第8話 番外編① 怒られる勇者と女サムライ

 セシルたち『勇者』パーティと王国軍が、ウェルシャの砦に攻め入ったとき、彼らが見たのは死屍累々と横たわる魔王軍の姿だった。


 こちらが近づいても迎撃に出てこなかった時点で、なにかの策かと警戒していたのだが、まさかすでに全滅してるなんて思いも寄らない。


「おの、れ……。卑怯者、め……。許、さ……」


 最後まで生き残っていた魔将ウェルシャも、その一言を最後に事切れた。


 あまりのことに混乱する王国軍だったが、セシルたちはすぐ確信した。


 アランがやったのだ!


 セシルは慌てて大声を上げた。


「毒だ! みんな水に触れるな! 毒が流されているぞ! すでに飲んでしまった者は、すぐ僧侶に解毒魔法をかけてもらうんだ!」


 セシルがすぐ報せに走ったお陰で、王国軍側に被害が出ることはなかった。



   ◇



「しかし、毒だと報せて回ったことは悪手でしたな」


 王国軍の将軍と、同行していたラーゼアス教の司教から、セシルは非難の目を向けられていた。


「なぜですか。危うく大惨事になるところでした」


「だが毒で虐殺したことが、全兵に知れ渡ることとなった」


「うむ。勇者殿、ことの重大さをおわかりか? 我らは軍を動かすのに多大な費用をかけ、兵には栄誉ある戦いだと語って士気を煽り、戦いの中で死ぬことは名誉であるとさえしたのだ」


「それがこうもあっさりと、卑劣な手段で、戦わずして勝利したと知れ渡ってしまった。すぐ街で、国中で噂になる。どんな影響があると思う? 我らの言説を信じられぬと、背教する者が現れかねん! ひとりやふたりではない、多くの者が神に背くのだぞ! 背教者だらけの国が、魔王軍に対抗できると思うのかね!」


「それは……考えが足りませんでした。ですが……」


「口答えをするなッ! 我らの選んだ『勇者』なら、我らの意向に従えば良いのだ!」


 セシルは口を閉じるしかない。


 そして、クドクドネチネチと長々と説教を食らう羽目になってしまう。


 起きてしまったことへの対策を考えるでもなく、苛立ちの感情をただセシルにぶつけてくる。


 セシルはだんだん泣きたくなってきた。なんでぼくが、こんな言われなきゃいけないんだ。原因はアランだろうに……。


 やっと解放されたのは2時間後だった。長い白ひげをたくわえた老人が声をかけてくる。仲間の魔法使いランドルフだ。


「ずいぶん絞られたようだな」


「……うん。『勇者』の役目をきっちりこなせってさ」


 一緒に待っていてくれたもうひとりの仲間――見目麗しい長い金髪に白い僧侶服の聖女シンシアは、苦笑気味に頷いた。


「司教様たちのお怒りももっともです。本来、『勇者』が栄誉ある戦いをしてこそ人々の希望になり得るというのに、このところは不名誉な勝利を重ねてしまっておりますから」


「それはぼくもそう思うけどさ……。まさか、こんなことになるなんて思わないよ」


 ランドルフは厳しい顔で首を横に振った。


「いいや、予想はできたはずだ。あの卑劣漢に対して、お前が甘かったのだ、セシル」


「アラン……。追放しただけじゃ足りなかったか」


 シンシアはしみじみと頷く。


「そうですね。追放だというのに装備・道具一式を持たせてしまったのは、セシル様の過ちかと」


「でも、その権利があるとはいえ、実際に剥奪してしまったら、彼はあの街から生きて故郷に帰ることすらできなくなってたよ」


「ですが、今回のような虐殺も、できなくなっておりました」


 セシルはうつむいて、押し黙る。


 ランドルフは少しばかりフォローを入れてくれる。


「まあ、あやつのことだ。剥奪したところで、なにかしらの手段で実行していただろうが、な。いっそ牢にでも放り込んでおくべきかもしれん」


「罪もない人を投獄するなんて」


「いいえ、卑劣なおこないでラーゼアス神を貶めることは、充分な罪になるかと。考えようによっては国家への反逆ですもの」


「そんな大袈裟な……って、わけでもなさそうだね」


 その目を見て、シンシアが本気で言っていると気づく。


「でもアランを捕まえるのは……」


「それが嫌なら、今度こそ説得してみるのだな。幼馴染の情など捨てて」


 そうするしかないか。


 そもそも今回の件だって、アランのせいなのに、なんで自分が……という鬱憤もある。文句は山ほどある。


「――もし。『勇者』パーティの方々とお見受けいたしますが」


 そんなところ、セシルは背後から声をかけられた。


 振り返ると、東方の衣服と装備を身に着けた黒髪ポニーテールの女性がいた。


 今回の作戦に参加していた傭兵だろうか。


「そうだけれど、なにか用かな?」


「私は立花奏――いえ、カナデ・タチバナと申します。武者修行の一環で此度の戦に参加したものの、このような結果となってしまい、高まった気勢のやり場に困っております。ゆえに、ご高名なセシル殿に一手ご指南いただきたい」


 礼儀正しく頭を下げるが、カナデからは殺気が漏れ出ている。


「悪いけど断るよ。ふたりとも、行こう」


 相手をする理由がない。セシルは仲間とその場を離れようとする。


 が、カナデは回り込んできた。


「何卒、何卒お願いいたします!」


「嫌だよ。君、真剣を抜く気でしょ。必要もなく、人間に剣は向けられない」


「では、必要があればよろしい、と?」


 ぎらりとその目が光る。セシルは咄嗟に一歩飛び退いた。


 刹那。カナデは片刃の剣を振り抜いていた。避けなければ致命傷だった。


 カナデはにやりと笑う。


「さあ、さあ、さあさあさあ! これで必要ができました。ご自分のお命を守るために、このカナデと死合っていただきますぞ!」


 これにはセシルも剣を抜かざるを得ない。


 が、ランドルフがため息をついた。


「くだらん。付き合うことはないぞ」


 手に持った杖をカナデに向け、短い詠唱で魔法を発動させる。


「むっ!?」


 カナデは放たれた魔力を斬り払おうとするが、すり抜ける。水や空気のように。


 魔力の縄に拘束され、カナデは地に這いつくばった。


「なんですか、これは!? 動けない! くぅう、うぉおお!」


「魔法だ。力では破れぬぞ。しばらく頭を冷やすがいい」


「助かったよ、ランドルフ」


「うむ。いいかセシル。今後もこんな輩は相手にするな。きりがない」


 カナデは悔しそうに歯噛みする。


「ぐぬぬぬっ、ご老体、ランドルフと申しましたな!? 面白い……くくくっ、いい目標ができました! このカナデ、いずれ魔法とやらを斬って捨ててみせますぞ」


「バカめ。魔法が斬れるわけがあるまい」


 ランドルフは吐き捨て、セシルたちと一緒にその場を離れる。


「ご指南感謝いたします! いずれ、次の機会に!」


 カナデはまだ叫んでいたが、関わると怖いので、セシルはもう無視した。




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次回、アランの前に再びセシルが現れます!

どんな内容になるかご期待いただけておりましたら、ぜひぜひ★★★評価と作品フォローで応援ください!

また、次回より更新時間を変更して、AM7:03よりお送りいたします!(色々実験中なのです) よろしくお願いいたします!

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