服装の感想とか言ってないよね? それって男としてどうなん?


「はぁ、お兄ちゃん、かっこいい……」

 あ、こっちはダメな方だった。もう片方は

「はぁ、琴が可愛すぎる」

 どっちもダメじゃねーか!


「まぁ、工業高専で色々機械の勉強して、いつでも飛行機の訓練始められる人間になるんだよ、俺はこれから」

 景が夢を語り始める。

 うん、みんな知ってるから、それ。

「おおっ!タイガーエアのエアバスだ!」

 アプローチしてくる旅客機に気がつき、景が興奮している。

 いや、今自分語りし始めたとこじゃないの? もういいの?

 

 琴が背中のバッグを下ろし、お弁当を取り出した。平常運転だ。

 琴にとっては神のこのぐらいの奇行はスタンダードなセレモニーである。いつも通りに頷きながら、はいお兄ちゃんってサンドイッチが出てくる。

「お、サンキュー。んっんっうまいなこれ」

 あああ、琴が溶けてる溶けてる。

 溶けた琴見て奏も溶けてく。

 そんな二人を見……サイレン音が遠くから響いてきた。


「スクランブルだ、戦闘機上がるよっ!」

 二分ほどで、今度は鋭い排気音が聞こえてくる。

「今日はF-4EJ改ファントムが上がるよっ! やった!」


 二人がどんなに頑張っても、ファントムばあさんに敵わない。

 よく考えたらF-4どころか、F-15Jだって、おん年五十のおばさまでゲフンゲフン。


 結論、景は熟好き。


 いや、そうじゃない。今の話題はサンドイッチだ。

「美味しいでしょ。琴がね、めっちゃ頑張って作ってたのよ」

 「うん、頑張った。料理の本読んだら『料理は化学だ』って書いてあったから……化学は物理だから、あとは楽だったの」

 いやまて小学生女子!

 『料理は化学』ここまでは良い。料理本なんかでもそう書いてあるものは多いから、小学生でも読むかもしれない。

『化学は物理』それは高二以降で理数専攻した上で、サラッとなぞるだけだぞ? 確かに大学まで行くとそう教わるけどさ! 小学生はそこまで考えんでよろしっ!


「で、このナトリウムイオンが良い働きしてくれて……」

 いや、それはお弁当の表現としてどうなん? 琴がこんなになった責任、景はどう思って……

「ほらっ737-800だぞ! 初期型が飛んでからもう、五十年近く経つのに……」

 ダメだ……こいつ、景だった……

 このあとも延々とボーイングと、そしてエアバスの旅客機についての蘊蓄を語り続ける。

 そして、それをうっとりと見つめる琴。

 そこだけ切り取れば、恐ろしく絵になるゴスロリ美少女うっとり表情なんだが、現場にいるとなんだかなぁ……となる。


 しかし、ここで奏が動いた。

「ほら兄、琴が目一杯オシャレしてきたよ?どう?」

「そうだな、うちの妹は二人とも何もせずともかわいいからなぁ」

 おおっ! 琴のお顔がパァッて

「おー、F-15Jが二機上がる。あれは訓練っぽいなー。あ、片方DJだ!」

 景の顔がパァッってなった。

 でも、その顔見た琴の顔は、やっぱりパァッってなって、琴大好き奏ちゃんもパァッってなってる。

 ダメな兄妹だけど、でも関係は良い……のか? いや、景が全寮制の高専行くのは妹離れするためもあるんだった。

 複雑な心の状態。

 琴と一つになりたい奏。

 お兄ちゃんをただただ崇めたい琴。

 飛行機っ!


 いや、こう……なんかもっと良い感じにまとめさせてくれません? 景が異質すぎてラブコメにならないんですが。


「ところで、兄は航空学生目指すのよね? 防大じゃなくて」

「おお、幹部になんかなるよりも、現場でひたすら飛べるとこを目指すよ」

 航空学生……航空自衛隊と海上自衛隊で、パイロットを目指す若者が目指す道。五十倍もの倍率をくぐり抜けていけるのか……

「お兄ちゃんなら大丈夫。わたしが保証するよ」

「琴の保証があれば百人力だな。五十倍でも、百人いるから二人は受かる計算だ!」

 いや待て、その計算はおかしい。

 琴もそこでコクコク頷かない! 奏、笑い転げてないでこの二人止めて!

「あはははは、ごめんごめん。さすが兄だ。そのメンタルは尊敬できるわ。っていうか、パイロット向いてそうな気がする」

「だって、お兄ちゃんはパイロットになって空飛ぶんだから当たり前」

「そんなことより見ろよ! さっきのスクランブルのF-4EJファントムが帰ってきた。トラフィックパターン乗ってるから次で降りてくるよ!」


 ダメですこの人。

 元々、妹二人を接待するつもりで企画したピクニック。気がついたらいつものお散歩と変わらない会話になってます。

 でも、これがこの兄妹なんだね。

 このままの、緩くて捻れた関係がずっと続くと……ツッコミが追いつかなくなるので、少しは自重してくださいね。


 帰りのバスは、はしゃいだ琴が寝てしまった。

 バスの窓際に琴が座り、景が通路側、通路を挟んで反対側に奏が座る。

 琴の頭が景に寄りかかり、景がそっと頭を撫でていた。


 その姿を見ながら、奏は未来を考える。兄がパイロットになるのは何年後? 十年ぐらい先かもしれない。しかし、兄のモチベーションは、きっとこのままのテンションを保ち続けるだろう。

 十年後、琴は二十二歳、わたしも二十二歳。順調に行けば大学四年生か。

 きっと琴は四年制大学に通うだろう。わたしは当然追いかける。兄はパイロットになれるかな? なれても、それは兄の希望する戦闘機なのかな?

 今考えても仕方のないことなのだが、琴の頭をそっと撫でてる兄を見ていると、叶えてあげたいな……と思う。

 きっと琴もそう思ってる。兄想いの琴だから。


「ん? お兄ちゃん?」

 琴が目を覚ました。

「よく寝てたぞー」

 景が頭を撫で続けながら微笑みかける。

 琴が、『ああっ!』 って顔をしたあと、ふわっと笑って、再び景の肩に頭をつけた。

「今日、楽しかった。お兄ちゃん、ありがとう」

「それは良かった、誘った甲斐があったよ」

 いや、琴は喜んでるけど会話がほぼアレだったぞ? 良いの?

「もっとお兄ちゃんのお話し聞きたい」

「ああ、任せろ。今日は寝るまで話し続けてやるから」


 奏も、今日来られて本当に良かったと考えていた。琴を目一杯可愛く仕上げた甲斐があった。


「今日は飛んで無かったけど、百里に680号ってF-4EJファントムがあってさ、これのエアインテークの塗装が……」

 って、結局飛行機の話なの⁉︎

 今、めっちゃラブコメっぽく終わろうとしてたのに、景の頭にはそれしか入ってないんかいっ!


 夕暮れの空に一番星が輝き出す頃、バスは百里基地前に到着した。

 バスを降り、家まで三人並んで歩く。

 景を中心にして、右に琴、左に奏。

 あまり車も通らない田んぼの脇を、三人で歩く。


 轟音が響いてきた。空を見上げると、一番星に向かってジェット戦闘機のアフターバーナーのオレンジ色が輝いていた。






「あれっ! 今上がってったあの音! 680号だよ! 間違いない!」


 いや、景、そーゆーとこだよ、本当あんたは…

 

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