第24話 人間と、お友達になりたいなあって

 おれは身をかがめて、魔族の美少年に目線を合わせた。


「おれはアラン。こっちはカナデ。君は?」


「ボクはリュークだよ」


「よろしく、リューク。お話するのはいいけど、ここは長話に向かないな。どこかいい場所はないかい?」


「それならボクのお屋敷においでよ!」


 リュークは目をキラキラさせながらおれとカナデの手を引く。


「おっとと、ちょっと待ってくれ。他にも友達がいるんだ。一緒に連れて行ってもいいかい?」


「お友達も人間?」


「人間と魔物モンスターだよ」


「へえ、人間と魔物モンスターがお友達なんだ! いいな、いいなあ。ボクもお友達になれるかなあ?」


「きっと、なれるさ。お話して、仲良くできそうなら」


「そっかあ、えへへ! じゃあ、お友達も呼んできて!」


 おれは手を振って、隠れているクローディアとウォルに合図する。


 やってきたふたり――いやクローディアを見上げて、リュークは目を丸くして惚けたように口を開けた。顔が赤くなっていく。


「聖女さん……? きれいな人だぁ……」


 その反応に、なんかちょっとムッときてしまう。子供の反応だから抑えておくけど。


「ありがとうございます。アラン様、この子は?」


「ボク、リューク! そこのお屋敷に住んでるんだ。人間と、お友達になりたいなあって」


「まあ、きちんとご挨拶できて偉いですね。初めまして、クローディアと申します」


「えへへー」


 微笑むクローディアに、リュークは照れと嬉しさの混ざったふにゃふにゃした笑みを浮かべる。


 社交辞令だからね、それ。誰にでもする笑顔だからね。勘違いしちゃダメだよ。


 とか言いたくなるが、相手は子供なのでやっぱり黙っておく。


「やっぱモステル以外でも人間と仲良くしたいやつはいるんだなー」


 ウォルがぴょこんと跳ねて、しゃがんだままのおれの頭に着地する。


「リュークって言ったっけ? あたい、ウォル。よろしくな」


 するとリュークは、驚きに目を見開いた。


「ウォル? ウォルなの!? わあ、本当にウォルだぁ! おかえり!」


 喜色満面でリュークはウォルを抱き上げる。さすがのウォルも戸惑っているようだ。


「なんだなんだ、おめー、あたいのこと知ってんのか?」


「良かったぁ、ちゃんと喋れるようになったんだね。それに、人間のお友達も連れてきてくれるなんて。本当に嬉しいよ、ウォル!」


「おいおい、よくわかんねーから説明してくれっての」


「わかんない? そっか、喋れるようになる前のことはわかんないんだ? あのね、ウォルはボクの友達だったんだよ。でも言葉が通じなくって寂しいから、儀式して喋れるようにしたんだ。そしたらすっごく強くなっちゃって、喋れるようになる前に、兵隊に連れて行かれちゃったんだ……」


 リュークは友達だったと言うが、おそらくそれは一方的な感情だろう。


 スライムには本来、知性はない。本能で動くだけだ。リュークは、エサをやったり名前をつけたりしていたのだろうが、ただのスライムだった頃のウォルからすれば、特定の音――名前に反応すればエサをもらえる、という程度の認識だったはずだ。


 それが儀式を経て強さを得て、モステルの街で知性も覚醒したといったところか。


 エサがいくらでももらえる、この場所と名前だけは重要記憶として残っていたのだろう。


「ふーん、前のことはよくわかんねーけど……おめーがあたいをこんな風にしてくれたんなら礼を言わなきゃな。ありがとよ、リューク」


「うんっ! あとでキミもお話聞かせてね。それじゃあ、みんな、ボクのお屋敷に案内するね!」


 改めてリュークはおれやクローディアの手を引っ張る。


 クローディアは戸惑いつつ、屋敷とおれとを交互に見遣る。おれは頷く。


「行こう。いいチャンスだ」


「わかりました」


 そしてカナデにも視線を送る。彼女の刀を瞳で示し、次にリュークのほうを向ける。


 こくり、と頷きを返してくれる。ちょっと渋い顔をしているが。


 いざとなればリュークを人質に取れ、という指示だ。リュークが歓迎してくれていても、他の者がどんな反応をするかわからない。


 おれもいつでも戦闘に入れるよう身構えつつ、リュークの案内について屋敷に足を踏み入れていく。


 しかし意外なことに、警備の者はおれたちを見ても無反応だった。


 というか、ごく当たり前のこととして受け入れているような印象だ。


 執事と思わしき魔族を見つけると、リュークは慣れた様子で声をかける。


「ゼバス、お客さんだよ。ボクの部屋に案内するから、お茶とお菓子、いっぱい持ってきてね! 人間用の味付けのやつ!」


「これは、ようこそ。予定になかったもので、少々時間をいただきますが、よろしいですか坊ちゃま?」


「うん、いいよ。急でごめんね」


 ゼバスという執事も、突然の来客には驚いたようだが、人間が来たことに関しては一切気にした様子が見られない。


 予定と言ったが、ここにはちょくちょく人間が来るような予定があるというのだろうか?


 それに、先程は雑念が入って気が付かなかったが、リュークはクローディアの服装をひと目見て「聖女」だと言った。書物などで知っていたか、あるいは、実際に会ったことがなければできない反応だ。


 案内されたリュークの部屋は、いかにも高貴な者の部屋といった様子だった。坊っちゃんと呼ばれていたあたり、この屋敷の主の子――もしかしたら主そのものの可能性もある。


 おれたちはふかふかなソファに腰掛けて、リュークと向き合う。


「えへへー」


 上機嫌に笑うリュークは、美少年なだけあって非常に可愛らしい。


 その視線がクローディアにばかり向けられるのは、おれとしては面白くないのだけど。


 いや子供のすることだし、今はそんなことを考えてる場合でもない。


「なあリューク、もしかしてこの屋敷に人間が来るって初めてじゃないんじゃないか?」


「うん、そうだよ。ラーゼアス教? の、偉い人? が、たまに来るんだけど、全然ボクとお話してくれないんだ」


 おれたち4人は顔を見合わせる。


 魔族や魔物モンスターを、人類共通の敵と喧伝しているはずのラーゼアス教が、どうしてこんなところにまで来る?


「リュークとお話してくれないんなら、その人達はなにをしに来てるんだ?」


「うんとね、なんか予定を決めてるんだって。そうだ、聞いてよ。ボクね、50年後に人間の『勇者』に会えるんだって! どんな人なのかなぁ、『勇者』ってきっとすっごく強くてかっこいいんだよね?」


「あ、ああ……」


 50年後? どういうことだ?


「あっ、でも遊びに来るんじゃないんだっけ……。ボクと戦うんだってさ。やだなぁ、ボク、人間好きだから戦いたくないのに」




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次回、リュークは『予定』について知っていることを教えてくれます。それは今の『勇者』セシルパーティについても言及されていました。

『第25話 おれたちは、倒されている予定だった?』

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