第40話 悪魔にここまで細かい契約を求めるのはお前くらいだ

「契約書だと。そんなことを言い出すやつはお前が初めてだ」


「それはお前が、今まで怠けていたからだろう。いやそれとも、わざとそうしてきたのか。契約内容が曖昧なほうが、好きに解釈してやり放題できるからな」


「ずいぶんな口を利くやつだ。立場がわかっていないようだな? 我と契約したい者などいくらでもいるのだぞ。お前を灰にしてやって、その辺りにいる者に声をかけてやってもいいのだがな」


 ベシルデモの気配が変わる。整った美しい顔が邪悪に歪んで牙を剥く。


 圧倒的な力を感じさせる鋭い視線に、内心怯んでしまう。だが退かない。一歩でも退いたら、交渉で不利になる。


 逆に一歩前に踏み込んで、至近距離でベシルデモを睨み返した。


「できるものならやってみろ」


「ほう?」


「お前におれを殺せない。お前は契約がなければ、こちらの世界に干渉できないんだ。そうでもなければ、この世界で自由に暴れて人々の魂を貪っているはずだからな」


「ふっ、くくくっ、少しは頭が回るようだ。度胸もある。だが契約を拒否する権利は、こちらにもあるぞ。機嫌を損ねれば、お前の願いは叶わん」


「それならそれでいい。契約書もなく契約を結ぶ気などない。詐欺師のカモにされたくないからな」


「必死に声を張っているが、震えているぞ。本当は怖くてたまらないのだろう? くくっ」


「笑いを堪えているのさ。お前の笑い方が、仲間にそっくりでな」


 カナデの悪役みたいな笑い方と、大悪魔の笑い方が似ているのは本当だ。


 いや笑顔が大悪魔みたいっておかしいでしょ、カナデ……。


 などと心でツッコミを入れると、少しは気が楽になる。


「さあ、どうする? 拒否してもいいが、大悪魔様ともあろう者が、ただ召喚されて契約も取れずにすごすご帰っていくのか?」


「ふっ、虚勢を張って強がる様子は、なかなか愛くるしいものだ。いいだろう、せっかく久しぶり召喚されたのだ。それに願いもなかなか面白い。契約書を作ってやる」


 ベシルデモが手をかざす。すると、召喚手順の書かれていた書物が浮き上がり、風もないのにペラペラとページがめくられていった。白紙のページで止まると、そこに赤黒い文字が浮き上がっていく。


 それからおれのもとに飛んできた。受け取って確認すると、契約内容が数ページに渡って書かれている。最後のページには署名欄がある。


「これでいいだろう? 最後にお前と我のサインを入れれば成立だ。契約に縛られ、それを破ることは決してできなくなる。この我でさえもな」


「……おれはさっき、この本の文字が勝手に動くのを見た。サインの後に内容を変えたりしないだろうな?」


「不安なら契約書のページは切り取るがいい。本から離れれば、もう我の力は届かない」


「わかった」


「では切り取る前に、我がサインを……」


「待て、それはまだ早い」


「なんだ、まだあるのか」


「当たり前だ。ここからが本番だ。内容が曖昧な場所がある。修正が必要だ」


「細かいやつだ」


「こちらは魂をかけるんだ。半端なままでは契約なんて結べない」


「まあいい。どこを修正するのだ?」


「まず、おれに渡すのは大悪魔の力のみと明記して欲しい。この内容では、おれの体がお前に乗っ取られたとしても契約通りになってしまう。それは望まない。おれはおれまま、悪魔の力を振るいたい」


「ちっ、いいだろう」


「期間の明記も必要だ。このままじゃ、3分後に悪魔の力が消えてしまっても契約に反してはいない。それでは困る。期間はおれが死ぬまでとしたい」


「悪魔の力を得たら寿命などなくなるぞ? 無期限は困る」


「なら、弱点を作っておく。そうだな……普通に、首を切れば死ぬ、でいいだろう」


「いずれ誰かに殺されるまで、か。それならまあ構わんが……」


「ただし、お前がおれを殺すことはしないと明記してくれ。直接的だけでなく、間接的にも。おれを殺す意志を持つこと自体が契約違反となるように」


「わかった」


「それから――」


「まだあるのか……」


「山ほどな。穴だらけなんだよ、この契約書」


 修正箇所を指摘していくうちに、ベシルデモはだんだんと呆れていった。


 やがては「もうお前が勝手に書き直せ。あとで確認する」と、おれに丸投げしてきたくらいだ。


 これ幸いに、おれは自由に契約書に手を加えていく。


 その間、ベシルデモはおれの様子を眺めていた。が、それも飽きたらしい。よほどすることがないのか、クローディアたちの様子を眺めたり、声をかけて脅かしてみたり。


 そうして2時間近くが過ぎてから……。


「――できたぞ」


「やっとか……。見せてみろ」


 本が宙に浮き、ベシルデモの目の前に移動する。触れずにページをめくっていく。


「……長いな」


 契約書は、元のページ数の2倍ほどになっていた。


「それだけ足りない部分があったんだ。次があれば参考にするといい」


「悪魔にここまで細かい契約を求めるのはお前くらいだろう」


 契約書の修正は、ベシルデモが有利になりうる曖昧な部分を潰したのが主で、契約内容としては複雑ではない。要所をまとめると以下の通りだ。


・ベシルデモは、アラン・エイブルに大悪魔の力すべてを一定期間譲渡する

・期間は、アラン・エイブルが死ぬまでとする(首が切断されるまで)

・ベシルデモは、アラン・エイブルの意志決定にいかなる影響も与えない

・代償として、ベシルデモには契約者アラン・エイプルの魂が支払われる


 ベシルデモが内容を確認している間は緊張したが、もはや面倒だったのか彼女は軽く目を通しただけでおれに本を突き返してきた。


 署名欄には、すでにベシルデモのサインが書き加えられている。


「さあ、お前もサインをしろ」


「ああ。念のため、仲間にも確認してもらうが、いいな?」


「さっさとしろ」


 おれは念のためもう一度内容を確認してから、契約書を本から切り取った。リュークのもとへ向かう。


「……さっき頼んだのは、もうできてるか?」


「うん。たくさん時間を稼いでくれたから、バッチリだよ」


 おれとリュークは、ベシルデモに見えないようにしつつ契約書にサインをした。


 ベシルデモのもとへ戻り、サイン済みの契約書を見せる。


「よかろう! 契約成立だ!」


 その瞬間、魔法陣から闇が広がり、おれの体を覆い尽した。あらゆる神経に氷を差し込まれたかのような悪寒と不快感。それに反して、大きな力がみなぎっていく。悪魔の力だ。


 そして地の底から響くような笑い声が耳に届く。


「はははっ、バカめ! 契約で雁字搦めにしたつもりだろうが抜けがあったぞ! 魂の支払い時期が定められていない! つまり今すぐでも構わんということ! 魂の抜けた体ならば、乗っ取っても問題あるまい! われがアラン・エイブルとなるならば、なんら契約には抵触しないからな! これで現世で自由に行動できる! 素晴らしい契約だったぞ!」


「うん、知ってた」


「は?」


 で大笑いを上げるベシルデモを、おれは見下ろした。




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次回、ベシルデモの身になにが起きたのでしょうか!?

『第41話 貴様、悪魔を騙したのか!?』

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