第7話 産まれた時間は時に朝の起床に影響を及ぼす

チュンチュンーー


 都会の朝は、平日出勤のサラリーマン達の喧騒と、

排気ガスを排出し、地球温暖化の一助となる自動車の騒音から始まる。

薄汚れた、硫黄酸化物とハウスダストたっぷりの空気の中、俺は目覚めた。


「はぁ〜!! よく寝た!!」


 無論、森林などない都会においては、鳥の囀りなど聞こえない。

いるのは、カーカーと朝っぱらからやかましい鳴き声で騒ぎ立てる烏共と、

最近めっぽう見かける機会の少なくなった雀がちらほら..。


 後は大体、灰色や茶色の、

とても平和の象徴とは形容し難い醜悪な姿をした鳩のみだ。

あいつらも、烏同様に、大して聴き心地の良くない声で『ポッポー』

となくからやかましい。



 ガン


 少し怒りを込めて、俺は鳥のサウンドのする目覚まし時計をぶっ叩き、音を止めた。


「朝ご飯よ〜!」


 母の声が聞こえてくる。両親のうちの一人。


「分かった〜!!」


 軽快な口調で、俺は応じた。

平均的な筋力量と体脂肪率を維持している俺の肉体で、


 ウン! と上体を起こす。血流の滞りを感じたから、


 ムッ! と身体を伸ばしながら、


 ハァ..。と欠伸をした。


 今日のコンディションを一言で表すとするのなら、


 フン! って感じだ。


 まだ、ベッドの上に横たわっている下半身を俺はじっと見つめた。


 見つめるというのに、特に意味はない。

ただ、今日はいつもより竿の立ち具合が良いなとか、尿意があるなとか、

そういうショーもない事に思案を巡らせつつ、襲いかかる二度目の睡魔と格闘する


「早く来なさい!!」


 しかし、そんな二度目の睡魔共は、母の呼び声で退散した。

もう、目は冴えた。レースのカーテン一枚越しに、UVがカットされた日光を浴びる。


 気持ちが良い。朝日はなぜ、こんなにも、目に染みるのだろう..。


 ガバっ


 俺は、足元にかかっていた残りの布団も、勢いよくひっぺがした。

そして、ニ○リで購入したベッドに手をついた反動で、、


 ムニューー


 あれ..??


 腕の力でベッドを押そうとした時、手のひらに、おかしな感触が走った。

まるで、マシュマロに触れているみたいな、

柔らかさ的には、自分の二の腕を摘んだ時とよく似ている。


 俺はもう一度、例の柔らかな物体に触れてみた。


 ムニュ


 やはり、例の感触が、再び俺の手のひら全体を包み込んだ。


 柔らかい。それに加えて、温かい..。

気づけば俺は、その柔らかい物体を揉みほだいていた。


 ムニュムニュムニュ


 思い返してみれば、この時点で、俺は疑問に思うべきだったのだ。

ベッドでこの質感は、どう考えても不自然であるとーー


 しかし、無我夢中で揉んでいた当時の俺に、そんな暇いとまはなく..。


 この後起きた悲劇はまぁ..、俺の口から語らなくても良いだろう..。


 ♢


「何するのよっ!!」


 脇腹を思い切り蹴られた俺は、汚い涎を撒き散らし、

『あぁ』などと微かな呻き声を発しながら、腹を抱えて座り込んだ。


 ベッドの上で、このような痴態を朝っぱらから晒す羽目になりつつ、

俺はほとんど半泣き状態で、彼女の顔を見た。


 そして、そんな俺の事を、

腕を組み、そっぽを向きながら頬を膨らませつつ、片目でチラチラみてくる彼女ー


「ごめんなさい..」


 ペタン と、俺は柔らかいベッドの上におでこをくっつけて土下座をした。


 スン と、彼女は鼻を鳴らす。そして、ギコちのない声で言った。


「わ、わざとじゃないなら、良いわ..」

「本当に、すみませんでした。って..、許してくれるんですか..?」


 平身低頭を心掛けつつ、恐る恐ると頭を上げる。

すると、彼女の顔は、もう俺の方を向いていた。


「許す..。だって、貴方には..」


 彼女はここで、出かかっていた言葉をグッと呑み込んだ。


「えっと..」

「でも、どうして俺のベッドの中に..?」


 俺がそう言った直後、彼女の顔はたちまち赤くなっていった。


「そ、それは..」 と言って、彼女はベッドの下を指差す。


 俺は、彼女が差した指の先を見る。するとそこには、普段は使う事のない

見慣れない掛け布団が一つ、俺の部屋の床の上に敷かれていた。


「ほ、本当はね..。そこで、寝てたんだよ..。でも..、私、暗所恐怖症っぽくて..、

一人で寝ようと思っても、どうしても出来なくって..。そんな時、ベッドで

寝ている貴方が見えたから....。その....」

「添い寝したんですね」


 ドカっと、今度は胸を殴られた。本当の事なのに、なんて理不尽..。

でも、今回のはそこまで痛くはなかった。


「い、言わないでよ!!」


 彼女の頬が真っ赤に染まった。

膝の上で、親指をくるくるさせながら、定期的に足の位置を変えつつーー


 俺は、今なお黙り込んでいる彼女が、自分の口からは言いにくい事があるのでは?と察し、恐らくその元となっているものを先に言った。


「えっと..。”これから”、よろしくお願いします..」


 

 昨日の出来事は、夢ではなかった。そして、母もいるこの空間内に、

彼女もいる。つまりこれが何を意味しているかは、想像に難くない。


 そのくらいの事は、ラブコメの主人公にだって、

気付いてもらわなければ困るのだ。


 ほら、よく見てご覧よ? 今の彼女の表情。

さっきまでの固さはどこへやら? 胸の中のしこりが取れたのか、

表情筋は融解し、柔和な笑みを口にためてーー


 目を軽く閉じながら、彼女は言った


「うん....」 と、泣きそうな声でそう一言

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