第26話 やめとけ。坊っちゃんの命が惜しいなら
「クローディアには、おれのお嫁さんになってもらいたいからだよっ」
勢いに任せて言ってしまった。顔が熱くなっていく。照れてクローディアを正面から見られない。
クローディアは嬉しそうに声を弾ませた。
「まあ♪ まあまあまあっ♪ 嬉しいです、アラン様♪」
ちらりと瞳だけ向けると、ものすごいニコニコ笑顔だ。
「こんな小さい子にまで嫉妬してしまって。ふふっ、アラン様ったら、わたくしのこと、そこまで想ってくださっているのですね。こんないたいけな子に嫉妬して」
なぜそれを二度言う。
くっ、きっと意趣返しだ。屋敷に入る前、セシルに嫉妬してたのを、ちょっとからかったのを根に持ってたな。
一方、リュークは捨てられた犬みたいにしょんぼりとしてしまった。
「そうだったんだ……。うん、そうだよね……。クローディアみたいに綺麗な人なら、もう相手がいるよね……」
「はい、申し訳ありませんが、リューク様のお申し出を受けることはできません」
「でも、あの、でも、お、お友達にはなってくれる?」
上目遣いに懇願するリュークだ。
「はい、それはもちろん。お友達です」
「あ、ありがとう。えへへー」
その笑顔にはどこか寂しさが残る。なんとも同情を引く表情だ。美少年恐るべし。
やれやれ。元気づけてやるか。
「人間の聖女が好みなら、ひとり紹介できなくもないぞ」
「ほんと!?」
「ああ、クローディアに勝るとも劣らずの美人だ。まあ、おれはクローディアのほうが好みだけど……うん、どっちがいいかは本当に好みの問題だな」
「どんな人、どんな人?」
「今の『勇者』パーティの一員でな、白い僧侶服に長い金髪。ちょっとお硬い印象だが、プライベートではなんだかんだ自由にやってるみたいだし、案外とっつきやすいかもな。小さい男の子も好きみたいだし」
「へー、へー……!」
「恋人もまだいなかったはずだ。今度機会があったら紹介するから、気に入ったら口説いてみればいい」
「本当!? 約束だよ!」
リュークはすっかり元気になって目を輝かせる。
こいつ、もしかして聖女が好きなだけなんじゃ?
いやまあ、聖女の服装は露出度はないものの、体のラインをしっかり隠せるものでもないし、着る人によっては不思議な色気を醸し出す場合もある。
もしかすると、ちょくちょく屋敷に来ていたという聖女の容貌に、性癖を壊されたクチかもしれない。
クローディアが小声で尋ねてくる。
「いいのですか、そんな約束をして?」
「平気平気。どうせシンシアなら食いつくさ。見なよ、リュークの美少年ぶりを」
「いえ、リューク様がどろどろのぐちゃぐちゃにされてしまうのではないかと心配しておりまして……」
「君がそれ言う?」
そこに、コンコンとノックの音が響いた。執事ゼバスが、お茶やお菓子を持ってきてくれた。
どれもいい匂いだ。ウォルなど、すぐ貪り始めている。それを見て、リュークは「懐かしいなぁ」とまた微笑んでいる。
「どうぞごゆっくり」
「あ、ちょっと待ってくれ、ゼバスさん」
と立ち去ろうとするゼバスを呼び止める。
「お手洗いに行きたいんだが、案内を頼んでもいいだろうか」
「もちろん。どうぞこちらへ」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
他のみんなにひと声かけて部屋を出る。ゼバスの案内に従ってに、廊下を歩いていく。
トイレと思わしき場所が見えてきたところ、周囲に他の気配がないことを確認してからゼバスに問いかける。
「ここでは、人間と魔王軍で『予定』を決めているそうだな。どんな予定で、なんのためにそんなことをしているんだ?」
ゼバスは一瞬で怪訝な顔になった。
「あなたがたはラーゼアスの使者ではなかったのですか」
なるほど、そう思っていたから警戒されていなかったのか。
ゼバスが警戒の姿勢を取ろうとするのに先んじて、おれは彼の膝裏を蹴って体勢を崩した。ゼバスの口を右手で塞ぎ、もう一方の手で扉を開けて、そのままトイレへ押し込む。すぐ鍵をかける。
奇襲は成功したが、しかし、おれは筋力に優れているわけではない。ゼバスのほうはさすが魔族で、強い力でおれの手を強引に引き剥がす。
「この場所を知ったあなたがたは排除せねばなりません」
「それはやめとけ。坊っちゃんの命が惜しいなら」
瞬間、ゼバスの抵抗が弱まる。その体を壁に押し付け、さらに首筋にナイフを突きつける。
ゼバスは自分の心配などしない。
「坊っちゃんに、なにをしたのです」
「まだなにもしちゃいない。ただ、おれの荷物の中には特別製の火薬があってな。おれがほんの少し魔力を操るだけで、遠隔で爆破できる」
「あなたの仲間もいらっしゃる」
「それがどうした? ここでお前が騒ぎを起こしてみんなが捕まれば、同じ運命になるんだろう? だったら道連れは多いほうがいい。みんな、リュークとはいい友達になれたんだ。あの世でも上手くやってくれるさ」
もちろんハッタリだ。仲間を巻き込むなんて論外だし、魔族とはいえ事情もよく理解していなさそうな子供まで死なせるなんてあり得ない。そもそも、そのとっておきの火薬は、ウォルに食べられてしまってもうない。
しかし、目は本気だ。声も、仕草も。
こういった人質作戦を、本気で実行した経験のあるおれだ。演技だとわかるはずがない。
さらにもう一押し。
「おれの名はアラン・エイブル。魔王軍にはダーティアランと呼ばれたこともある」
「あの……卑劣な手段でベルク様を殺した……」
「それだけじゃない。ウェルシャもおれが殺ったんだ。砦に毒を流して皆殺しだ。そんなおれが、仲間を巻き込むような簡単なことできないと思うか? いいのか、ガキも死ぬぞ?」
ゼバスはいよいよ顔を青くして、抵抗をやめた。
「おやめください。予定が、大きく狂ってしまいます」
「んなこと言われても、予定の重要さもなにも知らないんだ。教えてくれよ。でなきゃ、本当に予定を狂わせて、あんたらを困らせちまうかもしれないぜ? なあ?」
「……わかりました。ですがこのことは、他言無用に願います。我々魔族だけなく、
「それは聞いてから決める。納得できる内容なら黙っててやるよ」
「よろしくお願いいたします」
ゼバスはひと呼吸してから、語り始めた。
「人間と魔王軍の戦いは、その戦況からなにもかも、協議の上、予め決めているのです」
「いつ『勇者』や、魔王軍幹部が倒されるのかも?」
「はい。我らが主、魔王が倒れるタイミングさえ。あなたには、ずいぶん狂わされておりますが……」
「なんのために、そんなことをしているんだ」
「それはもちろん――」
ゼバスの口から出た言葉は、予想外のものだった。
「――互いの共存と繁栄のためです」
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※
次回、執事ゼバスの語る共存と繁栄とは?
『第27話 共存と繁栄のために、戦争を続けている』
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