第39話 お前にはきっちりと契約書を書いてもらう!
カナデがランドルフと戦っている横で、おれたちはセシルと相対していた。
クローディアの強化魔法を受けたウォルが前に出て相手をするが、押されている。おれも隙を見て矢を射るが、すべて弾かれてしまう。
クローディアも魔法で攻撃に参加しようとするが、魔力を集中しようとした瞬間に石つぶてを投げ当てられて、発動までもっていけない。
わかっていた。セシルは強い。シンシアやランドルフの援護などなくても、おれたち3人を押し切れるだけの実力はある。『勇者』の称号は伊達ではない。
だが戦いは、強いだけで勝てるものではない。
おれは矢を射ながら移動し続けていた。そして最適の位置につくと、狙いを定める。目標はセシルではない。
「――姉さん!?」
「っ!?」
おれの狙いに気付き、リュークの声が響く。拘束され、身動きできないアイリスは戦慄してぎゅっと目を閉じる。
間髪入れず矢を放った。
「くぅっ!」
刹那、ウォルと攻防していたセシルが、矢の軌道に飛び込んできた。ぎりぎりで矢を弾くも、無理に反転して跳躍したために体勢が大きく崩れる。
防がなければアイリスは死んでいた。無論、おれも殺す気はなかった。セシルなら、必ず防いでくれるとわかっていた。セシルならどんな状況でも人を助けようとする。それが彼の美点であり、弱点でもある。
ウォルはその一瞬を見逃さない。ゴムのように体を伸ばしてから、無防備となったセシルに勢いよく突っ込む。
砲弾のような体当たりを受けて、さしものセシルも地面に転がった。
続けて、おれは吹き矢に持ち替えて、毒針を発射する。
セシルの首元に命中。ただの麻痺毒だ。死にはしないが、しばらく身動きは取れなくなる。
「くっ、卑怯だぞ……アラン……!」
「それがわかっていたのに、正々堂々と向かってきたお前が悪いよ」
見てみれば、カナデもランドルフと決着をつけていた。ちょうど、峰打ちで昏倒させたところだった。
これで邪魔者は無力化した。おれは、改めてアイリスの荷物と、先程手に入れた杯を確認し始める。
「や、めろ……アラン。君が犠牲にならなくても――」
「おれのことはどうでもいいんだ」
「いいわけ……ない。君は、ぼくの大事な親友だ……」
そう言ってくれることに感謝しつつ、おれはセシルに目を向ける。彼の瞳を通して、遥かな故郷を思う。
「……なあセシル、おれたちの村のこと覚えてるよな?」
「忘れるわけない……。ぼくたちが狩りに行っている間に、魔王軍に全滅させられた。助けたくても、ぼくたちには手も出せなかった……」
「ああ……。あの日から、おれたちの旅は始まったな。目の前の命を助けられるようにって、強くなろうとした。おれたちは実際、強くなったよ。でも、それじゃダメなんだ。あえて犠牲を出して平穏を維持する世界のままじゃ、意味なんてない」
「そうだけお……らけお……」
いよいよ深く麻痺してきたか、セシルはろれつが回っていない。意識もぼんやりしてきているようだ。焦点の合わない瞳が、クローディアに向けられる。
「いいのか、クローディアあん……愛すう人が……」
愛する人を失ってもいいのか、との問いかけに、クローディアはもう迷わずに頷く。
「わたくしは、アラン様を信じておりますから……」
その答えが聞こえていたかのかどうか。セシルはもう意識を失っていた。
「ごめんな、セシル……。お前とは、いつかまた組みたかったよ」
噛みしめるように呟いて、アイリスの荷物から悪魔召喚道具を取り出していく。
なにかの骨――おそらく人骨で作られた燭台が3つ。それから革張りの書物。それに杯も合わせて、計5つの道具が揃っている。
書物を開くと、赤黒い血でなにかが記されている。判読できない。おそらく魔族の言語だ。
そうかと思うと、文字が生き物のように動き、おれに理解できる言葉へと形を変えていった。
ご丁寧なことに、大悪魔ベシルデモ召喚の手順が記されている。
その内容を反芻して、これからする契約について思案する。
「……どうかしたのですか?」
思ったより長い時間考えていたらしい。不安そうにクローディアが覗き込んでくる。
「今更、怖気ついたのですか?」
シンシアも声をかけてくる。
おれは素直に頷く。
「それもあるが……召喚の前に、リューク。相談があるんだ」
「ボクに? うん、役に立てるんならなんでもするけど……」
おれはリュークにひとつ頼み事をした。
それから改めて、書物の内容に従って大悪魔召喚の準備に入る。
まずは床に魔法陣を描く。それから魔法陣の外縁部に、骨の燭台を置いていく。ちょうど正三角形の頂点になる位置だ。それらにロウソクを立てて火を付ける。
それから、魔法陣の中心に置いた杯に、召喚者――つまりこのおれの血を注ぐ。
最後に、魔法陣の外で、書物に記された呪文を読み上げる。
クローディアたちは固唾を飲んで見守っていた。シンシアとリュークも、不安そうにしながらも口を挟まない。アイリスも、おれの意図を汲んでか、なにも言わずに見守っている。
呪文詠唱を終えて数秒後、骨の燭台の火が大きく高く燃え上がった。
魔法陣の中で風が渦巻き、杯の血を巻き上げる。その血に燭台の火が燃え移り、やがて渦巻く炎が火柱となる。
その炎の中から、不気味な声が響いてきた。
「――我が名はベシルデモ。召喚の呼びかけに応じ現世に舞い降りた。そなたの名を聞かせよ」
ごくり、と息を呑んでから答える。
「おれの名はアラン・エイブル」
「よろしい」
荒々しく燃え上がっていた炎が、青く静かになっていく。その青い炎の内側から、手が伸びてきた。カーテンでもめくるように炎を払い、大悪魔が全貌を現す。
その姿は、美女だった。
頭部に、魔族よりさらに大きい一対の
「アランよ、お前はなにを望む?」
先程の不気味な声ではなく、女性らしい声となっていた。
「おれは、お前のすべての力が欲しい。世界の脅威になれるような力が」
「面白い。その望み、叶えてやろう。お前の魂と引き換えだ。それでいいな?」
「…………」
「どうした? 魂を捧げると言え。それで契約は成立だ。お前の望みはそれで叶う」
「ずいぶん簡単だな」
「ふふふっ、そのほうがいいだろう?」
「いいわけがない。簡単すぎる!」
「なんだと?」
「大悪魔ともあろう者が、こんな大事な契約を口で結ぶつもりか? 横着するな! お前にはきっちりと契約書を書いてもらう!」
大悪魔ベシルデモは、目をまん丸く見開いた。
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※
次回、アランの要求は大悪魔ベシルデモに通じるのでしょうか!?
『第40話 悪魔にここまで細かい契約を求めるのはお前くらいだ』
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