第5話 ドスケベだけれど、ちゃんとした聖女
クローディアが使ってくれた強化魔法は大したものだった。
険しい山道も、まるで散歩するかのようにすいすい進んで行けてしまう。半日もしないうちに、おれが今日予定していた進度を大きく越えてしまうほどだった。寝坊した遅れを挽回できただけでなく、この調子なら数日分の余裕さえ持てそうなくらいだ。
その日の野営の際、おれはしみじみと口にした。
「神力増幅の効果って、すごいものなんだね。ラーゼアス教の聖女は、教会に滞在したときくらいしか増幅できてなかった。異教ならではの方法なのかな?」
「アラン様、異教と仰いますが、ダナヴィル教はラーゼアス教よりもずっと古い、由緒正しき教えですのよ?」
「そうなのかい? その割にはおれ、ダナヴィル教のこと、ろくに聞いたこともなかったけど」
「ダナヴィル教は為政者に弾圧されることが多かったですから。そもそもラーゼアス教は、ダナヴィルの教えを起源としたものなのですが、教会の権威や民衆の掌握に都合の良いように教義を変えられてきた経緯があるのです。色欲が罪とされ、純潔や貞節を重んじられるようになったのは、そのためだとか」
「そうだったのか……でも、君はなんで弾圧されるようなダナヴィル教にわざわざ――って、もしかして」
「はい。幼い頃より僧侶の資質はあると聞かされておりましたが、わたくしには禁欲なんて絶対無理だと強い確信がありましたので!」
「ドスケベなのは小さい頃からだったかー」
「当時、たまたま預けられた教会にて、神父様とシスターが禁を犯しているのを目撃してしまったのがきっかけです」
「なんて罪深いんだ」
「でも、わたくしは、こんなわたくしが嫌いではありませんし……そのお陰で、昨夜はアラン様に大変ご満足いただけましたし。あれはきっと神のお導きだったのでしょう」
「なんてもので導くんだ神様……」
とか言ってると、昨夜の様子がフラッシュバックしてきて顔が熱くなる。
気にしないようにしていたが、こうして落ち着いてクローディアと向き合っていると否が応でも思い出してしまう。彼女の匂い、柔らかさ、ぬくもり……。
意識すると胸がドキドキしてしまう。予想していたとおり、クローディアに特別な感情を抱いてしまったようだ。
小さく頭を振って、強引に意識を切り替える。
「とにかく、君がいてくれて良かったよ。お陰で、思ったより早く着けそうだ」
「お役に立てたなら幸いです。わたくしも、昨夜、勇気を出してカミングアウトした甲斐がありましたわ。本当は少しずつオープンしていくつもりでしたのに」
「勇気を出してっていうか、完全にその場の勢いだったよね。隠してたつもりなんだろうけど、今思うと結構ガバガバだったし」
用意してくれてた食事は性的な意味で精力が付くものだったし、おれのシャツの匂いで興奮してたし、エロ本を持ち歩いてたし。
クローディアは、少しばかりはにかみつつ、柔らかに微笑む。聖女の笑みだ。可愛くて、綺麗だ。
「ですが穴はキツキツです」
「こ、こらぁあ! 下ネタ禁止! 聖女様のイメージが壊れる! 笑えないよ、マジで!」
「ふひひっ、我慢せず自分をさらけ出せるのって気持ちがいいですわね」
「いやもう、人前では本当にやめてよね」
「神は言っておられます、己を偽ることは罪であると」
「偽らなくてもいいけど、ひけらかさないでって言ってんの」
しかし、くっそぉ。こんなドスケベでも、好きになっちゃったんだよなぁ。困ったなぁ。
「それはさておき」
「さておかないでよ……」
「それさえさておき、勇者様より先に魔将ウェルシャの砦に着いたとして、どのように攻略するおつもりなのでしょう?」
「中に潜入して井戸に毒を流すんだよ」
「まあ、それは――」
クローディアは表情が固まった。
「――思っていた以上に、卑怯なんですのね……」
「ふふん、まあね~」
おれはドヤ顔で胸を張る。クローディアがちょっと引いてるのは気のせいだろう。
「これが一番楽で、味方の犠牲者も出さない方法だからさ」
「それは……はい、そういう意味では良い手かもしれません」
「やっぱり君はわかってくれるんだね。嬉しいよ。セシルたちは、なんでかおれを非難してくるからさぁ」
「そのお気持ちもわからなくないですが……」
◇
それから2日後、おれたちは無事に魔将ウェルシャの砦に到着した。
セシルたちと王国軍は、まだだ。おれの予想では、あと3日はかかるはず。
砦の周囲を偵察して、警備の薄い箇所も見つけてある。頑丈そうな錠前はあるが、おれの前では無力だろう。おれの本職は、鍵開けや罠解除を専門とする『鍵師』なのだから。
おれは音の出やすい金具のついた装備を置いて、身軽で目立たない服装で挑む。武装は最低限のナイフのみ。
足音を殺して、歩哨のオークに接近。背後から喉をかき切る。遺体を隠してから入口の錠前を破りにかかる。予想通り、おれの腕なら1分もかからない。
「よし……行くぞ」
「はい、アラン様」
独り言に答えた声に、びっくりして振り返る。
「クローディア、待っててくれって言ったじゃないか」
「わたくしもなにかお力になりたくて」
「おれひとりで大丈夫だよ」
「ですが万が一見つかればただでは済みません。アラン様はこれが犠牲が一番少ない方法だと仰っておりましたが、ご自分が犠牲になるかもしれないことをお忘れです」
「おれのことはどうでもいいんだ」
「よくありません! 自己犠牲は美しいですが、他に手段のあるときのそれはただの自殺です。大罪です。ですから、少しでも危険が少なくなるよう、わたくしにもお手伝いをさせてくださいませ!」
エメラルドの瞳がおれを真剣に見据える。
この子はドスケベだけれど、ちゃんとした聖女でもあるんだな……。
「……わかったよ、クローディア。不可視化魔法は使えるかい?」
「はい、専門外なので長時間は持ちませんし、他の魔法も使えなくなりますが」
「それでもいい。おれの潜入の手助けをしてくれ」
不可視化魔法で透明化したクローディアと共に、おれは砦に潜入する。
予想以上に敵兵の数は多く、ヒヤリとする場面もあったが、クローディアの誘導のお陰でなんとかバレずに済んだ。
井戸は大きなものがひとつ。そこから簡易的な水道を設けて、各所へ水を届けているらしい。この井戸に毒を流し込んで脱出すれば終わりだ。おれは、毒の入った革袋を取り出すが……。
(お待ち下さい!)
小声で叫んだクローディアが、おれの腕を掴んだ。
(捕虜がいるようです)
(なんだって!?)
それはまずい。
いかに魔王軍といえど捕虜にも水くらいは与えるだろう。おれが井戸に毒を流したら、捕まっている人間さえも犠牲にしてしまう。
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