第31話 山下さんの忘れられない人が気になる

 フロントまで遠くないはずなのに上がった心拍数はマラソン並みに速くて苦しかった。関係のない人だと知らないふりしても、少しのことで心が振り回されて…情けなくなる。

「ありがとうございます」

 替えのマイクを受け取って、部屋に戻ると亀井先輩の隣に山下さんが座ってた。

「雫、こっちこっち」

 山下さんの前に席を移した椿が手招きしてる。近くに座ってた渉がこっちを見て苦笑いする。仕方なく椿の隣に座ると新しい飲み物のグラスを亀井先輩が置いてくれた。

「ありがとうございます」

「あれ、武史は?」

「あ…えっと…」

「白石に捕まってるよ」

 濃いめのハイボールを口にして、山下さんがさっと答える。

「はっ?お前置いてきたの?」

「いや俺も襲われかけたから」

「なんだよ、それ。お前が襲われたってこと?」

「ああ、くちびる奪われかけたよ」

 突然の言葉に、その場にいた私達全員が固まってしまった。

「おい、新人みんな驚いてるから、冗談はそれぐらいでやめとけよ!」

「えっ、じゃあ冗談なんですか?」

 渉が言葉を挟むと亀井先輩が大笑いする。

「ハハハ、白石は本気だろうけど、山は興味ないだろ?」

「かわいい後輩にしか見えないよ」

「男前がサラッと言うとかっこいいね〜」

「でも本気で迫られたらどうします?」

 椿が悪そうな顔で聞く。

「何?お前、山に告白でもするつもり?やめとけやめとけ、こいつ昔の彼女忘れられなくて、ずっと一人だから」

「文哉、余計なこと言わなくていいよ」

 急にトーンダウンした山下さんに亀井先輩がなおも続ける。

「って言っても、あんまり教えてもらってないから謎のまんまだけどな」

「それぐらいでやめとけよ」

「忘れられないって言えば久高と気が合うかもな」

「えっ……」

「久高もそういうやついたって言ってたよな?」

 酔ってる亀井先輩が饒舌に話すのに焦った渉が話題を変えようとする。

「亀井先輩、次歌ってくださいよ」

「石木、どうした、焦って…」

「いや、先輩の歌声聴きたいなって」

 そんなやりとりをしてると佐藤先輩と白石さんが戻ってきた。

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