第18話 常識が、壊されちゃったよ

「食うぞっ、食うぞっ♪」


 案内してくれた店に入ると、ウォルは真っ先に席につき、うきうきと慣れた様子で注文し始める。


 おれたちも席につく。セシルはおれの向かいに座った。


「セシル、この前はおれがミルク奢ったし、今日はお前持ちでいいか?」


「うん。誘ったのはぼくだしね」


 おれたちは飲み物とつまみだけを注文した。


「しかし……本当にお前らが追ってくるとはな。いくらおれらが教会にとって不都合でも、おれらを追うのは『勇者』の仕事じゃないだろうに」


 セシルは疲れたように大きくため息をついた。


「そうなんだよねぇー……、こんなの『勇者』じゃないよねえー……。ぼくもう辞めちゃおうとか考えちゃってるよ」


「おいおい、おれを追放してまでこだわった『勇者』だろ。もっと頑張れよ」


「そうなんだけどさぁー……」


「シンシアとランドルフはなんて言ってるんだ?」


「シンシアはクローディアさんにリベンジする気みたいだし、ランドルフもカナデさんをやっつける気になってた。やる気満々だよ」


 それを聞いてカナデは黙ったまま微笑む。悪役みたいな邪悪な笑みだけど。


「しかし、よくここまで来たもんだ。モステルに来るのは、教会からは止められてただろ?」


「まあね。実際、君らがモステルに行ったって知ったら、急に行くのは止めようなんて言い出したよ。でも、君らが到着する前に決着をつければいいって言い含めて、追ってきたんだ」


 むすっ、としてカナデが口を開く。


「しかし来てくれなかったではないですか。私はいつでも立ち合えましたのに」


「まあ、ぼくもモステルには来てみたくなっちゃったから。もう教会のすべてを信じることはできないし、その教会がなにか隠してるなら見てみたい。だから文句を言われながらも、道中で人助けとかしながら時間を稼いでたんだ。で、君らが到着した頃に、ふたりから離れてひとりで来てみたんだよ」


「それで、モステルはどうだった?」


「ぼくの中の常識が、壊されちゃったよ」


「おれもだよ」


「この街のこと、どう考えればいいのかわからない。教会に従って秘密のままにすべきか、それとも一般に知らせるべきなのか。いや、仮に正しくても、ぼくがみんなに知らせることなんてできるかな。国中が大混乱になるのがわかってて、それでも、すべきことを貫ける意志の強さを持てるかどうか……。君なら余裕だろうけどね。すごいやつだよ、君は」


「……褒めてる、でいいのか? 実は非難してたりする?」


「大丈夫、今回は褒めてるよ」


「照れるな……。でも、どうしたんだ? 前はめちゃくちゃ非難してたじゃないか」


「いや実際、人質作戦とか毒を流したりとか、非難したいことはいっぱいあるけど……ぼくもミュルズの街に笑顔が戻ったのは見たから、ね。兵士たちを誰一人の犠牲も出さずに帰してあげられたことは、大戦果にも等しい偉業だと思う。君はそのために最善を尽くした」


「わかってくれたのか、セシル」


「うん。思えば、ぼくたちは、目の前の誰かを死なせたくなくて戦い始めたんだ。なのに、犠牲を認めるようなこと……どうかしてたよ」


「それでこそセシルだ。思い出してくれて嬉しいぜ。……とは言うけどよ、おれのほうも思うんだ。教会が言う栄誉やら正義やらってのも、必要だったのかもってよ」


「どうしたの、君がそんなこと言うなんて」


 おれは食事を楽しむウォルに目を向ける。


魔物モンスターにも友好的なやつがいる。結局は倒すことになっても、卑怯な手でやっちまってもいいのかって」


「この街にいれば、そう考えちゃうか」


「ああ……。でもたぶん、他に手段がなくて、それが最善だったなら、やっぱりおれは同じことをするとは思う。精神的にきついかもしれねえけど」


「うん。君なら、きっとそうするだろうね」


「ただ……やることが変わらねえなら、いっそ知らないままのほうが良かったかもな」


「人間と魔物モンスターは共存できる、か……」


「教会がそれを隠してるのは、やっぱメンツのためなんだろうな」


「たぶんね。そういうことにしておいたほうが都合がいいんだ。信徒を統治するには明確な敵がいたほうがいい」


「例の、淫魔がいるなんていう嘘と同じだな。不都合なことは、教えを変えてでも隠すわけだ」


「君のことも同じなんだろうね。『勇者』パーティが非道だったら、それを選んだ教会は非難される。『勇者』から追放された者がより大きな功績を上げてたら、『勇者』やラーゼアス教の必要性まで疑われる。だから消したい、潰したい……」


 ウォルが、骨付き肉をかじりながら「ふーん」と声を上げる。


「だからラーゼアス教の連中、この街にしつこくちょっかいかけてきてたのかー」


 セシルは覚悟を決めたように、大きく頷いた。


「やっぱり、こんなこと良くないよ。ぼくは君らを拘束なんてしない。この街を襲うのだってやめさせたい。人間と魔物モンスターは共存できるって知らしめるべきだ」


「――それは浅はかな行為だぞ、セシル。中途半端な理解で動いてはならん」


 その穏やかながらも厳しさを含んだ声に、おれたちは振り返る。カナデなどは勢いよく立ち上がり、腰の刀に手をやった。


「待っていましたぞ、ランドルフ殿! いざ尋常に勝負!」


 いつの間にか店内にいたその老魔法使いは、カナデを睨みつけた。


「はやるな小娘。相手ならあとでしてやる。少し黙っていろ」


「約束ですぞ」


 睨まれたのに、カナデは嬉しそうに座り直す。


 ランドルフに続いて、シンシアも姿を現す。


「探しましたよ、セシル様! どこへ行ったかと思えば、ひとりで禁を犯してモステルに入り、そしてまたこの者たちと仲良く談笑など……! 『勇者』の自覚がないのですか!?」


「しまった……長居しすぎちゃったか……」


 バツが悪そうに顔をしかめるセシルだ。


「でも君らだって禁を犯してる」


「セシル様がそうさせたんです!」


 ウォルはシンシアの服装を見て、食事を止めた。


「おめー、ラーゼアスの聖女じゃねーか。よく入ってこれたな」


「わしの魔法の力だ。この街に正面から入ろうなど思わん」


「ふーん、隠密系の魔法は無効化されるようになってたはずなんだけどな。じーさん、相当にやるな?」


「喋るスライム……お前がモステルのウォルか。厄介なやつがいたものだ……」


 おれはランドルフを睨みつける。


「禁忌のはずのモステルにずいぶん詳しいじゃないか。それに、中途半端な理解と言ったな? なにを知っているんだ、ランドルフ」


「ここまで来てしまった以上、仕方あるまい。教えてやろう」


 鋭い目つきのまま、ランドルフは語り始める。


「これが、平和のために必要なことだと、な」




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次回、ランドルフはいったいなにを語るのか?

『第19話 人の命は、トカゲの尻尾なんかじゃない』

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