第23話 おれと仲が良いから、嫉妬してるんだ?

「本当にここか、ウォル?」


「ああ、ここで間違いねーぜ」


 おれたちが辿り着いたのは、城でもなく、砦のような軍事拠点でもなかった。貴族が住むような屋敷だった。


 近くの草むらに身を隠しつつ、様子を窺っている。


 カナデは訝しむようにウォルを見下ろす。


「こんなところに魔王が?」


「んー、間違ってたらごめんって言ったじゃん」


「いえ、まだ間違っていたとはわかりませんわ。魔王にも実家や別邸くらいあるでしょう。そういった場所かもしれません」


 クローディアはウォルをフォローする。おれは静かに頷く。


「もしそうだとしても、中に魔王はいなさそうだ。警備が少ない。なにか強力な兵器があるような様子もない。見える範囲に罠もないようだ」


「どーする? あれくらいの警備なら皆殺しにできるぜ」


「同感です。やるなら、このカナデにお任せを。くくくっ、一騎駆けは戦場いくさばの華ですな」


 る気満々のウォルとカナデだ。苦笑しつつ、おれは首を横に振る。


「この程度の警備なら殺すまでもない。無闇に痕跡を残す必要はないさ」


「殺っちまったほうが楽なのに。つーか殺ろうぜ、どうせ魔王軍なんだしぶっ殺そうぜ」


「ウォル。おれは敵を殺すとき、楽かどうかじゃなくて、必要かどうかで考えたい」


「ダーティアランとは思えねーセリフだな」


「魔族や魔物モンスターにも友好的なやつがいるって知ったからな。それに、大を守るために小を殺すのを否定したんだ。避け得ない事情以外では殺したくない」


「だから、あの魔法使いのじーさんも、ラーゼアスの聖女も殺さなかったのかい? あとで厄介なことになると思うんだけどなー」


「ならないさ。セシルが付いてるんだ。ほらウォル、これでも食ってろ」


 おれは干し肉を差し出した。ウォルはすぐかぶりつく。


「いいねー、もぐもぐ。これ歯ごたえあって、長く楽しめるんだよな。うまいうまい」


 こうしておけば、ウォルもしばらくは殺す殺す言わなくなる。


 あとはカナデを言い含めておくべきだが……。


「…………」


 クローディアがどこか不満そうにおれを見ている。


「どうしたの、クローディア?」


「あ……いえ、アラン様は、セシル様をずいぶん信頼されていらっしゃるのですね」


 セシルのことを言われて、つい頬が緩む。


「そりゃあ、パーティでは命を預けてきたし、実際に何度も助けられてる。もしあいつにも止めきれずに、本当に厄介なことになっても、あいつならどうにかしようと味方してくれると思うんだ。だから心配いらない」


「アラン様は、セシル様のお話をされるときや、セシル様と話をしているとき、わたくしの知らない顔をいたしますのね……」


「え? そう? まあ、あいつは幼馴染だし、親友だからかな」


「……アラン様を追放なされたのに」


「あのときは考え方の違いがあったからな……。でも、今はあいつも正気に戻ったみたいだし。おれのことをよくわかってくれてるよ」


 すると、クローディアはなぜか唇を尖らせた。


「どうしたの? なんか怒ってる?」


「怒ってなどいません……。ただ、わたくしだって、アラン様のことはよくご存知なんですからね? セシル様が知らないような、夜のアラン様や、弱いところや、ときどき甘えん坊さんになるところだって知っておりますし、セシル様より先にアラン様の卑怯さだって受け入れておりますし」


「う、うん? 本当にどうしたの、クローディア? なんか言ってること変だよ?」


「……なんと言えばいいのでしょう。その……アラン様がセシル様のことを嬉しそうに話していると、胸がもやもやするのです」


 困ったように眉をひそめるクローディア。その様子に、おれはピンときた。おれにも覚えがある感情だ。にわかに嬉しくなってくる。


「そっか。セシルがおれと仲が良いから、嫉妬してるんだ?」


 指摘され、自覚したのか、クローディアは頬を紅く染めていった。


「し、嫉妬なんて……そんな罪深きこと……」


「罪深いかなぁ? おれは嬉しいけどなぁ、クローディアがそう思ってくれてて。むしろおれが嫉妬してたりしたからなぁ。そっかぁ、いや本当に嬉しいなぁ、あはは」


「~~~っ」


 クローディアは赤面したまま頬を膨らませて黙ってしまう。おれは追い打ちをかける。


「嫉妬なんかしなくていいよ。おれの中で一番はクローディアなんだからさ。君は、どうかな?」


 ちらっ、とクローディアは瞳だけをこちらに向ける。しかしすぐ、恥ずかしそうに顔ごとそっぽ向いてしまう。


「……わたくしで童貞捨てたくせにぃ……」


「照れ隠しでもそのセリフはどうかと思う」


 というか、あのときはどっちも初めてだったんだからお互い様じゃないか。


 とかやっていると、ウォルがおれたちの間に割って入ってきた。


「べつにイチャつくのはいーけどさー、カナデ、ひとりで行っちまったぞ。いいのか?」


「えっ!?」


 弾かれたように首を屋敷のほうへ向ける。のっしのっしと堂々と前進していくカナデの後ろ姿が見えた。


「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! これなるは赤心一刀流、カナデ・タチバナ! 我こそはと思わん者は――」


「こらあああ!」


 おれは勢いよく飛びかかり、背後からカナデの口を抑える。勢い余ってごろごろと地面を転がる。


 カナデはすぐおれの手を振りほどく。


「なにをするのです! 口上の途中ですぞ!」


「それをやめろっつーの! 誰も殺さずにって話してたのに!」


「正々堂々の果たし合いならば問題ないかと」


「作法の問題じゃなくて、バレずに潜入しようってこと!」


「ならば私が注意を引き付けておけば好都合!」


「いや君の存在がバレちゃう時点で好都合じゃないから!」


 揉み合っているところに、足音が近づいてくる。


 しまった。もうバレた!


 とおれとカナデが揃って足音のほうへ向き直り、武器に手をかける。


 が――。


 やってきたのは、幼い少年だった。


 青白い肌。サラサラの銀髪。整った顔つき。瞳は紅く、耳も尖っている。特徴的なのは、頭部の一対のつの


 身なりの良い魔族の美少年。一切警戒心がなく、好奇心に瞳を輝かせている。


「ねえ、お兄さんたち、人間?」


 邪気のない様子に、おれたちは一気に毒気を抜かれる。


「あ、うん。人間だよ」


 すると、わあっ、と声に出してますます目を輝かせる。


「すごい! 本物の人間なんだ! ね、ボクとお話してよ!」


「えっと、もしかして君、そこのお屋敷の子?」


「うんっ、そうだよ」


 おれは美少年に微笑んで頷き、それからカナデに耳打ちする。


「この子を利用して潜入しよう」


 カナデは顔をひきつらせた。


「子供を利用するのはどうかと……」




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次回、アランたちは魔族の少年にお屋敷に招待されることに。

『第24話 人間と、お友達になりたいなあって』

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