第19話 人の命は、トカゲの尻尾なんかじゃない
「平和のために? 人間と
「お前たちの世代がそう思うのは無理もあるまい。知らんのだからな、真の動乱の時代を」
ランドルフは、近くの席に腰掛けた。
「いいか、魔王軍――魔族や
「人間が人間同士で争わないなんて当たり前じゃないのか。たまに犯罪者くらいはいるけどよ」
「それを当たり前に感じられるということは、それだけ平和に暮らしてきたということだ。魔王軍のもたらす被害など、人間同士の争いの凄惨さに比べれば涼しいものだ」
「人間が人間相手にそんなことできるわけが……」
「それができるのはな、アラン。お前のようなやつらだ」
鋭い視線に射抜かれて、おれは言葉を詰まらせてしまう。
「守りたいもののため、どんなことでもする。立派な心がけだ。だがもし、同じ思いの者が敵対国にもいたなら? 泥沼だ。やることはエスカレートして、どこまでも被害が生まれ続ける。残るのは荒れた土地と死体ばかりだ」
「…………」
その『もしも』は、おれには容易に想像できてしまった。
たとえ敵が人間であっても、どうしても守りたいもののために必要なら、おれはどんなことでもするだろう。そしてランドルフの言うように、敵にもおれと同じ者がいたなら……目を覆いたくなるような結果になるのは火を見るよりも明らかだ。
「まして人間は、肌の色、土地の違い、宗教、風習……少しの違いで敵を作る。動乱の時代、いくつの人種が、同じ人間の手によって滅ぼされ、どれほどの文化が焼かれたことか」
ふんっ、とランドルフは小さく笑う。
「教会が驕り高ぶり、メンツばかり気にするようになっているのは事実だがな。始まりは、より多くの命を救うという善意によるものなのだ。だからこそアラン、お前のようなやつを捨て置けぬ理由もよくわかるだろう? そして、この街の存在の危うさも。
ランドルフは全員に順番に視線を向けてから、最後に改めておれを睨む。
「ここまで話したのだ。もうわかるな? この街のことは忘れろ。そして大人しくついてこい。今の話を理解して、行動を改めるなら悪いようにはせん。さもなくば……」
「秘密を守るため、死んでもらう……か?」
「そうだ。こんな老人に、若い命を絶たせるようなことはさせてくれるな」
「…………」
おれはすぐには返事ができなかった。
だが、即答する者はいた。カナデだ。
「お断りいたす。逆らうことで立ち合っていただけるなら、むしろ望むところ」
ランドルフは顔をしかめた。
「お前は……話を聞いていたのか?」
「もちろん。動乱が来るなら、腕を試す良い機会になるだけ。もっとも、本当にそうなるかも怪しいものです」
「やはり頭のおかしい小娘だ。力でわからせるしかないようだな」
「眠たい話などするより、始めからそうすれば良かったのです!」
席を立ち、互いに一触即発の様子を見せるふたり。
その様子に他の客や店員が避難し始める。
ウォルは食事を放り出して、ぴょんとカナデの頭の上に飛び乗った。
「加勢するぜ、サムライガール」
「助太刀は不要」
「そー言うなよ。今の話、あたいも気に食わねーんだよな。人類全体のためにとか言ってるけどさ、この街にいる人間のことは考えてねーじゃん? 都合が悪いから死ねってんだろ? よく同じ口で『平和』とか言えるよな」
「トカゲは己を生かすため、尻尾を犠牲にするものだ」
犠牲。その言葉に、おれの中でひどい嫌悪感が広がった。
「おめーは尻尾じゃねーもんな。殺される側になっても同じこと言えたら大したもんだぜ」
そしてウォルの切り返しに、心地よいものを感じた。
「ランドルフ、おれも従えない。ウォルの言うとおりだ。人の命は、トカゲの尻尾なんかじゃない。ひとりひとりに人生がある、かけがえない命だ。犠牲にしていいはずがない」
「お前はもう少し賢いと思っていたのだがな、アラン」
シンシアはクローディアを睨みつける。
「貴方はどうするのです、異教の聖女?」
「わたくしはアラン様に従いますわ」
「そうでしょうね。セシル様、やりますよ!」
「でも……」
セシルは決断しかねている。なら……!
「セシル! こっちへ来い! お前はもうわかってくれたじゃないか! また一緒にやろう! 目の前で奪われる命は、おれたちが守るんだ!」
「いいえ、セシル様! 貴方は『勇者』でしょう!? より多くを生かすために戦うべきです! それが貴方の役目のはずです!」
セシルは動けない。
「ぼくは……」
「ええい、その気がないなら邪魔です! ランドルフ殿、いざ尋常に勝負!」
カナデは一気に踏み切り、刀を振るう。
間一髪、ランドルフは身を翻して逃れる。その際に盾にされた椅子とテーブルが、綺麗に真っ二つになって床に転がった。
「バカめ。魔法は斬れぬと学んだだろう」
杖をカナデに向けて短い詠唱で魔法を発動させる。
カナデは魔力に刀を合わせるが、やはり斬ることはできない。そして今の魔法は――。
「
「これでお前はまともに動けん!」
足元に脂を撒かれたカナデは、その踏み込みを封じられたも同然だ。
だが――カナデは薄っすらと笑みを浮かべる。
「これはすでに学習済み!」
カナデは独特な足さばきで脂の滑りを利用し、素早くランドルフへ接近する。
「ならば!」
後退しながら再び魔法を発動するランドルフ。
「脂は滑るだけではないぞ!」
放たれるのは火炎魔法。脂に引火すれば、ただでは済まない。
カナデは再び魔力に対し刀を振るう。だがさすがに脂の上ゆえか、いつもより若干タイミングが遅れていた。
次の瞬間、眼前の火炎が剣圧で両断される。
「――!?」
ランドルフも、そして斬ったカナデも驚きに目を見開く。
しかし両断されたとはいえ火炎が消えるわけではない。カナデに直撃はしなくとも、撒かれた脂に引火する。
「おおい! 店に火をつけんな、このやろー!」
即座にウォルが粘液を吐き出して消火を開始する。
周囲で火が広がっていく中、カナデは震えていた。
「くっ、くくくっ、今の手応え……なるほど、わかってきましたぞ」
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※
次回、カナデが戦う横で、クローディアとシンシアも激突(?)していました。
『第20話 いい趣味でいらっしゃいます♪』
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