11

 跳ぶ、蹴る、避ける、殴る、撃つ、斬る、裂く。

 長時間の戦闘で、零の反応速度が落ちてきた。

 そこへダイヤモンドの周りから、数多の蝶が舞い上がる。

 対応しきれない数の蝶の翅が零の肌を切り裂き、鱗粉が肌に染みて、心臓がずきりと強く痛んだ。

――まずい。

 零の表情が歪む……が、そのとき。

「――あれ?」

 ダイヤモンドの動きが、止まった。

「なに、これ」

 頭の中に、記憶が流れ込んでくる。

 今までなかった思い出、笑顔、涙、心を呑み込む情報量。

 銀色の瞳が瞬き、意識が途切れた。


 どんどんダイヤモンドが形作られていく。

 設定が変わる、世界が変わる、見えてる皆の表情が変わる。

――楽しい。

 ずっと埃をかぶってた、小説を書いてる時の、心臓が高鳴って、早く続きが書きたくて仕方ない気持ち。

 やっぱり一番、ドキドキする。

「ねえ、皆」

 大丈夫、私は知ってるよ。

 皆すごくいい子だってこと、ほんとは優しいんだってことを。


 アクアマリンが斬りかかる。

 蒼い光が、零の頬に一筋の紅を残す。

「ダイヤモンドに手を出す奴は、私が許しませんわ!」

 赤ペンの効力が切れたサファイアも、ふらつきながら立ち上がる。

 その背後に、海の底に沈んだ死霊が浮かび上がった。

 零の表情が変わる。

 二階ほどの大きさの死霊が、覆いかぶさるような態勢で大鎌を振りかぶった。


 腕に疲れがたまってきた。

 それでも指の速度は落とさない。

 むしろ時間がたてばたつほど慣れて心地よくなって、スピードがあがる。

 前を見据えて真っすぐに、自分が生み出したキャラクターと、自分が創りあげた世界と向き合い続ける。

 それが、人生で一番大変で、楽しい時間だ。

 鏡を見なくたって、自分の目がキラキラしてるのが分かる。

 小説の終わりが近づいて来た。


 零が思いっきり後ろに飛んだ。

 旋風が髪を揺らし、服の裾が切れる。

 サファイアが片手をあげると、さらに死霊の数が増えた。

「――ヒロイのやつ、あとでぶっ飛ばす……!」

 誰が勝てるかこんなん、と心の中で怒鳴りながら、零はもう一度銃を構えて撃った。

 が、サファイアの心臓に、赤い印は表れない。

「は?」

 零は瞳をすがめ、それから目を見開いた。

――ヒロイが、サファイアの過去を完成させた?


 次々に、キャラクターが創りこまれ、完成していく。

 物語が進む。

 皆の姿が、鮮やかに脳裏に浮かぶ。


 エメラルドが至近距離からカードを放った。

 零の腕に、真っ赤な線が走る。


 ノートを閉じてどける。

 ここから完全に、原稿との即興勝負だ。


 海賊全員が、瞳を閉じたまま動かなくなった。

 零は戦闘態勢を崩さない。金色の瞳が、ベランダの向こうの窓を向く。


 文字を打つ。文字を打つ。文字を打つ。

 終盤が近づくと、脈拍が早くなって、指先が震える。


――ふいにダイヤモンドの瞳が開かれ、花のように閃いた。

 零はそれを横目で見るが、まだ緊張を解かない。


《だからダイヤモンドは、これからも生きていくのだ。この広い世界うみで、世界一の仲間たちと》


 零が窓を見上げる。

 その表情が、ふっと緩む。


「――『だって海賊は冒険するんだ。これからも、ずっと』」



 最期の一文字を、撃った。



 ヒロイの放った弾丸が、原稿を突き破り、世界を貫く。



「よし――!」


 壁を隔てた、中と外。

 二人の声が重なった。


「「入稿フィニッシュだ!」」

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