第3話 わたくしは、ドスケベなのです!

 おれとクローディアはさっそく出発して山道に入った。


 セシルたちが向かったであろう魔王軍幹部『魔将ウェルシャ』の砦への近道だ。人の通らない険しい道で、魔物モンスターも多い。もちろん途中に宿もない。


 もっと安全で快適な街道もあるのだが、遠回りになるし、きっとセシルたちはその道を行っている。同じ道を通って先回りすることはできない。


 おれは慣れているし、覚悟の上だったからどうってことないが、急に同行することになったクローディアはどうなのか?


「平気、ですわっ! 『勇者』に先んじて魔将を討ち果たし、犠牲を最小限に食い止めようなんて、なんと崇高なお考えでしょう! かつての友に背を向けてまでこの道を選んだアラン様の想い、わたくしが足を引っ張るわけには参りませんわ!」


 汗を滴らせながら、健気に強がるクローディアに思わず胸がいっぱいになる。かつての仲間にはなぜだか理解されなかった考えを肯定して、文句も言わずついてきてくれる。それだけでも報われるような気持ちだ。


 実際クローディアは、おれにはもったいないと思えるほど、素晴らしい聖女だった。


 力量は、『勇者』パーティの聖女シンシアには及ばないものの、魔物モンスターとの戦闘は充分にこなしてくれたし、聖護結界だって立派なものが張れる。


 聖護結界とは、一時的に魔物モンスターを寄せ付けない結界を生み出す僧侶の高位魔法の一種だ。今回のような魔物モンスターの多い山道や迷宮ダンジョンでも、安全に休むことができる。


 おれが僧侶を一番欲しがっていたのは、この聖護結界を求めてのことだ。


 今後も『勇者』パーティに先んじるために、危険な道を行くことは多いだろう。一人旅では魔物モンスターへの警戒を怠れず、野営しても充分な休息は取れない。しかし聖護結界があればその心配はない。


 そういった実力的な意味でもクローディアは素晴らしいが、良い点はまだある。


 まず料理が上手い。


 野営中。おれが用意しようと思っていたのに、気がついたらクローディアが料理を済ませてくれていた。


 採取してきたであろう木の実や野草にキノコ、さらにヘビやトカゲだが肉類まで。


「どうぞ召し上がってくださいませ」


「ありがとう。これは力が付きそうだ」


「はい。精力をみなぎらせてくださいまし!」


 食べるところを、にこにこ笑顔で見られるのはちょっと照れてしまったが。


 さらに、どうやら綺麗好きらしい。


 汗だくになったシャツを乾かそうと、脱いでおいたところ……。


「くんくんくん……はぁはぁはぁ……」


 ちょっと目を離した隙に、クローディアに匂いを嗅がれていた。


「えぇ……なにしてんの?」


「はっ!? ち、ちち違いますの! これは……その、か、乾かすだけでなく洗う必要もあるのかと確認しておりましたの!」


「なんだ、びっくりしたぁ。そこまで気を遣ってもらえるなんて、なんか申し訳ないな」


「い、いえ……お気になさらず……」


 頬を赤くして、おれのほうをじっと見つめる。なんだか可愛い。


「それより、クローディアも着替えたほうがいいよ。汗かいてたし、早く脱いだほうがいい」


「あ、はい。アラン様のように、裸になったほうが良い……と」


 おれはシャツを脱いだきり、上半身裸のままだった。


「いや汗を拭いたら、すぐべつの服を着なよ。おれは単に面倒で着てないだけ……っと、悪い。見苦しいもの見せちゃってたか」


 クローディアは慌てたようにぶるぶると首を左右に振った。


「いえ! むしろありがとうございますっ!」


 なんで礼を言われたのかわからないが、とにかく綺麗好きは良いことだ。


 衣服の異臭は魔物モンスターを引き寄せるし、不衛生では怪我だって悪化する。健康を損ねたら旅も続けられない。衛生管理は非常に大切なのだ。


 そして、クローディアは勉強熱心でもあるらしい。


 彼女の荷物の中身がちらりと見えてしまったが、何冊か本を持っているようだ。


 持ち運ぶ用に作られたのか、ページ数の少ない薄い本だったが、そもそも本は高価だ。それを何冊も持ち歩くなんて、高い向上心の現れに他ならないだろう。


 そんな彼女の本だが、荷物からこぼれたのか、一冊、テントの中に落ちていた。


 どんな本を読むのだろう? やはり神学書や魔術書だろうか?


 ちょうどクローディアへの関心が強くなってきたところだったので、つい拾って、ページを開いてしまう。


「わあああ、ダメですぅ!」


 すると、物凄い俊敏な動きで現れたクローディアに奪い取られてしまった。


「あ、ごめん。落ちてたからつい。どんな本を読んでるんだろうって……」


 クローディアは顔を赤くしながら、若干の涙目でおれを見上げる。


「……ご覧になったのですか?」


「少し。医学書かな。裸の男女が描かれてたような……」


「そ――そうです! ですが私物ですので、中身をご覧になるのはご遠慮いただきたく!」


「ごめん、気をつけるよ」


 人体の構造をよく理解していたほうが、治療魔法の効き目がいいと聞くし、医学書を持ち歩いているのは納得だ。やはりクローディアは勉強熱心なのだな。


 と、そんなところで就寝。


 まだ一日目だが、クローディアのことを色々知れたと思う。とても好印象だ。


 料理上手で綺麗好きで勉強熱心なとても素敵な――いや待て? 思い起こしてみると、結構おかしいところあったな?


 疑問に思ったとき、テントの中で静かに動く気配があった。


 クローディアが起き上がって近づいてくる。


 なにか用だろうか? いや、だったらなぜ声もかけずに忍び寄ってくる?


 おれは警戒しつつ、眠っているふりをすることにした。もし怪しい動きをしたなら、取り押さえるしかない。


 気配が近づくにつれて、クローディアの熱っぽい吐息が聞こえてくる。


「ふ、ふひひ、男の人の体……。ちょっとだけ、ちょっとだけ……。じゅるり」


「……へっ?」


 予想外すぎて、つい間抜けな声を出してしまう。


「ひぅっ!? アラン様、起きていらっしゃっしゃ!?」


 クローディアはびっくりしすぎて言葉をカミカミである。


「え、君、なんで興奮してんの?」


「そ、それは、あの、それは……!」


 あわあわと取り乱すクローディアだったが、やがて覚悟を決めたのか、きりっと視線を定める。


「あ、アラン様を襲ってしまおう、かと。性的に」


「性的に!?」


「こ、この期に及んでは仕方ありません、正直に申し上げます!」


 先程までの動揺はどこへやら、クローディアは堂々と言い放った。


「――わたくしは、ドスケベなのです!」

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