第38話 もはや我が剣に、魔法は通じませぬ!

 カナデは喜びに打ち震えていた。


 何度も無様に魔法を受けてきた経験。モステルの街で一度だけ魔法を斬れたあの感覚。そしてリュークから学んだ魔法の知識。研鑽を続けてきた技。


 すべてが重なって、今ここで実を結んだ。


「もう一度だ!」


 ランドルフは再び魔力を集中させ、炎の矢を放つ。


 カナデは刀を振るい、それを両断する。


 そのまま踏み込めばランドルフを斬り捨てることもできそうだが、敢えてしない。もっと魔法を斬る感覚を確かめたい。


「どうぞ、ランドルフ殿。遠慮なくもっと魔法を使っていただきたい!」


「くっ。まぐれでは、ないのか……!」


 ランドルフは怯み、一歩ニ歩とカナデから距離を取る。


 リュークから学んだ結果、魔法を斬る方法は3つあるとカナデは考えた。


 ひとつは、刀に魔力をまとわせることだ。魔力は物理的に干渉できないが、魔力同士なら触れることができる。斬ることもできる。


 だがこの方法は、もはや魔法で魔法を斬っているに等しい。あくまで剣技にこだわるカナデが使うことはない。


 そこで、べつの方法だ。


 魔力が物理的に干渉できないままでは、敵にダメージを与えることもできない。ゆえに放たれた魔力は、命中前に物理現象や物質に変換される。炎や雷になったり、脂や石になったりだ。


 炎の矢にしてみても、発動直後は炎のような見た目だが、まだ本物ではない。目には見えてもまだ干渉できない魔力の状態だ。それが命中する直前に初めて本物の炎となり、物理的な影響力を持つようになる。


 カナデが今まで斬ろうとしていたのは、まだ干渉できない状態だったということだ。


 ところがモステルの街で一度だけ斬れたとき、あのときは、普段より若干遅れたタイミングで刀を振るっていた。


 それが答えだ。


 魔法が物理的な影響力を持ってから斬ればいい。


 無論、それは命中直前の瞬間だ。斬撃を間に合わせるのは非常に困難だ。


 だがカナデにはできる。それだけの鍛錬を積んできたのだから。


「……そうか。あの一瞬のタイミングを掴んだか。ならば!」


 ランドルフが杖の先端をカナデに向ける。魔力は見えないままだ。


 かと思った次の瞬間、カナデの足はぐらついた。意識が途切れそうになる。


 痛みはない。苦しみもない。なのに、刀を握り、立ち続けていることがひどくつらい。


「ほう。今ので倒れんか。さすがの意志力よ。しかし、いつまでも耐えられまい」


 その言葉で、これも魔法なのだと理解する。


 初めて食らうが、おそらく精神干渉系の魔法だろう。


 この系統の魔法は、物理的な干渉力を生じない。魔力によって相手の精神に直接影響を与えるのだという。非常に難易度が高く使い手が少ないと聞くが、ランドルフほどの魔法使いなら使えても当然だ。


 物理系の魔法では斬られるが、精神系の魔法なら斬られないと踏んだのだろう。


 その判断は正しい。いかにカナデの腕が良くても、先ほどと同じやり方では斬れない。


 しかし、魔法の斬り方には3つ目がある。


「ぬぅ、つぁああ! たぁあ!」


 精神に絡みつく不快感を振り払うように、気合の叫びと共に刀を振るう。何度も、何度もだ。


「ふん、無駄だ。お前が斬ろうとしているのは魔力そのもの。斬るどころか触れることすら――なに!?」


 8回目の斬撃にて、手応えがあった。


 まるで霧が晴れるように、精神にまとわりついていた不快感が消え去る。


 驚愕するランドルフに、カナデはにやりと笑って見せた。


「くっくっくっ、掴みましたぞ。もはや我が剣に、魔法は通じませぬ!」


「バカな、いったいどうやって!?」


「波に合わせたのですよ」


 魔力は波のようなものだと、リュークは教えてくれた。


 触れることのできる物理的な空間と、触れられない精神的な空間とを行き来しているのだという。基本的に物理的な干渉を受けないのは、普段の波長では物理的な空間に現れるタイミングが極小時間であるからなのだという。


 魔法の発動でその波が調整されて、様々な現象を引き起こしたり、物理的に干渉するようになるのだというが、詳しい話は覚えていない。魔法を斬るのに関係ない話だからだ。


 要は、魔力の波が物理的な空間に現れる極小時間に、刀を合わせれば斬れるということ。


「まさか、魔力の周波に合わせたというのか!? 理論的には可能だが、それを実現するなど不可能なはずだ!」


「不可能ではないと、たった今お見せしましたが」


「ありえん! 認めん! できるわけがない!」


 カナデの精神が、再び意識を失いそうなほどの不快感に包まれる。またもランドルフの精神干渉魔法だ。


「ぬぅう! づぁああ!」


 裂帛の気合とともに刀を振るう。今度は3回目で手応えあり。精神が解放される。


「まさか……こんなバカなことが。できるわけがないのだ。不可能なはずなのだ……!」


「貴方はいつもそうですな。できるわけがない、不可能だ、と。そう言ってなにもかもを否定する。『予定システム』とやらのこともそうです。外敵がいなければ人間は争いあって平和でいられないとか、人間と魔族はどうせ上手くいかないとか、さらにはアラン殿の案にも難癖をつける……実にくだらない戯言ですな!」


 カナデは刀を鞘に収め、腰を低くする。居合の構え。


「できないのも、不可能なのも、所詮は過去のこと。人は技を磨き、考えを研ぎ澄まし、常に強くなっていくもの! それを認められぬなら、もはや引退のとき! 引導をお渡ししましょう!」


 言い切り、カナデは踏み切った。


「――な」


 ランドルフが口を開くときには、すでにカナデは振るった刀を再び鞘に収めていた。


 すれ違いざまに斬撃を見舞わせたのだ。一瞬という表現でも足りないほどの高速で。


 振り返り、ランドルフの背に丁寧にお辞儀をする。


「ご指南、ありがとうございました!」


 そしてランドルフはその場で崩れ落ちる。だが死んではいない。片膝をつくのみだ。


 時代遅れの老人など、その魔法を攻略した今、討ち取るほどの価値はない。


 カナデは彼の身を斬る代わりに、別のものを斬ったのだ。


「ぐ……」


 ランドルフの姿が変わる。老いた姿はそのままに、肌は青白く、瞳は紅く。耳は尖り、頭には一対のつの


「おのれ……偽装魔法までも、斬りおったな……」


「ほう。魔族でしたか。どおりで魔族の事情に詳しかったわけです。それに……魔族でその高齢ぶり……古い歴史を知るのも、それゆえでしたか」


「よもや……お前のような小娘ごときに」


「その侮りが敗因だと申しております」


 素早く峰打ちを浴びせる。


「さて……」


 気絶した老人にもう興味はない。カナデはアランたちの様子に目を向けた。




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次回、セシルと対峙したアランは、いよいよ悪魔召喚に挑みます!

『第39話 お前にはきっちりと契約書を書いてもらう!』

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