第2話 ふひひっ、男の人の体……

 もう夜だというのに宿を出てきてしまったが、べつにパーティ追放されてヤケになったわけではない。


 セシルたちに先んじて魔王軍幹部、さらには魔王を討ち取るためにも、明日から行動なんて言ってはいられない。


 とはいえ、どんなに策を弄したところで、魔王討伐はひとりで成し遂げられることではない。仲間が必要だ。


 そこで近場の、酒場併設の冒険者ギルドへ向かった。そこなら今の時間でも空いているだろうし、きっとすぐ新たな仲間が見つかるだろう。


「――などと考えていたおれは、甘ちゃんでしたよっと……」


 独り言で自嘲しつつ、ちびちびとミルクを口にするおれである。


 仲間を募集してから3日、未だにひとりも集まらない。


 決してスルーされているわけではない。追放された身とはいえ、『勇者』パーティの一員として顔が売れている。声をかけてきてくれる者はそれなりにいた。


 が、そもそも冒険者自体がこの街に少ない。魔王軍幹部『魔将ウェルシャ』の侵攻の影響だ。簡単そうな仕事でも、運が悪ければ魔王軍に出くわすのだ。大抵の冒険者は、より安全な仕事を求めて街を出てしまっている。


 逆に、残っている冒険者は実力者揃いとなるはずで期待したのだが、本気で魔王討伐を狙っていると語るとみんな去っていってしまった。「偶然出会うくらいならいいけど、ガチでやり合うのは無理」「あんな砦の攻略、荷が重い」とのこと。


 魔将ウェルシャの脅威はずいぶんと浸透してしまっているようだ。


 こうして3日も浪費している間に、セシルたちはかなり先まで行ってしまっているだろう。王国軍と合流して、魔王軍幹部『魔将ウェルシャ』の砦へ攻め込むまで、あと一週間あるかどうか……。


 王国軍兵士に無駄な犠牲を出させないためには、先回りが必須だ。近道を大急ぎで進むにしても、リミットは今日だろう。


 今回は仲間探しは諦めて、ウェルシャ討伐を優先すべきか。


 そう考えていたとき――。


「おいおい、こんなところに異教の聖女様かよ。珍しいじゃん」


「知ってるぜぇ、ダナヴィル教の聖女は誰とでも寝るんだろう? へへへっ、おいらとどうよ?」


 酔った冒険者たちが、黒を基調とした僧侶服の女性に絡んでいた。


 美しい金髪のショートカット。エメラルドのような綺麗な瞳。ぱっちりとした目つきは、穏やかそうな印象を受ける。やや童顔気味の可愛らしい顔をしているが、体のほうは成熟した大人といった様子で、出るところがしっかり出ている。その若干のアンバランスさが、不思議な魅力を醸し出している。


 なるほど。声をかけたくなるのも無理のない美少女だ。


 ラーゼアス教が主流のこの国で、ダナヴィル教なんていう聞き慣れない異教の僧侶がいることは気になるが……。


「なあ溜まってんだよ、お相手してくれよ聖女様ぁ~」


 その異教の聖女は、特に困惑も見せず、腕を掴もうとした酔客をかわす。


「わたくしは確かにダナヴィルの僧侶ですが、誰とでもご一緒するというのは間違いですわ。パーティを組んだ方とだけです」


「そーかい? ならよぉ、おいらと夜のパーティ組もうぜぇ」


「せっかくですが、お断りいたします」


「なんでだよぉ」


「それは、その、あなたはタイプではないので……」


「ぷっ、あっはっはっはっ!」


 彼女のあしらい方に、思わず笑ってしまう。


 異教には詳しくないが、いくらなんでも、聖女が簡単に体を許す教えなどあるわけない。


 彼女が否定しなかったのは、訂正しようとしても酔っ払いには通じないと判断したからだろう。その上で、相手が好みじゃないから寝ない、と拒絶したわけだ。なかなか肝が座っている。世間慣れもしているようだ。


 だが、普通に言い寄ってくる相手ならそれで済むかもしれないが、相手は酔った冒険者だ。


「なんだとこのアマ、お高く止まりやが――」


「やめとけって」


 予想通り激昂する冒険者だったが、おれは先んじて彼の背後に回り込み、聖女に振るおうとした腕を掴んで止めていた。


「あんたは振られたんだ。諦めきれないなら、また今度、男を上げてから挑戦するのがスジだぜ」


「なんだてめ――ひっ、アランさん!?」


 急に酔いが冷めたらしく、冒険者は卑屈な笑みを浮かべて、ぺこぺこと頭を下げた。


「す、すんません! 最近ろくな仕事がなくて気が立ってて……」


「そんなときは酒よりミルクがおすすめだ。野菜もいいぞ」


「どっちも最近高いじゃないっすかぁ~!」


 とか喚きながら、仲間を連れてそそくさと出ていってしまう。


 魔将ウェルシャの侵攻のため、物資不足で価格が高騰しているのだ。やはり、いち早く討伐しなければ。


 一方、異教の聖女は、ぼうっとおれを見上げていた。


「怪我はないよね、聖女様?」


「……ありがとうございます。あの……あなたは、アラン様と仰るのですか? もしやアラン・エイブル様?」


「ああ。もしかして、パーティメンバー募集を見て来てくれたのかな?」


「はい。ですが、それだけではなく……わたくし、お告げを聞いてここまで参りました!」


「お告げだって?」


 お告げといえば、高い能力を持った僧侶が、信仰している神から未来を示唆されたり、意向を示されたりする現象だ。


「もう5年も前でしょうか。この街の、この時間、このお店で、ある男性が争いを暴力を振るわずに収めると……その方こそがわたくしの運命で、共に道を往く方なのだと聞いておりました! そしてあなたは、本当に現れましたわ!」


「お、おお、そうなんだ?」


「はい! メンバーを募集していっしゃるならば、是非もありません! このわたくし、クローディア・オーディムをお連れくださいまし!」


「そりゃ、お告げを聞けるほど高位の聖女様が仲間になってくれるならありがたいけど……おれの目的は魔王討伐だよ。冗談抜きで厳しい旅になると思うけど」


「素晴らしいですわ! わたくしも、魔王軍に苦しめられる人々のことは日々憂いておりましたの。是非ともわたくしの力をお役立てくださいませ!」


「えっと、なんなら事情があって今すぐにでも出発しなきゃいけないんだけど……」


「まあ、善は急げですのね? お供いたしますわ!」


 なにこの子、めっちゃグイグイ来るじゃん。


 正直、僧侶が一番欲しかったから助かるといえば助かるのだけど……。


 まあいい。どうせひとりでも行くつもりだったんだ。彼女を本当に仲間にするかは、道すがら判断すればいい。


「と、とりあえずよろしく。クローディア」


 手を差し出して握手を求める。


「はい、アラン様!」


 クローディアは素直にその手を取った。


 瞬間、彼女の顔がふにゃっとだらしない笑顔になった。


「ふひひっ、男の人の体……触っちゃいましたわ……」


 ん? 今、小声でなんか言った?

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