第42話 いつ世界を滅ぼすかもわからない冷酷無比の卑怯者
「仕方ない。少し待っていろ!」
ランドルフは自分の鞄を持ってくると、まず布切れを地面に敷き、その上に次々と鞄の中身を取り出し、並べていた。
多種多様な人形だった。可愛らしい美少女、セクシーな美女、無邪気そうな幼女。衣装も様々だ。等身大サイズなら本物の人間と見分けがつかないほど精巧にできている。
「……なにこれ」
「わしのコレクションだ」
「ランドルフ……その鞄には秘密の魔法道具が入ってるんじゃなかったか?」
「入っているぞ。空いたスペースに趣味の品を入れているだけだ」
いや中身の9割は、その人形で埋まってただろ……。
「さあ選ぶがいい、大悪魔ベシルデモよ。そんな雑な作りの人形より、ずっと居心地が良いだろう。好きな人形に移してやるぞ」
ベシルデモは並べられた人形とランドルフとを交互に見遣り、身震いして退いた。
「なんなのだ、この老いぼれは……。こんなにも人形を持ち歩いているのか」
「持ち歩いているだけではないぞ。毎日手入れも欠かしておらん。安心して選ぶがいい。わしが毎日世話してやる。髪や肌の手入れも、お着替えもな」
ランドルフは薄く笑みを浮かべる。ベシルデモはますます戦慄した。
「こ、断る……! そこまで堕ちてはおらんっ」
「なに!? わしが丹精込めて作り上げた人形が気に入らぬか? そんなバカな、あり得ん……。いや、そうか。元と違う姿では気に入らぬのも道理。良かろう、ベシルデモよ! お前のために新たに作ってやろう! さあ元の姿を詳しく教えてもらおう。
「要らん! よせ、近寄るな!」
「遠慮するな」
「嫌だ! アラン、やっぱり帰してくれ、頼む! こんなのは嫌だ!」
逃げようとするベシルデモを、ランドルフは容易く拾い上げ、大切に抱きかかえる。
「その必要はない。わしが預かる。……いいな?」
こちらに確認を取るランドルフだが、有無を言わさぬ迫力があった。
「……はい、お願いします」
そう答えるしかない。
というか、あんまり関わりたくない。
みんな揃って引いている中、おれはシンシアに小声で尋ねる。
「おい、知ってたか、あの趣味……」
「知りませんでした。手入れなんていつしていたのでしょう?」
「人の趣味にとやかく言いたくないが……正直、ちょっと、よくわからないな」
「そう、ですね……。誰かに迷惑をかける趣味ではないですが……」
「キモいな」
おれたちの配慮した会話を、アイリスが一言でぶった切る。
「こ、こら! お前も自分の格好や趣味をとやかく言われたら嫌だろう! 相容れないならスルーすればいいだけなんだ、攻撃することはないっ!」
「というかランドルフ様、なにか忘れていません……?」
ランドルフは上機嫌にベシルデモを撫でていたが、ふとハッとしてこちらを振り返った。
「しまった。アラン、大悪魔を召喚して無事だったのか!? 本当に悪魔の力を手に入れたのか!?」
「遅えよ! そこが一番気にするところだろ! お前が大事そうに抱えてるのが大悪魔だよ!」
「あまりに雑な人形に我を忘れてしまっていたのだ! なんともないのか?」
「今のところはな」
「……言いたいことは山ほどあるが、もうやってしまったことは仕方あるまい。いや……むしろ――」
ランドルフは穏やかにため息をつく。
「本当に成し遂げてしまうとはな。大悪魔と契約して無事で済んでいるだけでも過去に例がないというのに、力を奪って人形に封じ込めるとはな」
「人形に入ったのは、そいつの不手際だがな」
「お陰で新しい楽しみができた。動く人形を持つのは長年の夢だったが、人の魂を移すわけにはいかぬからな。悪魔なら、ふふふ、誰に文句を言われることはあるまい……」
ランドルフに抱えられたまま、ベシルデモは恐怖と絶望に震えていた。
見て見ぬふりをしとこう。というか話題も変えよう。このまま掘り下げると、もっと深い闇が出てきそうだし。
「そ、それはともかく、魔族だったんだな、あんた」
「うむ。『
「アイリスがあんたを裏切り者呼ばわりしてたのは、そういうことか。古い歴史にやたら詳しかったのも……」
「わしは平均的な魔族より長生きの希少種でな。お前たちに語ったことは、ほとんどが実際に見てきたことだ。ゆえに大悪魔の恐ろしさも知っているつもりだったのだが……。お前には驚かされた。あのカナデとかいう小娘の言う通り、実際、引退のときかもしれん」
「それはまだ早い。あんたには、これからおれの脅威を世界中に喧伝してもらう」
「もちろんする。お前がその力に溺れないとも限らん。危険なのは変わりないからな」
「考えていたよりもっと危険だぞ。おれは魂に飢えるようになるらしい。いつか耐えきれず、本当の世界の脅威になるかもしれない」
「……弱点は、作っておいたのだろう?」
「首を切れば死ぬようになってる。そのときはベシルデモに力が戻ってしまうから、対策も忘れずに頼む」
「わかった」
「おれを追うのに、人間と魔族が協力するように上手く言ってくれよ。みんなが平和に共存できるようにってやったことなんだから」
「そうしよう。だが、上手くいく保証はないぞ。人間と魔族はずっと相容れぬものとして戦い続けてきたのだ。憎しみはそう簡単には消えぬ」
「それを飲み込めるだけの脅威におれがなればいいんだろう。それに、もう上手くいってるモステルの街がある。リュークとシンシアもいる」
と、ふたりに目を向ける。
「魔族の王子と、ラーゼアスの聖女が婚約したとでも発表すれば、きっといいきっかけになるさ」
ふたりは目を見合わせて、ぽっ、と頬を染める。
その様子を見て、アイリスはまだ気を失ったままのセシルをチラリ。
「魔族の王女と人間の勇者っていう組み合わせもありだな」
びくっ、と背を震わせて、アイリスはそっぽを向く。顔が赤い。
「さてと……じゃあ平和のために、ひとつ脅威らしいことをしておくか」
おれはパチンと指を鳴らす。
その場にいる全員を荷物ごと、適当な平原に転送させた。
今までいた遺跡が遠くに見える。
続いて、その遺跡に向けて意識を集中。次の瞬間、力を解き放つ。
遺跡は派手に爆発した。赤い炎の柱が、空高くに突き上がる。
「――なっ」
みんな一様に目を丸くして、その光景に釘付けになった。
「なんてことを! 封印の役目がなくなっても、あの遺跡にはとてつもなく貴重な歴史的価値があるというのに!」
「世界の脅威が生まれた狼煙としては、それくらいやったほうがいいだろう」
「お前というやつは……!」
「そう。その目だよ、ランドルフ。おれを恨み、疑い、恐れろ。そして追え。勇者も魔王も、ラーゼアス教も魔王軍も手を取り合って、いつ世界を滅ぼすかもわからない冷酷無比の卑怯者ダーティアランに対抗しろ」
最後のつもりで、みんなに笑顔を向ける。
「そうする限り、きっと平和が続くからさ」
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※
次回、みんなの前から姿を消そうとするアランに、クローディアが……。
『第43話 性欲もとい愛です! 愛しております!』
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