勇者に追放された卑怯者のおれ、魔王は倒したいのにおかしい奴ばかり仲間になって困ってるんですけど

内田ヨシキ

第1話 非常識なんだよ、君の卑怯さは!

「アラン、今日をもって君をパーティから追放しなくちゃならない」


 パーティリーダーのセシルがおれにそう言ったのは、次の戦いに向けて準備している夜のことだった。


「追放? おれを? なんで?」


 心当たりがまったくなかったおれは、面食らってしまう。


 するとセシルは、その整った顔を呆れたように歪ませた。


「本当に理由がわからないのかい? ベルクとの戦いを思い出してみなよ」


 ベルクとは、最近撃破した魔王軍幹部のひとりだ。


 部隊を統率するとか、策略を巡らすといった将ではないが、単純な戦闘力では魔王軍幹部の中でも最強と目される戦士だった。実際、おれたちは苦戦した。


「全滅の危機だったな。おれたちが束になっても敵わなかった」


「そうだね。そこで君はなにをした?」


「やつの息子と娘を人質に取って身動きできないようにした」


「それだけじゃないよね?」


「ああ、身動き取れないようにしたなら、あとはトドメを刺すだけだ。簡単だった」


「まだあるよね? 助けるって約束した人質に、君はなにをした?」


「助ける約束なんてしてない。親の元に帰してやるって約束したんだ。約束を守って、後を追わせてやった。やつらもずいぶん人を襲って被害を出してたし、逃す手はないだろう」


 セシルはすぅー、と大きく息を吸い込み――。


「そういうとこだよ! そういうとこ! 非常識なんだよ、君の卑怯さは! 普通はしないよそんなこと! 思いついても躊躇してできないよ!」


 顔を真っ赤にしてセシルは大声でまくしたてる。そんな風にされたら、追放宣言に続いて二度目のびっくりだ。


「よせよ。急にそんな褒めるな、照れるだろ。なんだよ、追放する理由を話してくれるんじゃなかったのか?」


「褒めてないよ! 非難してるんだよ! これが追放の理由だよ!」


「えぇ……パーティで一番の武勲を立てたのに?」


「騙し討ちは武勲って言わないの! だいたい、ぼくたちは栄誉ある『勇者』の称号を得たパーティなんだよ、君のおこないが許されると思うのかい?」


 おれは「ふむ……」と顎に手をやり、考えてみる。結論はすぐに出た。


「誰かに許してもらう必要なくないか? 人々を守るのに必要なら、どんな手段でも取ればいいじゃないか。実際あのとき、おれたちの背後には民間人もいたわけだし」


 セシルは「う~ん」と頭を抱えた。


「君の言いたいこともわかるけど! 『勇者』の称号をくれた国王や、それを主導した教皇たちが許してくれないの! 『勇者』があんな卑怯な手を使ってたら、ラーゼアス教の名誉や権威を著しく傷つけるし、誰も正義を信じなくなっちゃうって危惧されてる。称号の剥奪だってあり得るんだよ!」


「いいじゃないか、おれたちは称号のために戦ってきたんじゃない」


「でもその称号があったから、王国や教会の支援が得られて、魔王軍幹部ともやり合えるようになれた。より多くの人を救えるようになれた。『勇者』でなくなったら、それができなくなるんだよ」


「それは……困るな」


 名誉を失うなんて屁でもないが、それで力を削がれるのは確かに由々しき事態だ。救えたはずの人が救えなくなる。


「そうだろう? ぼくだって本当は君を追放なんてしたくないんだ。だから……わかってくれるよね?」


「ああ、わかったよ」


 おれが頷くと、セシルは安堵して肩を落とした。


「これからはこっそりやろう。みんなも内緒な? バレそうになったら口裏を合わせてくれ」


 唇の前に人差し指を立てて、「秘密だぜ☆」と笑ってみせる。


「全っ然っ! わかってないじゃないかぁあ!」


 今日一番の、泣き声にも似た大声が耳をつんざく。椅子から転がり落ちてしまいそうになる。


「落ち着けって、セシル。大丈夫、バレやしない。今調合してる毒も、ちゃんと遅効性のものに作り直しておく。おれたちがやったって誰も気づかないさ」


「いやもう、ほらぁ! 毒殺する気満々じゃん! 卑怯上等じゃん! いくら相手が魔王軍幹部だからってさぁ!」


「だって相手は魔将ウェルシャだぜ? 兵隊と砦に守られてる。正攻法じゃかなりきついだろ? そこで、おれがちょちょいと潜入して、井戸にこれを放り込めば、あら不思議、2日後には一網打尽って寸法だ」


「言っとくけど、絶対バレるよ。ベルクの件で目をつけられてるし、そんな毒を使いそうなのも、潜入して井戸に仕込める実力者も君くらいなんだから」


「むぅ……。じゃあセシル、お前ならどんな手を使う?」


「王国軍と協力して正面突破するよ」


「兵士に多数の犠牲者が出るぞ」


「栄誉ある戦いに参加して、人々のために殉じるんだ。きっと、犠牲になるのも本望だよ」


「お前、なに言ってんだ!?」


 思わず立ち上がる。がたんっ、と椅子が倒れる。


「ぼく、そんなにおかしなことを言ったかい?」


 本当にわからないそうな顔をするセシルに、急に諦めが湧き上がってきた。


「……それがわからないんなら、お前は変わっちまったってことだよ、セシル」


 以前は――おれとふたりでパーティを立ち上げた頃は、絶対にこんなことを言うやつじゃなかった。


 きっと、英雄だ勇者だと祀り上げられて、王侯貴族や教会のお偉方とばかり会っていたからだ。戦場も知らないような連中の考えを、当たり前に思うようになってしまっている。


 これじゃダメだ。おれたちが守りたかったのは、戦いで犠牲になる兵士も含めた、日々を精一杯に生きる人々だ。権力にあぐらをかいた、ごく一部の人間じゃない。


「とにかく、君がやり方を変えないんなら、追放するしかない。栄誉ある『勇者』パーティの戦いに連れて行けない。だから――」


「なら、追放でいい」


 おれの吐き捨てるような返事に、セシルはショックを受けて声をつまらせた。そして悲しげに瞳を下げる。


「アラン……残念だよ」


「おれもだ、セシル」


 おれはさっそく荷物をまとめて、宿を出ることにした。


「せめて元気で……」


「おれを心配してくれるのか?」


「当たり前だよ。こんなことになってしまったけど、ぼくと君の仲じゃないか」


「その心配、犠牲になるかもしれない兵士にもしてやれよ」


 するとセシルは押し黙ってしまった。


「……あばよ」


 それきり、おれは背を向けて立ち去る。


 追放となったが、おれのやることは変わらない。むしろ、彼らより先んじなければならない。


 人々を守り、犠牲を少なくするためには、『勇者』に任せてはおけない。


 おれはおれのやり方で魔王の首を取る。やつらより先に。


 決意を胸に、おれはまずは新たな仲間を探すことにした。

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