六 神様、そして祭の日 ②

 どこから降ってくるのだろうと身を乗り出すと、大通りの遥か向こうに大きな山がそびえ立っていた。天の国には、延々と続く大通りとそれをはさむ長屋、それ以外には終わらない草原があるだけなのに、急に山が生えてきた。

 ぽかんと見ていると、その山が急にドカンと噴火した。空気を震わせて、山から吐き出されたのは灰でも岩石でもなく、金に銀に輝く紙吹雪だった。心なしか、空まで金色に染まっているようだった。

 ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか。

 鉦の音がどこからともなく流れている。天の国の住人が、大通りにぞろぞろと集まっていた。雨降ら師が来たときのようだ。山がまたドカンと音をたてる。紙吹雪がまた舞い上がり、人びとの歓声が上がる。

 廊下に出てみると、ちょうど葉詰も部屋から出る所だった。紙吹雪は草原にも降り注いでいる。

「笹目、起きたかい。凄い光景だね」

「そうだな。墨雪はもう外かな」

「行ってみよう」

 部屋の戸を叩いても返事がないので階段を降り外に出る。墨雪は玄関で靴を履いている所だった。

「おう、来たか。すげえだろ」

「ああ、たしかにすごいな。あの山、どうしたんだ?」

「知らね。いっつもいつの間にか生えてんな」

「そんなんでいいのか」

「そんなんでいいんだよ」

 外に出ると降り続ける煌びやかな紙吹雪で前が見えないくらいだった。その紙吹雪は地面に降り積もって、先に落ちた分から少しずつ消えていくようだった。

 ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか。

 ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか。

 鉦の音が大きくなっていく。よく聞いてみると、それは山の方から聞こえてくるようだった。

 ドカン。また山が噴火する。墨雪は双眼鏡を手に、「おー、来た来た」などと言っている。

「来たって何が?」

「お前らも見て見ろよ」

 ほい、と渡された双眼鏡から山を覗き見てみる。火口から何かが湧き出しているようだった。じっと見てみると、それは達磨と招き猫だった。

「……なんか変なのが出てる」

「え、」

 葉詰に双眼鏡を渡すと、彼も微妙そうな声色で「なんだいあれは」と言っていた。

 じきに双眼鏡も要らなくなってきた。達磨と招き猫はぞろぞろと火口からでてきて、鉦の音に合わせて揺れながらパレードを作り、大通りになだれ込んできた。

 ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか。

 ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか。

 天の国の人びとは笑ってそれを見ている。僕も何だか楽しくなってきた。お祭りのような雰囲気というのは、嫌いじゃない。

 目の前を通りすぎる達磨と招き猫のパレードの中に、人の姿も見えた。考えて見れば、このパレードは駅のほうへと向かっている気がする。

「墨雪、この人たちみんな列車に乗るのか?」

「おう。列車で神様んとこ行くんだよ。達磨どもは流石に乗んねーけど。お前らはどーすんだ? 来るのか?」

 葉詰の方を見れば彼も僕の方を見ていた。僕の返答を待っているようだった。

「行くよ、僕も葉詰も。そうだろ」

「ああ、笹目の行くところに私はついて行くよ」

 そう言うと思った。これが正解なのか、わからないけれど。僕は神様というものを見てみたかった。葉詰は、自分ひとりだったら何と答えたんだろう。やっぱり神様に会いに行くのだろうか。僕といない葉詰というのも、もう想像できないでいた。

「おう、行くぞ」

 歩き始めた墨雪は人と達磨たちに紛れてもう見えなくなってしまった。僕らも招き猫の背にくっついてパレードに参加した。どうせ行く先は駅しかないのだ。慌てる必要はない。

 天の国のゲートをぬけてもパレードは続く。ちゃんかちゃんかと鳴り響く鉦の音もついてくる。普段薄暗い駅舎も、何だか輝いているように見えた。達磨と招き猫は駅のホームには上がらず周りで鉦の音に合わせて揺れていた。ホームには人がいっぱいに並んでおり、なんだか死ぬ直前のことを思いだす。だれか落ちないか、少し不安になった。

 葉詰も列車に轢かれて死んだと言っていた。彼の様子はどうだろう。隣を見てもどうやら墨雪を探している様で、心配には及ばないようだった。ほっとすると同時に、なんだか胸につかえるものがある。これは、嫉妬だろうか。葉詰は友人だ。墨雪も、もう大切な友人になった。彼らに対してこんな気持ちを抱くのは正常なことなのだろうか。周りはみんな浮かれている中、一人だけ取り残された気分だった。

「笹目、どうしたんだい?」

 気がつけば葉詰がこっちを見ていた。墨雪も近くにいる。彼らにこんな思いを知られたくなくって、笑顔を作っていた。見えるのはいつものへのへのもへじだろう。

「なんでもないよ、ちょっと人に酔ったみたいだ」

「本当に?」

 葉詰が僕を見ている。僕の嘘を、見抜いているような視線。でも、この気持ちを知られたくなかった。

「本当だよ、なんでもない」

「笹目……」

「いいじゃねえかよ別に。なんか言いたいことありゃ言うだろ。言いたくなきゃ黙ったっていいだろ。友達だからってなんでもかんでも知りたいってのはちょっと違うんじゃねえの?」

 墨雪の言葉に、葉詰は黙ってしまった。

「葉詰、すまない。たいしたことはないんだけれど……」

「いや、君のプライベートな部分に踏み込もうとした私が良くなかったね。すまない」

「いや僕が、」

「お前らどっちも悪くねーじゃん。別にいいじゃねーかよ。そろそろ列車が来るぞ」

 僕も葉詰も顔を見合わせて、少し笑った。列車が滑るように到着する。ぞろぞろと人が吸い込まれていくのに合わせて僕らも乗りこむ。

 鬼の坂月に行ったときには一両編成だったが、乗る人数に合わせて変化するのか、列車は長く列を組んでいた。そのおかげか悠々と席に座ることができる。

 ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか。

 外ではまだ鉦の音が鳴っている。達磨と招き猫に見送られて、金銀に輝く紙吹雪の中列車は走り出す。

「あ」

「どーした?」

「駅名を見ておくのを忘れた」

「着いたときに見ればいいよ。それより外を見てみなよ。ぜんぶ金色だ」

 紙吹雪が薄れゆく中、いままで通りなら空と水との青色に埋め尽くされる視界が、金色に輝いていた。成金趣味の嫌味な金色じゃない、日の出の中を進むような、澄み渡る綺麗な輝きだった。

「周りが浮かれてるからな、空も浮かれてんだろ」

「そういうものかい」

「そういうもんだよ」

 タタンタタン、タタンタタン。

 列車の音に紛れて鉦の音は聞こえなくなってきた。それでも人々のざわめきは絶えず、みんな笑顔でいる。

 だがしかし、列車の音というのはなんだか眠気を誘う。鬼の坂月に行ったときも僕は眠ってしまった。どこか別の駅に変わる瞬間というのを見てみたいのだが、まあ結局、天の国の草原からこの金色の光景に変わるところも見逃してしまった。隣で墨雪も寝ている。

「笹目、眠いかい」

 葉詰が聞いて来るが、彼の声も眠そうだ

「うん、葉詰もか。なんだか最近寝てばっかりだ」

「私は寝るよ。きっと駅につけば目が覚めるから……」

「そうだな」

 目を閉じればあっという間に眠りに落ちてしまった。

 タタンタタン、タタンタタン。

 列車は走り続ける。


 煌々と照りつける光で目が覚めた。列車の中には僕ら三人以外には誰もいなく、葉詰と墨雪は立って窓の外を見ていた。

「ああ、よく眠っていたね。着いたよ、神様のいる所だ」

 座席から立ち上がり、目を細めて窓を見る。車内は列車が走っているときに見た、朝日の昇るような輝きを何万倍にもしたような光に包まれている。でも刺し貫くような痛みはなく、天の国の日の光のようにただ柔らかな温かみのある輝きだった。

「降りてみよう」

 墨雪はもう下りていた。僕と葉詰が降りるとぷしゅうと音をたてて扉が閉まる。そのまま列車は去って行った。

 駅のホームに立つ看板を見て見ると「ヨキソラノアオシ」と書かれていた。

「神様の名前だけ書いてあるんだな」

「そうみたいだね。神様しかいない場所なのかな」

「おう、お前ら。こっから結構歩くからな。さっさと行くぞ」

 ホームを降りてすぐ、階段があった。ずいぶんと幅の広い階段で、僕ら三人が並んでも十分に余裕がある。その階段の一段一段は白く磨かれている様で、空から降り注ぐ金色の光を反射して影さえできないでいる。そして見上げてもただひたすら続いていて終わりがなく、僕は少しげんなりした。

「これ、登るのか」

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