09
ちょうど今日はお父さんもお母さんも出かけていて、家には誰もいない。
ランドセルに入れてある鍵で家に入って、二階の自分の部屋へとあがる。
パソコンを起動。同時に、設定ノートを開き、鉛筆と消しゴムを用意。
私は、ふと思いついて言った。
「ねえ、零くん。これ、缶詰め状態って言うのかな?」
零くんはかすかに眉をあげた。
それから、ふっと微笑む。
「ああ、そうじゃないか?」
「そっか」
ぐっと伸びをする。
両手をキーボードに置いて、ブラインドタッチの構え。
「頑張れよ、ヒロイ」
「うん。――行ってくる!」
原稿を開く。
私はそのまま、小説世界に飛び込んだ。
頭の中にイメージが浮かぶ。
心の中に空間がある。
文字が連なる真っ白な世界に、私が浮かんでいて、そのすぐ傍を私が書いた文章が高速で流れ、移り変わっていく。
潜れ。
進め。
もっと深く、もっと奥へ。
過去最高速度で、キーボードの上の指が踊る。
打ち出されていく文字、消されていく文字、目まぐるしく変わる世界。
いつの間にか設定ノートには、ダイヤモンドの過去編が追加されていた。私の筆跡じゃない。そもそも私は、キャラクターの過去なんて考えてもみなかった。
きっと矛盾を解消するために、創られた設定だ。
そうか、と気づく。
キャラクターだって皆、過去があってページの中で生きてるんだ。いきなり生まれたわけじゃない。
「ごめんね、ダイヤモンド」
私は気づいてあげられなかった。
手でかきわけて、目を閉じて、文字の中に体を浸して、ダイヤモンドの過去を、ゆっくりと脳に沁みわたらせる。
だけど、違うと思った。
設定と作品を合わせるために、無理に創られた歪な過去。
これは、ほんとの過去じゃない。
ダイヤモンドを誰より近くでずっと見てきた小説家が、こんな過去は認めない。
――じゃあどうする?
私が自分で、探すしかない。
ダイヤモンドが、心の奥に隠した過去を。
今のダイヤモンドを形作る、ずっとずっと前の物語を。
創るんじゃない、見つけるんだ。
設定ノートをめくり、ダイヤモンドのページと真剣に向き合う。
浮かび上がってくる昔の話を、探す。
刹那、脳内に、ひとつの光景が舞い降りた。
「――見えたっ!」
目を見開き、高速でキーボードの上に指を走らせる。
頭が冴えわたって、今までにないほど調子がいい。
皆のセリフが、文章が、すらすら出てくる。
繋ぎとめるんだ。
大好きな人たちを傷つけないように、大切な人たちが誰も傷つけないように、心の奥からあふれだして止まらない愛を全部、こめて。
集中していた私は、いつの間にか零くんが部屋からいなくなっていたことに気づかなかった。
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