第28話 ぎりぎりの気持ち

 私に抱きついた椿は、佐藤先輩を威嚇して睨んでる。

「佐藤先輩!もう油断も隙もないんだから。雫、危ないから一人でいなくならないで」

「ごめんね、でも椿達のペースであのまま飲んでたら、今頃私、倒れてるからね」

「雫がいないって大騒ぎしだして、戻ってくるって言ったんだけど、うるさいから探しに来たんだ」

 後ろにいた渉が説明しながら、佐藤先輩に頭を下げた。

「少し酔ったから休んでただけで…」

「お前ら、俺がせっかく久高を口説こうとしてたのに邪魔すんなよ」

 誤解されないように説明しようとしてたのに、佐藤先輩が冗談ぽく言う。

「やっぱり、佐藤先輩は雫狙いだと思った!でも白石さんとイチャイチャしてたから、もしかしてなんて思ったんですけどね」

「本田、イチャイチャって言うけどな…あいつは誰に対しても距離感が近くて誤解されやすいんだよ」

「距離感近いって…アホですか?佐藤先輩言っときますけど、白石さんが狙ってるのは山下さんか佐藤先輩ですよ!なんなら賭けてもいいですよ」

 椿が不敵な笑みを浮かべた。

「やめろ本田、そこまで!酔っぱらいなんで佐藤先輩すみません…今日はかなりのペースで飲んでて」

「いいよいいよ、石木。本田の言いたいことは何となくわかるから」

「え?」

「本田はよく見てるよな…でお前から見て久高が好きなのは誰か教えてくれるか?」

 佐藤先輩の突拍子もない質問に私も渉も驚いて、動きが止まる。

「そんなの聞くまでもなく私ですけど…まぁしいて言うなら……」

「つばき!!」

「雫の心の中にいる人は………私も教えてもらってないのでわかりませーん」

 ケラケラ笑いながら、私によりかかる椿の背中をさするとお返しのように私の背中をさすってくれた。

「部屋戻ろうか、4人もいないとあれだから」

 先輩の声かけで部屋に戻ると、酔って楽しそうに話す部長とそれをうんうんと聞く課長、その近くに山下さんにしなだれかかる白石さんがいた。4人の視線が自分たちに集まってることに気づいた山下さんが顔を上げて、私と目があった。酔いもあって、そらすことができないでいるうえに、密着している2人の状況にぎりぎりだった気持ちを保てなかった。思わず後ずさりして後ろにいた佐藤先輩の胸にぶつかってしまった。

「どうした?久高?」

 覗き込まれそうになった顔を見られたくないのに、それでもそらせない視線の先に山下さんがいることに渉が気づいてくれた。さっと私の前に立つと入口近くの亀井先輩に声をかけた。


「亀井先輩、2次会どうしますか?」

 渉が話を振るとお酒に手を伸ばしかけていた先輩があわてて立ち上がり、部長にお伺いを立てにいった。

「石木サンキュ、部長2次会も行きたいみたいだから、行けるやつで行こうか。カラオケあるところがいいって言うから、俺、心当たり電話してくる」

 一気に酔いが冷めた亀井先輩がスマホを持って部屋を出ると、佐藤先輩も一緒に出ていった。

「雫、俺の背中で顔拭いていいぞ」

 私を隠すように目の前にいた渉が笑いながら言う。

「…化粧ついちゃうよ」

「ハハ、じゃ今度飯おごって」

「うん、高いのおごるね…ありがとう、ごまかしてくれて」

「うん」

 渉の大きな背中の影でそっと涙を拭った。



 


 

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