第44話 君がいなきゃ生きていけないみたいだ

 それから3年の月日が経った。


 おれは人間領と魔族領のあちこちを転々としながら、世界の脅威らしく各地にほどほどの被害を与えていた。もちろん犠牲者は出さない。最初のうちは、極悪な犯罪組織をついでにぶっ潰したりもしていたのだが、今はそれもしていない。


 一線を越えてしまいそうだからだ。


 魂を、喰らいたい。


 ベシルデモが予見していたように、おれは飢えていたのだ。


 極悪人とはいえ殺してしまえば、抜け出た魂を喰らってしまうだろう。そして味を覚えたら、きっと、もう引き返せない。心が人間でいられなくなる。


 あれから紆余曲折あったが、人間と魔族はようやく協力体制を築きつつあるのだ。


 セシルとアイリス、シンシアとリュークの関係と、モステルの街の存在がきっかけとなり、さらに双方で名の知られたランドルフの活動が後押しとなったそうだ。


 彼らのそんな努力を無駄にしたくない。


 おれが人の心を失えば悪魔の力を暴走させてしまう。そうなったら、人間も魔族も滅ぼしてしまうことだろう。


 そんなことは絶対にダメだ。


 けれど、脅威であり続けるためにほどほどの被害は与えねばならない。出来心で、誰かを殺して喰らってしまいそうになる。


 耐え続けるのは、ひどく苦しい。ベシルデモがどこかで笑っている気がする。


「はあ……」


 大きくため息をついて、住まいに戻る。


 今は人間領内、ミュルズの街の南東の森に小屋を建てて生活している。そろそろ、ここも引き払う時期だが……。


 と考えていると、小屋に気配を感じた。


 これまでも何度か冒険者や聖職者、魔族の強襲を受けたことはあったが、住処を特定されて待ち伏せされているのは初めてだ。


 相手は、脅威となるレベルではないが、かなりの神力を持つのが気配でわかる。


 慎重に玄関を開け、即座に制圧しよう。そのつもりで手を伸ばしたとき、玄関は勢いよく開け放たれた。


 黒い僧侶服の金髪女性が飛び込んでくる。その姿に驚いて反応が遅れてしまった。おれは仰向けに倒れ、その上に女性が馬乗りになる。


「見つけましたわ、アラン様!」


「く、く、クローディア!?」


 見間違えるはずもなく、クローディアだった。


「なんでここに? どうしてわかったの!?」


「神のお告げです。ここで再会できると……油断しているから襲ってしまえると聞いてきたのです!」


「襲――っ、え?」


「ふひひっ、アラン様の体……久しぶりで、ハァハァ、興奮してきましたっ」


「いやいきなり!? 3年ぶりだよ!? 他になんかあるでしょ!?」


「ありませんわ! 3年も我慢したのですから! うひひっ、懐かしいですわ、この体勢と感触……。いつもは裸でしたけれど……脱ぐ時間も惜しいですわ、着衣のままでよろしいですわね!?」


「よろしくないよろしくない! ちょっと待――はぅっ!?」


 大事な部分を触られて、びくんっ、と反応してしまう。


「可愛らしいお声……。うひひっ、口では渋っていても、体のほうは正直なのは相変わらずですわね。もうこんなに大きく硬く……」


「や、やめっ、本当にご無沙汰だから……っ、大変なことになるから……っ」


「もうっ、嬉しいくせに! それにわたくし、今日は襲うつもりで来たのです。合意なんていりませんから!」


「わ、わああー、おーかーさーれーるー!」



   ◇



 8時間後――。


「わたくし、怒っているのですからね! 愛している方に置いていかれて、どれだけ寂しい思いをしたか、わかっておりますか!?」


 小屋の中でお茶を出して落ち着いたところ、文句を言われた。


 セリフとは裏腹に、満足げな笑みを浮かべているけれど。


「あんなめちゃくちゃに犯しておいて、よく言うよ……」


「アラン様だって、すぐに激しく求めて下さったではないですか」


「そ、そりゃあ……好きな子と、久しぶりだったわけだし……」


「思い知りましたか? あなたは、そういう相手を置いていったのですよ」


 ジト目で見つめられて、おれは目を逸らす。


「悪かったとは思ってるよ。でも後悔はしてない。やっぱり危険な目には遭わせたくないし……」


「では、またお逃げになるおつもりですか?」


「……お見通しか」


「逃げられるなんて思わないでくださいね。わたくしには神がついておられます。何度でも襲いに参りますから」


「それなら何度でも逃げるよ。君が諦めるまで」


 クローディアは儚げに息をつく。それからエメラルドの瞳でおれをまっすぐに見つめた。


「ところで、お体のほうはいかがですか? ベシルデモの言っていたような、飢えは……」


「ああ、それは――あれ?」


 言われて気づく。


「……消えてる。さっきまで魂を喰らいたくてたまらなかったのに……今はまったく……」


 にこり、とクローディアが微笑む。


「やはりそうでしたか」


「どういうこと? 君にはわかっていたの?」


「はい、思ったとおりです。性の営みは、すなわち生命の営み。生命とは、つまり魂! 神力を増幅するのと同じように、魂の飢えを満たす効果があるのです!」


「まさか、そんな……。じゃあ……」


「アラン様が飢えるなら、その分、わたくしがお相手いたします。いつでも、どこでも、何度でも!」


 力強く言い切ってから、ゆっくりと小首をかしげて上目遣い。


「これでも、わたくしと一緒にいてくださいませんか?」


「いや……負けたよ、クローディア。さすがドスケベ聖女様。おれは、君がいなきゃ生きていけないみたいだ」


「はい。一緒に生きましょう、アラン様!」


 胸に溢れてくる嬉しさに逆らわず、おれはそっとクローディアに顔を近づけた。彼女も察して応じてくれる。


 短い口づけ。


「……そういえば、普通にキスするのは初めてだね」


「は、はい……。なんだか、行為中とはまた違って、胸がきゅんきゅんいたします……」


 これでもう、人の心を失う恐れはない。


 ただ平和を願い、そのために活動することができる。


 それも嬉しかったが、また誰かと共に過ごせることが、なによりも嬉しかった。




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次回、アランの元に遊びに来るかつての仲間たち。平和になりつつある世で、彼らはどうしていたのでしょうか?

『第45話(最終話) 最後までドスケベかよ!』

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