第41話 貴様、悪魔を騙したのか!?

「なぜお前が目の前にいる、アラン・エイブル!? 貴様の魂は我が奪い、体を乗っ取ったはずだ!」


「なにを言ってる。お前に魂を支払うのは契約者だろう? おれじゃない」


「バカなことを言うな! 契約者は確かに……いや待て、契約書を見せろ!」


 言われたとおりサイン入りの契約書を見せてやる。署名欄を見て、ベシルデモは声を震わせた。


「契約者……アラン・エイル!? お前は、アラン・エイルだろう!?」


「そうだ。だから契約者はおれじゃない。が、契約内容ではおれ――アラン・エイルに大悪魔の力が譲渡されるように書いてある」


「何者だ、このアラン・エイルというのは!?」


「紹介しよう」


 おれは大悪魔の力を試すのも兼ねて、魔力で鏡を作り出してやる。ベシルデモが乗っ取った体が映る。


 急ごしらえの、雑な作りの人形だ。


「アラン・エイルくん。お前を呼び出す前にリュークと作っておいた人形さ」


「な――ッ!? バカな! 魂のない人形などに契約ができるか! サインも本人の直筆でないと効力はないのだぞ!」


「でも、しっかり契約はできてる」


「それがおかしいと言うのだ! 貴様、いったいなにをした!?」


 ぴょこぴょこと動いて怒りと不満を表すが、一切の迫力がない。むしろ可愛いらしいくらいだ。


「こいつには魂を宿らせておいたんだ。儀式でな」


 おれはリュークに感謝を込めて微笑みを向ける。


 リュークはかつて、本能のみで生きていて魂など無いも同然だったスライムのウォルに、知性と意思を与えた。


 その儀式は術者の魂の一部を分け与えることで自我を芽生えさせるものだという。本来は、スケルトンや動く鎧リビングアーマーなどを生み出す際に使われる技術だそうだ。


 ならば人形に使えない道理はない。


 リュークには儀式をおこなってもらい、おれの魂の一部を、アラン・エイルと名付けた人形に宿らせてもらっておいたのだ。


「まだ自我が目覚めてはいなかったが、魔力で操ることはできたからな。ペンを持たせて名前を書かせた。直筆のサインには間違いないだろう?」


「そんな替え玉を……。貴様、悪魔を騙したのか!?」


「人聞きが悪いな。騙してなんかない。契約書は


「お、おのれぇ……! ただでは済まさんぞ貴様あ!」


 凄んで見せているつもりなのだろうが、雑な人形が地団駄を踏んでいるようにしか見えない。滑稽で、むしろ哀れだ。


「へぇ、どうするつもりだ? お前の力はおれにすべて移っている。今のお前に、いったいなにができるって言うんだ?」


「く……っ」


「お前は、おれが死ぬまで無力なままだ。さっさと自分の住処に帰るんだな。力がなくとも、その人形のまま暮らすよりはマシだろう?」


「……~~」


 ベシルデモはなにか言ったが、小声過ぎてよく聞こえない。


「なんだって?」


「帰れない……」


 屈辱のためか、その声は震えていた。


「力を失っているから、帰ることもできんと言っている……ッ!」


 おれは思わず笑ってしまう。


「自業自得だな。現世で活動できると欲をかいて体を乗っ取ろうとしたのが仇になったんだ」


「こんなはずではなかったのだ……ッ」


「帰りたいか?」


 ベシルデモは震えながら、そっと顔を逸らした。それから本当に悔しそうに、ゆっくりと頷く。


「じゃあ言うべきことがあるだろう?」


「……ちっ。た、頼む……」


「聞こえないな?」


「ああくそ! お願いします、帰してください! これでいいか!?」


「ダメだな」


「なにぃ!?」


「これまで散々契約者を騙してきた報いだ。しばらく現世で反省するんだな」


「ぐ……っ」


 ベシルデモは絶望して地に這いつくばった。


 そこに、ちょっと顔をひきつらせつつクローディアがやってくる。


「あの……アラン様? 少々いじめすぎかと。さすがに目に余ります」


「え、そうかな?」


「そうですよ。ほら、泣いてしまっています」


 よしよし、とベシルデモの頭を撫でる。ベシルデモはその手を振り払おうとするが、力が弱すぎてできない。


「泣くわけなかろう! 人間ごときが憐れむな~っ」


「わかっております。人形は涙を流せませんが、心は泣いているのでしょう」


 クローディアは撫でるのをやめない。


「ほら、アラン様?」


「……そうだな。騙したことは、そっちも隙あらば体を奪おうとしてたわけだし、お互い様としても……うん、確かに帰らせないのは意地悪だな」


 ふと、端から見ているリュークやアイリス、シンシアが話しているのが聞こえた。


「聖女さんが悪魔を庇ってる……」


「ラーゼアスとかダナヴィルって、悪魔は全力で滅するように教えてなかったか?」


「その聖女が思わず庇いたくなるほど、アラン様が悪魔的だったのですね」


「悪魔の力を得た影響か?」


「いえ、アラン様はもともとああだったような……」


「ヤベー奴じゃん。そういえばさっきオレのこと狙いやがったし……アイツに悪魔の力預けて本当に大丈夫かよ……」


 3人揃ってこちらを見て、若干身を引く。


 うわあ、信用ないなぁ……。


 ため息をひとつして、おれは改めてベシルデモを見下ろす。


「で、どうする? やり方を教えてもらえれば帰せると思うが」


「いや……もういいっ! この大悪魔ベシルデモを愚弄しおって! 我は帰らぬ! 現世に残って、貴様が苦しむさまを存分に楽しませてもらおう!」


「おれが、苦しむ?」


「悪魔の力を得てただで済むと思うなよ。貴様はすぐ魂に飢えるのだ。いずれ魂を喰らうことしか考えられなくなる。貴様がその力でなにをするか知らんが、やがて世界の脅威となり、弱点を知るかつての仲間に討たれるのだ! その無様な死に様を見下ろし、高笑いを上げてくれる!」


 やけくそ気味にまくし立てられて、不安が生じなかったかと言えば嘘になる。だが、だからといって、やめる理由にはならない。


「本当にそうなるか、試してみるさ」


 むしろ、クローディアのほうが不安そうだ。


「アラン様……」


「大丈夫、なんとかするよ」


 そこにカナデも微笑みとともに歩んでくる。


「もしそうなるなら、世界の脅威と立ち合う絶好の好機。協力した甲斐がありました。楽しみです」


「珍しく言うこと聞いてくれてたと思ったら、おれのこと獲物だと思ってたんかい」


「くくくっ、他に理由が必要で?」


 おれよりカナデのほうがよほどヤベー奴だと思うんだけどなぁ……。


 とかやっていると……。


「……うっ」


 ランドルフが意識を取り戻した。


「悪魔は? 召喚はどうなった!?」


「こうなった」


 ベシルデモを指差す。


「力を奪って人形に封じることに成功した」


「なん、だと……!?」


 ランドルフはわなわなと震えた。


「ふざけるな! なんだこの雑な人形は! どうせならもっと上質な物を使わんか!」


 え? 怒るとこ、そこ?




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・・・おや!? ランドルフのようすが・・・!

次回、『第42話 いつ世界を滅ぼすかもわからない冷酷無比の卑怯者』

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