第31話 番外編③ 怒る勇者、真実を知る
セシルたちはランドルフの案内で、一度は魔王城に到達していた。
偵察によって、なんの被害も出ていないことはわかっている。アランたちは、まだ来ていないらしい。
ランドルフの推測によると、アランたちは誤情報を掴まされたのだろう、とのことだ。
そうして今は、道を引き返している。またもランドルフ先導で。
セシルにはそれが不満だった。アランたちに会えなかったのは仕方ないとしても、魔王城にまで行ったのだ。人間のため、この戦いを終わらせるために、魔王に挑んでも良かったはずだ。
実際、セシルとシンシアはやる気だったが、それをランドルフは「まだ早い」の一言で却下したのだ。
「どうしてもと言うなら勝手にしろ、わしは行かぬ」
さらにそんな風に言われては引き下がらざるを得ない。
いかに『勇者』パーティと言えど、火力を担う魔法使いを欠いて魔王城に攻め込むのは無謀すぎたのだ。
なにより不満なのは、ランドルフが隠し事をしていたことだ。
モステルの街について詳しかったこと。共存できるはずの
きっとまだ隠していることがある。
セシルはランドルフの一挙手一投足に常に注目していた。
そのために気づけた。
野営中、ランドルフのもとに鳥が舞い降りたのだ。ただの鳥ではない。魔力によって形成された、使い魔のような物だ。なにかをランドルフに届け、霧散する。
その届け物を、ランドルフはひとりでこっそり確認しようとしていた。
「ランドルフ、それ、ぼくにも見せてくれないか」
ぎくり、と背中を震わせてランドルフは振り向く。
「いたのかセシル、まったく気づかなかったぞ」
「気配を消す足さばきだよ、前にアランから教わった。まさか仲間に使うことになるとは思わなかったけどね。さあ見せてくれ」
「なんのことだ」
「とぼけないでよ。さっき魔力の鳥がなにか持ってきたでしょ。あれはぼくでも知ってる。魔族が連絡を取り合うのによく使ってる手段だ。なんでランドルフのところに、魔族の手段で連絡が届くんだ」
「誤解だ。そんなものは来ていない」
セシルはムカッときて声を荒げる。
「そうか、やっぱりまだ隠し事があるんだな! じゃあもういい。そんな人は信用できない。もうパーティを組んでいられない!」
「セシル、そう短気になるな。わしを追放するのか? それは教会の意向に逆らうことだぞ。『勇者』の称号も失うことに――」
「知るもんか! ぼくがパーティを出ていくんだ。『勇者』だって辞めてやる! アランと合流して、一緒に魔王を倒す! もっと早くそうしてればよかったんだ!」
「待てセシル!」
制止の声を無視し、セシルはテントに戻り、自分の荷物をかき集める。
「セシル様、なにを騒いでいたのです? もう出発するのですか?」
休んでいたシンシアが声をかけてくる。セシルは目も合わせない。
「ぼくはパーティを抜ける。あとは君たちで好きにしてくれ」
「なにを言っているのです!?」
セシルはもう答えず、荷物を背負ってその場を離れようとする。
「わかった、セシル! わしの負けだ! お前にアランのもとに行かれては困る!」
セシルは立ち止まり、振り返る。
「なにが困るんだ」
「魔王城の位置を知らされては困る。魔王が倒れるには、まだ早いのだ」
「どういうことか、ちゃんと話してくれるんだろうね?」
ランドルフはゆっくりと頷く。
間に挟まれて、シンシアは目を白黒させている。
「ただし話すのはふたりでだ。向こうへ行こう、セシル」
「ダメだよ、ここで話してくれ。パーティ内で隠し事は良くない」
強い意志で瞳を向ける。その意志を感じ取ったか、やがてランドルフは折れた。
「……わかった。ただし聞いたら後戻りはできんぞ。シンシアも、いいな?」
「え、ええ……」
ランドルフは語った。
人間と魔族は互いの存続のために戦争を続けている。どちらの種族も外敵がいなければ、その刃を同胞に向け、甚大な被害をもたらすからだ。
いつ、どこで、敗北するか、勝利するか、誰を失うか。すべて、戦争を継続させるために予定されている。
そんな『
「……アランが卑怯じゃなかったら、ぼくたちは死んでいたのか……」
「わしとシンシアは生き残る予定となっていたが、な」
シンシアも呆然としてしまっている。
「あまりに突飛な話ですが……合点がいったところも多くあります。これが世界にとって最善なら、従うほかありません」
セシルにもその気持ちはある。だがシンシアのように受け入れられない。
「犠牲者まで予定してる。なにも知らない人を利用して殺してるんだ。ぼくは嫌だよ、こんなの」
「セシルよ、お前の気持ちはよくわかる。誰も犠牲にせず、両種族を平和にできるならそれが理想だ。だがそれを叶えられる方法は、誰にも見つけられなかったのだ。大人になれ。今できる最善をおこなうしかないのだ」
ランドルフは穏やかに諌めるが、セシルは睨み返す。
「犠牲にするつもりだった『勇者』に、よくそんなこと言えるよ」
「いくらでも咎めるがいい。しかし今はするべきことがある」
「『予定』外の行動を取るアランを止めろって?」
「それもあるが、より優先事項がある。この『
「それが、さっき届いた手紙の内容か」
「そうだ。ここまで聞いて、よもや『手伝わん』とは言うまいな?」
セシルは大きなため息をついて、苛立ちを体から吐き出そうとした。すべては無理だったが、納得はできるくらいにまで頭は冷えた。
「……ああ、言わないよ。人間の運命がかかってるんだ」
◇
それからセシルたちは、ブルースが現れる可能性のある地点のうち、もっとも近い場所へと向かった。
そこは古代の遺跡だった。比較的新しい足跡が残っている。
「ここを狙うとは……ブルースめ。正気か」
「ランドルフ様、ここにはなにが封印されておりますの?」
「大悪魔を召喚するための道具のひとつだ」
「大悪魔と申しますと、教典にも載っている、あの……?」
「そうだ。契約次第では本当に人間は滅ぼされるぞ」
ふたりの会話を聞いていたセシルだったが、ふとあることに気づいた。
「ん? この足跡、入った跡はあるけど、出た跡はないよ」
そのとき、遺跡の中でなにが光った。魔力だ。魔法発動の光。
次の瞬間には激しい突風に襲われた。不意を突かれ、シンシアもランドルフも吹き飛ばされる。一瞬早く身構えることができたセシルだけがその場に留まる。
だがそれが精一杯だった。風と共に駆けてきた者の飛び蹴りをまともに食らってしまう。
素早く逃走するその魔族を、見送るしかできなかった。
「……今のが、ブルース?」
一瞬だけ見えたその美しい容貌に、セシルは心を奪われる。
「なんであの子、男の格好で男の名前なんだろう……?」
------------------------------------------------------------------------------------------------
※
次回、アランたちはセシルたちと遭遇、一触即発の雰囲気になってしまいますが……。
『第32話 おれたちで争ってる場合じゃない!』
ご期待いただけておりましたら、ぜひぜひ★★★評価と作品フォローで応援くださいませ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます