第28話 男の人と、トイレで、ふたりきりでなんて……!

「魔王の長男で、リュークの兄……? そうか、リュークの父が魔王だったのか」


「それも知らずにこの屋敷を訪れていたのですか」


「仲間が、ここに魔王がいるんじゃないかって案内してくれてね」


「別邸なので間違いではありませんが……。『予定システム』を知らぬ方々がここまで来るのは初めてです。やはり目的は、魔王様の首ですか」


「そのつもりだったが、殺っても意味はなさそうだ。魔王を倒せば、人間の勝利で戦いが終わると思ってたんだが……どうせ予定が組み直されて、戦いは続くんだろう?」


「左様です。おそらくリューク様の即位が早まり、勇者との対決も前倒しになるでしょう」


 おれはゼバスに突きつけていたナイフをゆっくりと下ろす。


「なら優先すべきは、リュークの兄貴のほうだな。『予定システム』」を無視して、人間を滅ぼそうとしてるって?」


 ゼバスは襟元を整えながら、遠い目をした。


「はい。リューク様の兄君――ブルース様は、次期魔王として予定会議にも出席していたのですが、だんだんと主張が先鋭化していき……その結果、継承権を剥奪され、追放されるに至ったのです。本当は同胞を愛する優しいお方なのです。敵などいなくても、同胞同士が争うことなどないと信じている純粋な方でもあります」


「……純粋すぎるのかもな。大方、計画された犠牲を嫌がって、人間を全滅させればいいとか極端な主張をしていたんだろう」


 きょとんとゼバスは目を丸くした。


「よくおわかりになられますね」


「たぶん、そいつおれに似てるんだよ。おれも、モステルの街を知らず、前の仲間の言葉もなかったらなら、同じ考えだったろうな……。それで、ブルースは今どこに?」


「不明です。行方をくらましてしまいました。とはいえ、ひとりで人間を滅ぼすなんてことできるわけがありません。秘密裏に軍を準備しているものと考え、そういった動きがないか各地を監視しているところです」


 ふんっ、とおれは鼻で笑った。


「無駄だな。それじゃ見つからないよ」


「なぜです?」


「もしおれがそいつの立場なら、目立つのを避けるため、ひとりか、集めても数人だけでやる。どうせ軍を集めたところで、人間と魔王軍の双方を相手にすることになるんだ。現実的な手段じゃない」


「しかし少人数でどうやって目的を果たすというのです?」


「手段を選ばないならやれるさ。おれたちが、たったふたりでウェルシャの砦を全滅させたみたいにな。毒や疫病をバラ撒くとか、同士討ちを誘発させるとか、やりようはいくらでもある。魔族なら、封印された大魔法だとか古代の兵器なんてものもあったりするんじゃないか?」


 ゼバスの顔からさっと血の気が引いた。


「いや……まさか、そんな……。しかし、次期魔王として、詳細を知らされていたなら……」


「心当たりがあるようだな」


「……すぐ各地に連絡をいたします。もう失礼しても?」


「ああ、急ぎな。あとでおれにも、その心当たりを教えてくれ。話す時間が惜しいなら書面でもいい」


「ご協力いただけるのですね」


「当たり前だ。『予定システム』の是非なんか関係ない。人間を皆殺しになんてされてたまるか」


「ありがとうございます。機密事項ゆえ、限られた情報のみの提示となりますが……」


「それで構わない」


 トイレの鍵を開け、ふたり揃って廊下へ出る。


「へっ?」


「まあっ?」


 するとちょうど今来たところだったのか、クローディアとリュークに出くわした。


「なんで、アランとゼバスが一緒にトイレから出てくるの? 鍵まで閉めてなにしてたの?」


 リュークは純粋で無垢な瞳で問いかけるが、その隣のクローディアの瞳は濁っていた。


「アラン様……? 本当に、なにをなさっていたのです?」


「え、いや、なんていうか。そっちこそどうしたの、こんなところで」


「どうしたもこうしたもありませんわ! アラン様がなかなか戻られないから、心配して様子を見に来たら……お、男の人と、トイレで、ふたりきりでなんて……!」


 クローディアは珍しく怒りを見せる。うぅう~、と唸りながら、瞳に涙を溜めていく。


「同性でもノーカンではないと、浮気だと仰ったのはアラン様ですのにぃ! わたくしはちゃんと許可取ってますのにぃ! お嫁さんにしてくださると言ったのにぃ! 信じられません、許せませんん~っ!」


「な、なに言ってんのかわからないよクローディア!?」


 本当になにを言ってるのかわからない。なんで怒られてるのおれ?


 怒るクローディアとゼバスを交互に見遣る。すると、先にゼバスが気づいたようだ。


「誤解でございます! 私たちは、やましいことは一切しておりません!」


「口ではなんとでも言えるものです!」


「で、ではなにをもって証明すればよろしいのでしょう?」


 キッとクローディアはおれたちを睨みつける。


「お尻を見せてくださいッ!」


「はいぃ?」


「アラン様もです、服を脱いでお尻の穴を見せてください! 緩み具合で判断いたします!」


「ちょっ!?」


 おれは慌ててクローディアを制止しようとする。


「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って! なんで!? どういうこと!?」


「お尻にモノが挿れられた形跡がないか検分すると申しております! どちらが攻めか受けかわからないので、どちらも調べると!」


「攻めとか受けとか意味がわからないよ! それにリュークも戸惑ってる! ちょっと落ち着こうよ!」


 言いながら視線でリュークを示す。


 突然のクローディアの暴走に、ひどく混乱している。おれと同じで、クローディアの言っている意味は理解できていないようだが。


 ゼバスも声を大にして反論する。こちらは意味がわかっているようだ。


「そのようなことするわけがございません! そもそも私は坊ちゃま一筋なのです! この貞操を他の男性に捧げるなどありえません!」


「は?」


「まあ」


「え……」


 その一瞬、空気が凍った。


「え? え……?」


 困惑するリュークに、ゼバスはにこりと微笑みかける。


 リュークの顔が、急激に恐怖と絶望に染まっていく。


 その顔を見て、ゼバスは背筋をぞくぞくと震わせた。


「坊ちゃまのその目、たまりません……っ」


 そのとき、おれは気づいてしまった。遅れてクローディアも、リュークも。


 ゼバスの股間が、モッコリしてきている!


 ささっ、とクローディアはリュークを庇うように抱き上げる。


「申し訳ありません誤解でしたアラン様! 部屋に戻りましょう! 早く戻りましょう!」


「よし行こうさあ行こう! リューク見ちゃダメだ。あれは見ちゃダメなものだ!」


 おれたちはゼバスのほうを振り返らず、足早にリュークの部屋に戻るのだった。




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次回、方針が決まり、屋敷を出ることにしたアランたちですが、執事に怯えるリュークは離れたくないと懇願します。そこでアランが提案したのは……?

『第29話 魔王の子を誘拐してしまおう』

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