第51話 白石さんの謝罪

「うん?どうした?」

「あ、いえ…」

「俺の顔に何かついてる?」

 顔のあたりを触りながら、近づいてくる先輩に焦って顔をそむけた。

「そんなに逃げるなよ、汚くないぞ!」

「そ、そうじゃなくて、先輩の顔のアップなんて緊張します」

「なんだよ、それ、じゃあ少し見慣れて」

 両腕を掴まれて、至近距離の先輩と目があった。

「いや、あの…先輩、意地悪しないでください」

 とっさにうつむいても顔が赤いのが自分でもわかるぐらい、耳まで熱い。

「良かった、意識してもらえなかったら、どうしようかと思った」

 掴まれていた腕が離されて、顔を上げると満面な笑みの先輩がいた。


「なあ、久高、元カレのこと、思い出すか?」

 駅までの道、先輩が唐突に切り出す。

「突然…どうしたんですか?」

「今、俺といて思い出したか?」

「い、いえ…」

「そうか、じゃあ、いつ思い出す?」

「……」

「辛い時か?一人の時か?」

「…わかりません…でも…思い出すと…辛くなります…」

「…うん」

 立ち止まった先輩が時間が止まったように私を見ている。さっきよりも更に心臓が早く動く。

「忘れようと頑張ってたはずなのに…なにも変わってないことに気づいて…」

「…うん」

「だめですよね…時間もたってるはずなのに…どうしたらいいのか…まだわからないです」

 急に伸びた佐藤先輩の手が頬にそっと触れて、その温かい手に驚いた私を見て、また先輩が優しく笑う。

「辛い時は俺を頼ればいいよ」

「えっ…そんな」

「いやか?」

 首を激しく横にふると佐藤先輩は大きな声で笑った。

「良かったー。嫌だって言われたらどうしようかと思ったよ」

「でも…仕事もお世話になりっぱなしなのに関係ないことまで…」

「…関係なくもないけどな…」

「えっ?」

「いや、別に。とにかくそういうことだから」

 駅について、送ってくれるという先輩を丁重に断って別れるとすぐにスマホが鳴った。それは知らない番号で、出るのをためらっているうちに切れてしまった。もしかして…そう思った気持ちをすぐに断ち切って、電車に乗った。


 火曜の朝、仕事が始まってすぐ山下先輩と佐藤先輩に会議室に呼ばれた。そこには白石さんもいて、目線を合わせないように外を向いて、ふてくされたように立っている。

「久高」

 再会してから、久高さんとしか呼ばれてなかったのに、白石さんの件で呼び捨てになったことに山下さんは気づいてるんだろうか。

「はい」

「昨日は済まなかった。俺の確認ミスでしなくてもいいことをさせてしまって」

「いいえ、そんなことは…」

「そうですよ、仕事は仕事…」

「白石、黙って」

「…はい」

「白石、何か言わないといけないだろ」

「白石」

 促した山下さんに返事をせずにいる白石さんを佐藤先輩がもう一度名前を呼ぶ。

「…ごめん…なさい」

 諦めたように頭を下げた白石さんが小さい声で謝罪の言葉を口にする。

「書類ができないなら、俺に言うのが筋だろう、それをなんで久高になすりつけるようなことをした」

「…それは…私より新人の子がミスしたほうが…」

「みんなが許してくれる…そういうこと?」

「だって…若い子のほうが…みんなちやほやするし、佐藤さん…久高さんばっかり可愛がるから」

「それ関係あるか?久高にしたら、とばっちりだろ」

 佐藤先輩に詰められて、白石さんはまた下を向いてしまった。



 

 



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