第29話 魔王の子を誘拐してしまおう

 リュークはソファの上で三角座りをしてガタガタと震えていた。


「やだ……男はやだ……。お姉さんがいい、美人で金髪の聖女様じゃなきゃやだ……」


 ゼバスの告白がよほど堪えたのだろう。虚ろな目をして、ブツブツと呟いている。


「いったい、なにがあったのです?」


 その場にいなかったカナデは首を傾げている。ウォルも同様だ。


「先ほどまで、魔法について楽しくご指南してくれておりましたのに」


「ご指南って……まさかカナデ、リュークにまで試合を申し込んだのか?」


「いやいやまさか。座学です。リューク殿はまだ幼いのに、知識が深く意見もしっかりしていて見事な御仁ですな」


「そりゃあ幼くてもおれたちより年上だしね」


「おお、そういえば魔族でしたな」


 魔族の平均寿命は人間の3倍ほどで、その成長は3倍遅い。リュークは人間だと10歳前後に見えるが、実年齢では30前後といったところだろう。


「しかも特別な魔族だ。魔王の子らしい」


「ほう、なんと! それは成長が楽しみです。きっと素晴らしい猛者となるでしょう。いずれ立ち合いを……と言いたいところですが、その頃まで私は剣を握れているか」


「いやそれ以前に、どーしたんだよマジで」


 心配そうにリュークを見つめるウォル。話を戻すことにする。


「ああ、ちょっと執事のゼバスと――」


「ひぃっ!」


 ゼバスという単語に反応して、リュークは耳を塞いで目を瞑ってしまう。


 こりゃダメだ。


「なんだよ、そんなヤベーことあったのか? ゼバスっての、ぶっ殺しておくか?」


「それはさすがにまずいだろ」


「リューク様、大丈夫ですよ。わたくしたちがついておりますから」


 震えるリュークを、クローディアが抱きしめてあげる。大きな胸を惜しみなく押し付ける様子に、ちょっと羨ましい気持ちが芽生えるが……まあ今は許そう。


「しかし魔王を倒すとなると、リューク殿から父君を奪うことになってしまうのですね。立ち合いの結果とはいえ、私たちは親の仇。いずれ仇討ちに現れたリューク殿と立ち合えるのは楽しみですが」


「君は本当に戦うことしか考えてないんだな……。よく本人目の前にしてそんなこと言えるよ」


「くくくっ、褒めてもなにも出ませんぞ」


「褒めてないって。あと、魔王を倒すのは中止だ。意味がないことがわかった」


「んなぁ!? なぜです!?」


「さっき、リュークが『予定』のことを話してくれただろ。さらにゼバスから詳しく聞いたんだが――」


「嫌ですう! 魔王と立ち合いたいですぅ!」


「いやちゃんと聞けや!」


 駄々をこねるカナデを宥めて、おれはゼバスから聞いた『予定システム』について、みんなに説明した。


「嫌ですう! 魔王と立ち合いたいですぅ!」


「なんで話聞く前と同じ反応すんの!?」


「どんな事情があっても関係ありませんから! 腕試しの意味が失われることなどありませんから!」


「いやもう……。ごめん、クローディア、頼むよ」


「はい。カナデ様?」


 リュークを抱いたまま、クローディアはカナデに微笑みを向けた。実にねっとりとした、含みのある笑みだった。


「ね?」


「……はい」


 カナデは静かになって、ソファの上に正座した。


「さすがクローディア」


「はい、調教済みです♪」


 いや調教って。なにしちゃってんの。


「それはそれとして、人間と魔族が互いの存続のために戦争を続けていることは理解いたしましたが……こうなると、わたくしたちにできることはなにもないのでしょうか?」


「いや、大を生かすために小を犠牲にしてるやり方を放置するつもりはないよ」


 ウォルはうんうん、と体全体で頷いてみせる。


「そうだよな。このままじゃモステルの街が襲われ続けるのは変わらねーし」


「ああ。けど、まだ代案がないんだ。差し当たっては、この『予定システム』を無視して人間を滅ぼそうとしてるやつを追う」


「そんな方がいらっしゃるのですか?」


「ああ、リュークの兄のブルースってやつがそうらしい」


 きらり、とカナデが目を光らせる。


「つまり、魔王の子ですな!? そやつとは立ち合っても良いと?」


「そうなる可能性は高いと思ってる」


「俄然やる気が出てきましたぞ。リューク殿の兄なら、さぞかし立派な猛者でありましょう。くっくっくっ、いい死合になりそうです」


「いや本当、よく弟の前で兄を殺すとか言えるよね……」


 そこにコンコンとノックの音。執事ゼバスが部屋に入ってくる。


 リュークは「ひぅっ」と小さく悲鳴を上げて、より強くクローディアに引っ付く。


 ゼバスはネチャァとばかりにリュークに微笑みを向け、クローディアには「ちっ」と小さく舌打ちする。


 しかし用があるのは、おれであるらしい。


「こちらを。アラン様」


 差し出された紙片を受け取る。


「ブルース様が現れる可能性のある場所に記しを付けておきました」


 紙片は、魔族側の領土の地図だった。いくつかの箇所に印がつけられている。遺跡や迷宮、公共施設など様々だが、どれも、古代の遺物を封印している箇所らしい。


 どんな遺物が封印されているかは書かれていない。機密なのだろう。こちらもわざわざ尋ねたりはしない。


「ありがとう」


「それでは失礼いたします。それと坊ちゃま」


 びくっ、と体を震わせて、リュークは恐る恐るゼバスを見上げる。


「お客様がお帰りになったら、少しお話をいたしましょう。ふたりきりで」


「――ッ!?」


 リュークは声も出ない。ゼバスはうっすらと笑みを浮かべて部屋を去っていく。


「う……あ、ひぅう……」


 クローディアに抱かれて落ち着きかけていたのに、また半泣きでガタガタと震えだしてしまった。


「……え、っと、悪いんだがリューク。おれたち、用事もできたし、そろそろ……」


「行かないでぇええ!」


 それはもう、哀れなほどに切実な叫びだった。


「ずっと泊まってってぇえ! そばにいてぇえ!」


 必死にクローディアにしがみつくリュークである。


「アラン様、どうしましょう? このまま放っていくのは、あんまりです」


 あんな変態に狙われているリュークの気持ちもよくわかるし、クローディアの言う通りだとも思うが、いつまでもここに滞在することはできない。


 となれば、手段はひとつだ。


「うん、よし。じゃあリューク、おれたちと一緒に来るか?」


 魔王の子を誘拐してしまおう。




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次回、あっけらかんと犯罪行為を提案したアランにツッコミが!

『第30話 割とガチの誘拐犯の思考なので引いています』

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