第7話 いい取引だった

「お前の噂は聞いているぞ、ダーティアラン。よもや正面から訪問してくるとはな」


卑劣なダーティアランとはずいぶんな呼ばれ方だな。でもまあ、その噂のお陰で、こうして話ができるんなら、感謝するべきかもな」


 翌日、おれは魔将ウェルシャと向き合って会話していた。


 砦の正門に堂々と歩み寄り、ウェルシャとの会談を申し入れた結果だ。どうやら、魔王軍にも名の知られたおれが、丸腰でやってきたことに興味を惹かれたらしい。計算通りだ。


 青白い肌の神経質そうな男だ。その背後に4人の屈強なオークを従えつつ、ウェルシャは尊大な態度で足を組む。


「それで? かの有名な卑劣漢が、私にいったいなんの用なのだ?」


「あんたは魔王軍でも指折りの目利きと聞いてね。買って欲しい物がある」


「ほう、ラトラス王国軍から書状でも預かってきたのかと思ったが違うのか。あるいは、私を暗殺しに来た刺客か」


「あいにく、王国軍とも勇者とも関係はない。やつら、おれの卑劣ダーティさがよほど気に入らないらしくてな、追放されちまったのさ」


「貴様ほどの勇士を手放すとは信じられんな。本当だとしたら見る目がない。本当だとしたら」


「話は、まずはこいつを見てからにしてくれ」


 おれは荷物から、壺を取り出してテーブルに置いてやった。


 ウェルシャは目の色を変えて組んでいた足を戻し、身を乗り出した。


「これは……ゾルンの壺か!? 貴様、私の宝を盗んでいたのか!?」


 その反応で、まだ宝物庫から盗んだことは知られていなかったとわかる。おれは自然な演技でしらばっくれる。


「お前の? そうか、王国から奪われた壺はお前が持っていたのか。だがよく見ろ、目利きじゃなくてもわかるだろう。こいつは別物だ」


「確かに……一度割れて修繕されている。つなぎに使われているのは、金か?」


 その通りだ。壺を割ったあと、おれは手持ちの金貨を溶かし、それによって割れた壺の破片を接着したのだ。


「しかし、なんてことだ。ゾルンの壺が割れているだと? しかもこのような拙い修繕。物の価値がわかっていないにも程がある」


「実際わかってなかった。誰もこれがゾルンの壺だと思っていなかったんだ」


「どういうことだ?」


「ゾルンの壺は世界に8つだと思われていたが、そうではなかったということだ」


「まさか!?」


「そうだ。これは幻の9つ目だ。誰もその存在を認知していなかったから、雑に扱われていたんだ。これもゾルンの壺だと鑑定されたのは、ごく最近のことだ」


 おれが即席ででっち上げたストーリーに、ウェルシャは瞳に強い関心を宿す。


「それをなぜお前が持っている」


「追放された腹いせに盗んでやったのさ」


「私のもとに持ってきた理由は?」


「勢いで盗んだはいいが、こんな貴重品、売ろうとしたらアシが出るんでね。どう金に替えるか困っていたんだ。そこで、あんたが好事家だという話を思い出した」


「なるほど、敵軍に売りつければアシが出ないと。自国の重要文化財を敵に売ろうとは、噂に違わぬ卑劣漢のようだ」


「そりゃどうも」


「お前を殺して壺だけもらう手もあるのだがな」


「んなことしたら、この壺だけは絶対に割ってから死んでやる。史上初めてゾルンの壺を複数集めた男になるチャンスを失うぞ」


「……いいだろう、買ってやる。望みは金か? それとも他の美術品か?」


「一番いいのは人だな。自分で歩くから運ぶのが楽だし、奴隷商に売ればいい金になる。働かせてもいい。あんた、人間の捕虜は取ってないか?」


「兵の慰安に用意した女ならある」


「ならその捕虜全員と、まとめて運べるように馬車でもあればいい。この壺と交換だ」


「それだけか? 壺の価値と見合っていないようだが」


「あまり羽振りが良すぎると逆に怪しまれるんでな。それに、あんまり欲をかきすぎて、あんたと揉めたくない」


「ふん、わきまえているようだな。気に入った。――おい」


 ウェルシャは部下を呼び寄せ、捕虜を全員連れ出すよう指示を出した。


 尊大に振る舞ってはいるが、ウェルシャは先程から何度も壺に目がいっている。声もどこか弾んでいる。ゾルンの壺がもうひとつ手に入ることが、よほど嬉しいのだろう。


 それが幻だということも知らず……。


 やがて砦の門前で、捕虜を満載した馬車を与えられる。確認したら、昨日確認した捕虜が全員いた。みんな怯えて混乱している。おれは安心させるべく、微笑んでやった。


 それから、ウェルシャに壺を渡してやる。


「いい取引だった」


 ウェルシャは滑稽にも、おれに握手を求めてくる始末だ。笑いをこらえつつ応じてやった。


 そして背を向け、おれはゆっくりと馬車を走らせる。人の足で追いつけるくらいゆっくりと。


 やがて、馬車の後ろのほうで、ぎしっと音がした。人が飛び乗ったような揺れ。重みが増えて、少しばかり速度が鈍る。でも、乗り込んだ者の姿は見えない。


「上手くいったようですわね?」


 声とともに不可視化魔法を解除して、クローディアが姿を現す。


「ばっちりさ。そっちは?」


「はい。言われましたとおり、井戸に投げ入れておきました。このような手段、少々心苦しいのですが……」


 おれがウェルシャと会談している間、クローディアには不可視化魔法で潜んでいてもらっていたのだ。そして捕虜を受け渡される際に、井戸に毒を入れてもらった。馬車をゆっくり走らせたのは、追いついてきた彼女が飛び乗れるようにするためだ。


「ありがとう。なら、万事オーケイだ。バレる前にスピードを上げるよ」



   ◇



 魔将ウェルシャは思いがけない逸品の入手に、心を弾ませていた。


 しかし、それはほんのひと時のことだった。


 壺を大事に抱えて宝物庫に飾りに行ったところ、保管していたもうひとつの壺が消えていることに気づいた。


 さらに、ほぼ同時に部下が報告に走ってくる。


「行方不明となっていた歩哨の遺体が発見されました! おそらく昨日のうちには殺されていたものかと!」


 ウェルシャはすぐ理解して、怒りに震えた。


 あの男、やはり昨日のうちに壺を盗んでいた! この魔将ウェルシャをペテンにかけたのだ! なにより許せないのは、騙されたことよりも、自分を騙すためだけにこの貴重な品を壊れ物にしたことだ。たかだが9人の捕虜のために、史上最高の美術品を!


「おのれ……ッ! おのれ、許さぬぞ! ダーティアラン!」


「追いますか?」


 今すぐ追え! と言いかけて、ウェルシャは自分が取り乱していることを自覚する。


 近場の水道で顔を洗い、水を飲んで、なんとか落ち着きを取り戻す。


「今は捨て置け。やつはどうせ王国軍と合流するに違いない。姿を見つけたら全力で八つ裂きにしてくれる!」

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