第33話 相当ヤバいやつなんだな……
「じゃあアランたちもブルースを探してここに来たんだね」
こちらの経緯について説明したところ、セシルはそう言った。
「も? じゃあお前らも……。『
問いかけると、ランドルフが渋面で唸った。
「お前たちも知ってしまったか。他の誰にも漏らしてはいないだろうな?」
「ああ。犠牲が出るのは納得できないが、より大きい被害を防ぐためのものだからな。無闇にバラして、『
「ならば、よしとしよう。ではブルース王子が『
「そうだ。止めるためにな」
おれは頷くが、セシルはランドルフの言葉に首を傾げた。
「王子? ねえブルースって本当に王子なのかな? そりゃ見た目は男っぽかったけど、女の子じゃないのかな」
その隣でシンシアが眉をひそめる。「また言ってる」と言わんばかりだ。セシルは気にせず、リュークに視線を向ける。
「君は、ブルースの弟なんだよね? どうなのかな?」
リュークは困ってしまう。ひどく答えづらそうだ。
「えっと……会えば、わかるよ」
「リュークの言うとおりだぜ、セシル。男だろうと女だろうと、結局は捕まえるんだ。なにがそんなに気になるんだ?」
するとセシルは、照れたように苦笑した。
「いやぁ、その……なんでもないよ」
ん? この反応、まさか……。
「お前、一目惚れでもしたのか?」
「…………」
ちょっとばかり赤面して黙るセシル。シンシアはため息をつく。
「男が好きだったのですね。どおりでこの私にも関心がなかったわけです」
その発言に、トラウマが刺激され「ひぇっ」とリュークが慄く。
「ち、違うよ! ぼくはちゃんと女の子が好きだから! 言っとくけど、シンシアだって初対面のときはドキドキしたからね。でもお説教ばかりの女の子は嫌っていうか……。あと、なんか格好良さと可愛さの融合っていいなっていうか……」
「初耳だぞ。男みたいな女が好きだったのか?」
「ぼくも気づいたばかりで……。って、いや! こんな話してる場合じゃないね! 話の腰を折ってごめん!」
どう見ても恥ずかしくて話を打ち切ったようにしか見えないが、まあ、そっとしておこう。趣味嗜好は自由だ。
「……それで、おれたちは手始めに一番近かったこの場所に来てみたんだが、お前らはどうしてここに?」
うむ、とランドルフが頷く。
「他の遺跡では、大悪魔の召喚道具のひとつを持ち去られたのでな。狙いが大悪魔召喚なら、他の道具も必要だ。ここの物を、先に持ち出してしまおうと考えている。安全な場所に隠してしまえば、もうブルース王子には使えん」
「なるほどな。だが大悪魔召喚がブラフの可能性は?」
「ない。他に必要な物もすべて集められている」
「人間を滅ぼす……か。大悪魔ベシルデモ、本当にいるのか?」
「残念ながら、いる。記録に残っている限り、過去に三回、魔族領で災厄を撒き散らしている」
「あんたがそんな顔をするなんて、相当ヤバいやつなんだな……」
「そうだ。ただの悪魔ではない。悪魔は召喚者の願いを叶える契約を交わし、その代価として魂を持っていくものだが、大悪魔ベシルデモはやり方が極端なのだ」
ランドルフは、記録に残っているという災厄のひとつを語ってくれた。
ある土地で不作が続き、領民が飢えに喘いでいたとき、領主は一縷の望みをかけて大悪魔ベシルデモと契約した。豊作を願った。
翌年、領地ではあらゆる作物が豊かに実ったという。
ただし領主を含め、あらゆる領民、家畜までもが皆殺しにされていた。土地の肥やしにされていたのだ。
ベシルデモは確かに願いは叶えた。だが契約者の想いは汲み取らなかった。領主が豊作を願ったのは、領民たちを救いたかったからなのに。
「……もしブルース王子の願いが『人間の皆殺し』ならまだいい。もし『世界平和』などを願いでもしたら最悪だ。世界を平和にするためにと、争う可能性のある者――つまり人間も魔族も、
「……ほとんど詐欺じゃないか」
「悪魔とはそういうものだ。契約に反さず、利益を最大限に高めようとする。ベシルデモは極端すぎるがな」
だったら契約内容をよく確認して、細かく取り決めれば防ぐこともできそうだが……。
「とにかく、願い次第では人間だけではなく魔族にとっても大きな脅威となる。絶対に召喚などさせてはならん」
「どちらにとっても脅威、か……」
遺跡から召喚道具を持ち出し、隠してしまえば防げる脅威ではあるが……。
その点に、引っかかりを感じる。なにか盲点があるような気がする。
「明日は早くから遺跡の攻略に向かうゆえ、わしらはもう寝る。お前たちも協力するというのなら、早めに休むことだ」
「ああ……そうだな」
おれが考えているうちに、セシルたちは就寝の準備へ入っていく。
くいくいっ、と服の裾を引っ張られて、思考の海から戻される。リュークだった。
「どうした?」
「うん……あの、寝ちゃう前に……そろそろ……」
とシンシアのほうに目を向ける。
「ああ、そうだった。約束だったな」
おれはリュークをシンシアのところへ連れて行く。
「あら、なんですかアラン様。私、もう寝るところなのですけれど」
「悪いな。明日は忙しくなりそうだから今のうちにと思ってな。改めて、リュークに紹介しとこうと思って」
おれの後ろから、ひょこっ、とリュークが顔を出す。ちょっと不機嫌そうだったシンシアの顔が、見事なまでに笑顔になる。
「そういうことなら。初めましてリュークくん。私、シンシア・ルーサーと申します」
リュークはシンシアを見上げて、わぁ……と声を上げた。
「近くで見ると、本当に綺麗……。あっ、ボク、リュークです。シンシア……聞いてたとおりだ……」
シンシアはにこり、と微笑んでから、ハッとしておれに詰め寄る。
「念のため聞いておきますが、私のいわれのない悪評なんて吹き込んでいませんよね?」
「いわれはあるだろ」
「は?」
「言ってない。小さい男の子が好きとしか」
「ならいいでしょう」
シンシアは腰をかがめて、リュークと視線を合わせる。
「では……うふふっ、リュークくん、寝る前に少しお話でもしましょうか?」
「うんっ」
そのリュークの笑みに、シンシアはまた衝撃を受けたみたいに胸を抑えた。
「くっ、なんて可愛らしいのでしょう……っ! ときめきが止まりません……っ」
そんなシンシアだが、どこか獲物を狙う野獣の目をしているのは、きっとおれの気のせいではないだろう。
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※
次回、リュークを狙うシンシアに釘を刺すクローディアでした。そして翌日、遺跡の攻略へ行くのですが……。
『第34話 今ある『予定』の代案を』
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