三 雑貨、そして器の神 ②

「雑貨店……って服もあったっけ」

「ここはあるぜ。ちゃんとした服屋より品揃え悪いけどよ、安いし他のモンも揃うしな」

「その品揃え悪い店で買った服着てんのは誰だよ」

 そう言って店の中からぬっと姿を現したのは大柄な男だった。丸の中にバツ印が描かれた半紙を顔にしている。

「おう、売れてっか?」

「お前に心配されるようなことじゃねえや。なんだ、今日は冷やかしやんねえのか」

「客だ客。愛想よくしろよな」

 僕らをよそに会話が続く。と思ったら店主らしき男はこちらに向き直り、にやりと笑った。ように見えた。

「いらっしゃいませ、福丸雑貨店です。生活雑貨、洋服、大概揃います。以後よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 葉詰もにっこり笑いながら挨拶を返す。僕も慌てて頭を下げれば、店主は大声で笑って「んなかしこまらなくっていいって」と言った。

「んで、今日は何を探してる」

「服をいくつかとタオルとか生活用品。こいつら新入りなんだ」

「安モンでよければどうぞ見てってくれ。俺は奥にいるから買うときゃ呼んでくれ」

 そう言って店主は店の奥にのそのそと戻って行った。その様子は大柄な体も相まってまるで熊のようだった。墨雪は僕らの方を向き、ちょいちょいと手招きする。

「服はこっちな、俺もここで買ったんだ。葉詰が着てるみたいなのはないぞ。もっとちゃんとした服屋いかないと」

「いいよ、泥井さんからもらったのがいくつかあるし。私はちょっと他のを見てみようかな」

「んじゃ笹目、こっち来い」

 墨雪に誘われるがままに店の壁際まで歩く。そこには衣装掛けが並び、シャツやジーパンなどが店主の粗暴さに合わず、きちんと皺を伸ばされ整然と掛けられている。

 なにげなく一着手に取ってみるとそれは黒地にでかでかと「山」と白い字で書かれていた。

「あーそれな、いっつも残ってんだよな」

「…………」

 そのTシャツは戻して、白い無地のものと細い青色のボーダーが入ったものを選んだ。ジーパンも二本選び、新品の下着を手にしたところで、値札がないことに気がついた。僕の焦る気持ちを察したのか、墨雪が笑いながら言う。

「気にすんなって、ここのモン本当に安いからよ。そんだけでいいのかよ、もっと選んでもいいぜ」

「いや、うん……。とりあえずこのくらいかな」

「んじゃ葉詰のとこ行くか」

 葉詰はタオルの並んでいる所で水色にするか薄黄色にするか悩んでいる所だった。あんまり真剣に悩んでいるのでこちらが近づいているのに気づいていない。墨雪がにやけたひょっとこ面を隠しもせずそろそろと背後に忍び寄る。のを、僕は必死で止めた。こいつは葉詰を驚かして楽しもうとしているのだ。そうはさせてなるものか。しばし無言でやり取りしているうち、葉詰がこちらに気づいたらしく振り返った。

「おや、二人とも何をしているんだい。楽しそうだね」

「おう、なんでもねえよ。こいつがお前を驚かそうとしてよ」

「はあ!? それはお前だろ! こそこそ後ろから近づいて!」

「本当に楽しそうだね。そうだ笹目、君は青と黄色どっちがいい?」

「へ、僕?」

 葉詰は両手にタオルを持ってこっちにやってきた。

「バスタオルがいまはこの二色しかないんだ。君の好きな方を選びなよ」

 それとも他で探すかい? そう言いながら首をかしげて訊ねる葉詰を見ながら、ふと葉詰に似合う色は何色だろうと考えた。この天の国のような透きとおるような水色が合う気がするし、花のような薄黄色も似合うように思える。どっちがいいだろう。

「笹目」

 葉詰に声を掛けられて、その視線の険しさに気がついた。なんだろう、何かしてしまっただろうか。この短い間に? 気まずくなってつい目をそらしてしまう。

「笹目、君はいま、私のことを考えていただろう」

 なんだろう、葉詰はそんなことを気にしているのか? それが険しい顔をしている理由?

「私は君のことを聞いたのに、君は私のことを考えている。私の質問はどうでもいいことなのかな」

「いやっそんなわけないだろっ。ただ、葉詰だったらどっちがいいかなって考えて……」

「その気持ちは嬉しいよ。でも私は君に君の好みを聞いたんだ。君の考え方はそれをないがしろにするものだ。私は君のことを知りたくて聞いているのに」

「葉詰……」

 そらしてしまった目を合わせる。葉詰はもう怒っているようには見えなかった。ただ少し、声の調子から悲し気な雰囲気が伝わってくる。

「葉詰、ごめん。葉詰のこと考えてるつもりで、全然考えてなかった」

「いいよ。私も変に詰め寄りすぎたね、ごめん。それで、君はどっちが好みなんだい? それとも別の色がいいかな」

「いや、水色のにするよ。僕、青が好きなんだ。葉詰はどうするんだ?」

「私もね、青色が好みなんだ」

「え、じゃあ葉詰のにすればいいだろ。専用のタオル欲しいって言ってたじゃないか」

「タオルが二つしかないなんて言ってないよ。二色しかないってだけで」

「はあ?」

 なんなんだ。葉詰のしたいことが分からない。少し腹が立ってきた。それを察したのか葉詰は申し訳なさそうな声色で話し始めた。

「あまり怒らないでくれ。自分を思いだすいい機会だと思ってほしいんだ。自分が何が好きなのか、嫌いなのか。いまは他人のことよりもそういうことを優先すべきだと思うんだ。私たちは生きていた頃のことを覚えていないんだからね。……許してくれるかい」

「んー……まあ、そういうことなら? ゆる、す」

 なんだか納得がいくようないかないような。でも、これだけは言える。

「でも葉詰は他人なんかじゃないだろ。君は僕の支えで、僕は君の支えだって。葉詰が言ったんだからな」

「……そうだったね。ごめん」

 ちょっと沈黙が流れる。

「なんか話しまとまった?」

 見ると墨雪はしゃがみこみ、頬杖をつきながらこちらを見上げていた。こいつがいるのをすっかり忘れていた。

「結局お前らって互いのことばっかりだな。もっと自分本位でいいんじゃねえの? 俺はそうしてるぜ」

「うるさいな。こんなところに訳も分からないまま放り込まれて不安なんだよ。わかれよ。お前はどうだったんだよ」

「忘れた」

 墨雪はうんと伸びをして立ちあがった。……そんなことを、忘れてしまうことがあるのだろうか。墨雪はどれだけこの天の国にいるのだろう。僕も、もしかしたらここの生活が続くうちに葉詰がどこかへ行ってしまって、彼のことを忘れてしまう日がくるのだろうか。

 そんなことを考えているうちにはっとした。笹目木塔子。彼女を探さなくては。僕が死ぬ前に覚えていること。忘れてはいけないことを、忘れそうになっていた。葉詰といるのは楽しい。墨雪も、まあ楽しい。けれど僕がここに来ることになった原因ともいえる、彼女を探さなくてはと最初から思っていた。探してどうするんだろう。まだ何も、考えてないけれど。

「笹目?」

「笹目? おいどうした?」

 笹目。笹目。笹目木塔子。僕の名前のもとになった彼女のことを、ずっと呼ばれていたのに忘れるなんて。

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