第6話 人類の宝を、一切躊躇なく

 クローディアに誘導してもらった牢屋には、確かに人間の女性ばかりが捕まっていた。9人はいる。ひとりやふたりなら連れ出すことも不可能ではないだろうが、この人数は無理だ。


 そして彼女らがいるままで毒を流すわけにはいかない。魔王軍ともども死なせてしまう。


 彼女らは守るべき人間だ。絶対に助けたい。


 少しずつ、順番に助け出せば……いや、それでは時間が足りない。セシルたちと王国軍が、戦いを始めてしまう。


 捕虜は魔王軍が人質に使うだろう。王国軍は、正義の名のもとに少数の犠牲を無視するだろう。そして戦いで捕虜も兵士も命が失われる。


 それを防ぐためには、ほんの数日のうちに捕虜を全員助け出し、毒を流して砦を全滅させなければならない。


「くそ、どうすればいい……。全部をやりきる策……そんなものがあるのか……?」


 焦りと不安が、苛立ちを募らせる。


 いっそ魔将ウェルシャだけでも暗殺するか? いや、戦士タイプならともかく相手は将だ。常に護衛がいる。それに魔王軍は、常に下の者が、上の者に成り代わるチャンスを窺っている下剋上の環境だ。ウェルシャだけを殺ったところで、これ幸いにと別の者が台頭するだけだ。


(アラン様、落ち着いてください)


「どうする……どうする……?」


(アラン様!)


 強引に手を掴まれた。その手は、透明化したクローディアによって、どこかへ導かれていく。


 むにゅっ。


 ん? なんだろう? 柔らかくて、それでいて張りのある、あたたかいこの感触……。


「って、これ、おっぱ――っ」


(はい、おっぱいです。揉めば落ち着くかと思いまして。いかがでしょう?)


 慌てて手を引っ込める。


「いや落ち着かないよっ!」


(直のほうが良かったのでしょうか。わかりました、脱ぎます)


「やめてよ、そうじゃないよっ。無闇に興奮しちゃうって言ってるのっ!」


(それは、そうでした。敵地ですものね。ありえない場所でほど、興奮いたします)


「場所の問題じゃなくて……いやもう、こんなときまでドスケベ発揮するのはやめてくれよ!」


(アラン様、声が大きいですわ。敵兵に気づかれてしまいます)


「君のせいでしょ、君のせい」


(ですが、アラン様らしくなってまいりましたわ。焦りや苛立ちは思考を狭めるものです。今ならきっと、妙案も思いつくかと)


 落ち着いた声で告げられて、おれははっと気づく。


「そうか……そうだね。君の言う通りかもしれない。ありがとう、クローディア」


 やっぱり、こういうところは聖女様なのかも。お陰でリラックスできた。ドツボにはまっていた思考がクリアになって、なんとかなりそうな気がしてくる。


(はい、また揉みたくなったら仰ってくださいませね。わたくしは望むところなのでっ)


 いや、やっぱりただのドスケベかも……?


 まあいい。とにかく、考えてみよう。


 捕虜に、水を飲むなと告げるのはどうだろうか?


 いや、ダメだ。


 調合した毒は遅効性だ。即効性の毒だと、水を飲んだ者はすぐ死ぬ。そしたら他の者が水を飲まなくなってしまう。だから遅効性にして、確実に全員が飲んだ頃に効果が出るようにしたのだ。


 しかし、そんな中、捕虜だけが水を飲むのを拒否していたら? 水になにか仕掛けられていると考えるだろうし、下手したら捕虜が拷問されてしまう。


 そもそも遅効性の毒の効果が出るまでの2日間、水を飲むなというのは負担が大きすぎるだろう。人は水を飲まなくて3日間は生きていられるというが、それはあくまで目安だ。体力がなければ普通に死ぬし、生きていても死にかけはする。


 かといって毒を流す前に全員を連れ出すのは、不可能だ。


 ならば連れ出すのではなく、穏便に譲ってもらうならどうだ?


 交渉の材料さえあれば、それもできるかもしれない。


 では魔将ウェルシャ相手に交渉できそうな材料は……。


 おれは魔将ウェルシャについて、知る限りの情報を思い出す。


 種族は人間型の魔族。男性。単体戦闘力はオーガ並で、魔王軍幹部としては下の中。それを兵を用いることでカバーしている。指揮官としては有能で、この砦も王国軍から奪取したものだ。人間から奪った物の中から、気に入ったものを収集しているという。価値があると称される物に強い関心を抱くのだとか。


 ……ここだ。ここを突こう。


「クローディア、移動するよ」


(はい、どちらへ?)


「宝物庫だ。きっとウェルシャなら新しく作ってる」



   ◇



 この砦が王国軍の者だった頃には宝物庫など存在しなかったが、予想通り、魔将ウェルシャらが占領してからは作られていた。好事家な一面もあるウェルシャは、自らのコレクションをいつでも見れるよう手元で保管しておきたかったのだろう。


 警備は厳重かと思いきや、そうでもない。保管されている物品の価値もわからず、興味もない兵たちは、持ち場を離れたり居眠りをしていたりした。真面目に命令をこなす兵もいたがごく少数だ。目を盗んで侵入することなど、おれには容易い。


 そうしてまんまと、一番目立つところに置かれていた綺麗な壺を盗み出してやった。警備兵は盗まれたことにすら気づいていないだろう。


 クローディアの不可視化魔法の時間切れも近かったので、そこで一旦脱出する。


 野営地に戻って、改めて盗み出した壺を確認する。


「アラン様……これは、ゾルンの壺では?」


「ああ、天才芸術家ゾルンが遺した、世界に8つしかない壺だっけか。魔王軍に戦利品として奪われたって話は聞いてたけど、ウェルシャが持ってたんだね。良い物が手に入ったよ」


「はい、アラン様。この壺と捕虜を交換するのですね?」


「そうだけど、このままじゃダメだね。よいしょっと」


 がしゃんっ!


 おれはゾルンの壺を地面に落として、割ってみせた。


「――!?!?!!」


 クローディアがすごい顔で固まった。


「ななな、なにをなさっているのです!? これは人類の宝なのですよ!? 世界に8つしかなくて! この壺ひとつで街のひとつやふたつ買えると言われるほどの価値があるといいますのに!」


「このまま持っていっても、盗んだ物を返すから捕虜と交換しろって話になるだけだからね。相手にとってまったく利益がないんだ。交渉にならない。だから、こいつには盗んだ物とは別物になってもらわなくちゃならない」


「さ、さすが、アラン様です……。目的のためには、本当に手段を選ばないのですのね。人類の宝を、一切躊躇なく……」


「ふふん、まあね~。そもそも、この壺にどれだけの価値があろうと、失った人の命は買い戻せないからね。天秤にかけるまでもないってことさ」


 おれはそこから徹夜で、壺を別物に仕立て上げていった。


 魔将ウェルシャを、ペテンにかけるために。

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