第32話 おれたちで争ってる場合じゃない!

 おれたちは、リュークの屋敷から北西へ向かって進んでいた。


 ゼバスから受け取った地図にあった、ブルースが現れる可能性のある地点のひとつがそこにある。他に手がかりがないので、まずは現在地から最も近いところに向かってみることにしたのだ。


 リュークからは、大悪魔召喚に使う道具のひとつが封印された遺跡だと聞いている。


「大悪魔ベシルデモ……。そんなの、本当にいるものなのかな……」


 口にしたおれに、クローディアはどこか緊張した視線を向けてくる。


「教典を否定することになってしまいますが、わたくしとしては、いて欲しくないと思っておりますわ……」


「そんなに危険なものなの?」


「はい。それは――」


「――ちょっと待ちな」


 ウォルが会話に割って入り、ぴょんとおれの頭から飛び降りる。


「匂うぜ、嗅いだことのあるやつの匂いだ。どいつだったっけな……」


 それを聞いて、カナデも前に出てくる。


「確かに、気配がします。それにこの感じ……この匂い……。魔法の匂いです!」


 魔法の匂いとはなんぞや――とツッコむ間もなく、カナデは駆け出してしまう。


「うぉお、ここで会えるとはなんたる僥倖ぎょうこう! ランドルフ殿、今一度立ち合いをぉおお!」


「ランドルフ? えっ、セシルたちが近くにいるのか?」


 カナデを追うが、足が速すぎてついていけない。彼女の走る先には、本当にセシルたちがいた。遺跡の入口前で野営中だったらしい。


「くくくっ、お食事中に失礼! ランドルフ殿、お久しぶりに、ご指南いただきましょうか!」


 セシルもシンシアもランドルフも、お椀を持ったまま非常に困った顔をしていた。


「なんなんだお前は、本当に! 本当になんなのだ、こんなところまで!」


 偉大な大魔法使いも、語彙力を失うくらいだ。


「えーっと、カナデさん? ランドルフとの決着は、もう着いてたと思うんだけど。ぼくが横槍を入れなかったらランドルフは斬られてたわけだし……」


 セシルが正論を言うが、もちろんカナデに正論が通じるわけがない。


「あれは1対1ではなかったゆえ。そもそも店の中ゆえか、ランドルフ殿は手加減もなされていたご様子。今一度、全力での死合を所望いたします!」


「いやでも……」


「それとセシル殿……くくっ、消耗していたとは言え私を一撃で倒した腕前、さすがです。ランドルフ殿の次はご貴殿ですぞ。楽しみですなぁ、くっくっくっ」


「えぇ……」


 そこでやっと追いつく。速攻で頭を下げる。


「ごめん、本当にごめん! うちのメンバーが迷惑かけてごめん!」


 おれたちの姿に、セシルたちはちょっと安心した顔をした。


「よかったぁ。アランたちも一緒だったか」


「このバーサーカーが、野に放たれてしまったのかと心配したぞ」


「アラン様、はやくその狂犬をどこかへやってください」


 口々に文句を言われるが、甘んじて受けよう。おれも同感だから。


 でもおれが今後も責任負わなきゃいけないの、つらすぎない?


「止めないでください、アラン殿! どうせ彼らも我々を追ってきたのです! 刺客は斬るのみ!」


「状況的に刺客やってるのは君でしょーが!」


 と、おれがカナデに構っていたばかりに、ウォルの動きを見逃してしまっていた。


「おっ、うまそーなの食ってるじゃん。あたいもいっただきま~す♪」


「うわああ! やめてよやめてよ! 食料残り少ないんだから! 冗談抜きで死活問題だから!」


「ええい、食わせろ。ずるいぞ、食料は平等に分け合えぇえ!」


 食事を狙うウォルとセシルは揉み合いを始めてしまった。


 さらに。


「お久しぶりです、シンシア様。おや? わずかですが前より神力が高まっておりますね? 良かった、のですね。あの本、気に入っていただけてなによりですわ♪」


「……異教の聖女。貴方、やはり私をおちょくっているのですね」


「そんなことはありません。ひとり遊びもいいものです。わたくしも以前はよく励んだものです。アラン様と出会ってからは、そういった機会もありませんが」


「は? 自慢ですか? 煽ってますよね?」


 シンシアはこめかみに青筋を浮かべつつ、クローディアを睨みつけている。もとが美人なのでメンチを切っていても絵になるが、一触触発なのは間違いない。


「いやちょっと待ってくれ! 落ち着いてくれみんな! マジでここで争いは勘弁してくれ! 小さい子だって見てるんだ、大人らしく振る舞おうぜ!」


 大きな声を出して全員を制止する。みんなの注目がおれに集まる。そして、それらの視線は、一緒にやってきたリュークに移っていく。


「あ、あの、初めまして。ボク、リューク」


 ちょっと緊張気味に、礼儀正しくご挨拶。そして最後に「えへ」とはにかみの笑み。


「――ごふっ!」


 瞬間、シンシアが鼻血を噴いた。胸を押さえて悶える。


「か、かわいすぎます……っ」


「シンシア様!? 大丈夫ですかシンシア様!」


 倒れ伏したシンシアをクローディアが介抱する。


 それを横切って、ランドルフが驚きの顔で迫ってきた。


「ほ、本当に、リューク王子か……! アラン、なぜ王子がお前と一緒にいるのだ!? なぜこんなところに!?」


「誘拐してきた」


「はぁ!?」


 ランドルフが今まで見たことない形相でおれを睨んできた。


 セシルは唖然として、ウォルに食事を奪われる。シンシアも、目をぱちくりさせる。


「そんな場合ではないと後回しにしようと思っていたのだがな……やはりこやつら、先に始末したほうが世の中のためかもしれん」


 ランドルフが杖を手に取る。シンシアもゆらりと立ち上がる。


「同感です。こんな超絶美少年をさらって、いったいなにをするつもりなのです?」


 セシルも落胆と失望を瞳に滲ませつつ、剣の柄に手をかける。


「残念だよ、アラン。そこまで堕ちてしまったんだね……」


「違うんだセシル! それに、おれたちで争ってる場合じゃない! 人間全体の未来がかかってるんだ!」


「いたいけな少年の未来も救えず、人間全体の未来なんて救えないよアラン!」


「おれもリュークを救うためにやったんだよ!?」


「嘘つけ、卑怯者ぉ! ぼくに大量の食事代ツケていったの忘れてないからね!」


 おれの隣に、悪役みたいに笑うカナデがやってくる。


「くくくっ、これは望むところ」


「望むなよ! 刀抜くなよ、マジで!」


「――あ、あの!」


 リュークが一歩踏み出し、おれたちを庇うように両手を広げる。


「本当なんだ! ボクが一緒に着いていくって決めたから……だからアランは悪くないんだ!」


「ぐふっ、健気かわいい……ッ!」


 シンシアがまた鼻血を噴いて倒れた。


 そしてセシルたちも構えを解いてくれる。ひとまずは争わずに済みそうだ。




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次回、ひとまず落ち着いた2つのパーティ。ブルースが召喚を目論む大悪魔についてランドルフが語ってくれるのでした。

『第33話 相当ヤバいやつなんだな……』

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