第5話 特定厨の心理を100文字以内で説明せよ

「制服、脱いで下さい..」


 そう言い終えた後、俺は少し後悔した。


 もっと、別の表現の仕方があったというより、何故そうするかの

説明が欠けていたから。


 しかし、それを訂正する間もなく、俺の頬にとんで来たものは..


「えっち!!」


 張り手..。いや、ビンタか..。


 彼女は思い切り俺の頬をぶった。反動で身体がよろける。


「ご、ごめんなさい..」

「....」


 彼女は少し涙目になっている。本当に嫌だったのだろう。

この顔は、照れ隠しでも何でもない。殺意100%の肉食獣って感じだ。


「シャァ....」


 彼女は、威嚇する猫のような声を発した。

にしても『シャァ..』って..。『キャァ!』とかの方がまだ愛嬌があるのに、


 と、ここで我に返ったのか、彼女はハッと一呼吸置き、

辺りをキョロキョロと見回した。


「あ、あれ..。私何して..。あ!! 康太..。ごめんなさい..」

「良いですよ..。今のは俺が悪いので..。説明不足でした..。

あの、制服を脱いで下さいっていうのは、ただ単純に、制服の”絵”を描きたかっただけで..」


 すると、彼女はきょとんとした顔を作り言った。


「え..。どうして、”絵”なの?」

「はい。都市伝説の記事の通り、貴方はどういうわけか、写真に写り込まないですよね..。さっき撮ってみて分かったことですが、それは、貴方の身につけている衣服もまた同様です..。だから、写真がダメなら、絵に描いてみようかと..」


「そ、そう..? でも、私の制服の絵を描いて、どうするの..」

「あ..。えっと、制服の絵を描いて、匿名掲示板、後は質問サイトに載せようかと

思いまして..」


 ここまで説明したが、彼女はやはり、まだ要領を得ていないようだった。


1:名無しさん


 康太..。匿名掲示板って..何??


2:名無しさん


 >>1 えっとですね、文字通り。匿名で集まった人たちが、

ネットで情報とか意見を交換するコミュニティツールと捉えて下さい。


3:名無しさん


 うん..。分かった。でも、それを使って、何をするの?


4:名無しさん


 >>3 はい。

貴方の着ている制服の絵を描いて、それをネット上に載せるんですよ。

そうすれば、これは○○高校の制服だと、特定してくれる人が出てくるかもしれません。


「す、凄い..。そんな便利なシステムがあるのね..」


 と、彼女は相槌を打った。


 

 名無しさん


 じゃあ、質問板っていうのも、似たようなシステム..?


 回答(一件)


 kou********さん


 そうです。こっちはもっとダイレクトに質問出来るので、

有識者(ひまじん)の方が、結構な速度で回答してくれるはずですよ!!


 と、こんな感じで、ざっくりではあるが説明はした。


「じゃあ、制服脱いで下さい!」

「ち、ちょっと待ってよ..」


「え? まだ何か問題ありますか..?」

「べ、別に脱がなくても良いじゃない! 私ここに座ってるから、、

それを見ながら描けば良いじゃない!!」


「た、確かに....。そうですね....」


 俺は頷いた。


 本当に、何故初めからその発想がなかったのかと驚いたくらいだ..。

俺は何故、制服を脱がせようとした? 何かエッチな事を期待したのか?


 ふぅ、落ち着け..。俺には性欲がない。

決めたじゃないか。俺はラブコメの主人公..。

直接的に求めてはいけない。何がとは言わないが、たまにで良い。


 たまに、ラッキースケベ的な展開が起きてくれればそれで..。


 カキカキ


 絵は10分くらいで描き終わった。

俺はあまり絵の得意な方ではないし、美術の成績だって3が多い。

でも、大まかな特徴だけは抑えられたと思う。


 だから後は、これを写真に撮ってネットに載せるだけ..。


 問題なのは、絵も写真に映らない可能性だったが、



 カシャ



 今度は大丈夫だった。良かった..。絵なら映る..。


「どう、順調そう..」

「はい。大丈夫です..」


「ありがとう! じゃあ私..。食器片付けてくるね!」


 そう言い残し、鼻歌混じりに彼女は部屋を出て行った。

多分、この部屋から台所に行き、またここに戻ってくるまでのトータル時間は数十秒..。


 いけるか..? 

それまでに、出来るだけ匿名掲示板の住民が食いつくスレを立て、

質問サイトに画面を遷移させる。


 スレを立てる。

タイピング速度は、早くて20秒..。いや、俺なら10秒で打ち込める..。

大丈夫..。俺なら出来る。最悪、少しくらい見られても問題はない..。


 適当に誤魔化してみせる..。さぁ、


 カチ


 俺は匿名掲示板に、スレのタイトルを打ち込んだ。



『jKの制服が描かれた絵を入手したのだが、学校名分かる奴いたら晒してけwwww』


 

 カチカチ


「お待たせ..。康太。ところで、お水ってどこから出てくるの..?」

「あぁ..」


 カチカチ


「何書き込んでるの?」

「えっと、これが質問板(Y○hooo!知恵袋)の質問を打ち込む場所なんですけど..」


『この制服の絵の写真から、学校名まで分かる方がいたら教えて下さい』


 って、書いてます..」


「へぇ..! それで誰かが回答してくれるんだ..」

「便利な時代ですよね..」


 なーんて、まるで他人事のように言ってはみたが、その便利な時代を、

生まれた時から、当たり前のように享受しているのが俺だ。


「よし..。これで作業も一段落付きましたね..」


 ふぅっと深呼吸して、印刷機の近くにある銀色の縁の丸時計を見る。


 時計の長針は、既に11時と12の間を指していた。

彼女がここに来たのは22時ちょうど。つまり、もう1時間30分も経っていたのだ。

もう少しすれば、母親も帰ってくるはず..。こんな光景を見て、何と言うだろうか..?


 彼女を拒絶するかもしれないという不安と、

容認してくれるかもという期待が渦巻く。

あの大雑把な母の気質的にも、後者である事を願いたいものだが..。


 するとその時、


「ねー康太..。さっきの画面、なんかおかしいんだけど..」


 ボケーっと時計を見つめていた。短針を目で追いながらーー


 だから、俺はずっと、パソコンから目を離して..


「な、何だこれ!?」


 ベッドの上に置いてあるパソコンは、俺が高校入学と同時に購入したもので、

一年以上は愛用しているが、まだまだ全然現役で、故障するには早すぎる..。


 しかしこれは..


「目がチカチカする..」と彼女は言う。


 その通りだ。画面の挙動が、おかしくなっている。

まるで、第三者が遠隔で操作しているかのように、

質問板内の、俺がさっき打ち込んだ文字は、上にいったり下にいったりを繰り返し、


 時折、青や赤一色にモニターが染まったかと思えば、

再び元の画面に戻る。


 その状態がもう、10秒くらいは続いており、画面が、目を眩ませるような単色に染まる頻度は、徐々に増えていっている。


 

 気味が悪かった。



 目がチカチカするだけではない。

画面が単色に遷移する瞬間、俺の打った文字が、

一文字一文字消えていくからだ。


 さっきからずっとキーボードをぶっ叩いているのに、何の反応もない。


 あの時、コードを切断すれば良かったと、今の俺はそう思うが、

当時の自分にそんな思考の余裕はなく、ただ、目の前の異常事態に

無意味な抵抗を続けるのみであった。


 そして、そんな格闘を続け、1、2分が経過した時ーー


 画面は、元に戻った。


 しかし、この時、俺の周りにはある変化が二つ生じていた。


 一つ目は、、


「な、ない..。どういう事だ....」


 俺の立てたスレと、質問。

その両方が、画面からも、そして履歴からも消されていた事。


 二つ目は、、


「キャ」


 と、彼女の細い悲鳴が聞こえた。


 謎の原因で、データが消された事に気が動転していた俺は、

虚ろな双眸をもって、彼女のいる側を向く。


 目線は、彼女の胸元に合わせた。


 というのも、俺は誰かと話す時に、相手の顔を見る事が出来ない


 だから、胸元を見る事で、目を合わせている体を装っているのだが..、


 俺が彼女の胸元を見た時、そこに、先ほどまでの黒色のリボンはなかった。


 そして、代わりにあったのは肌色の何か。最初は、今の一瞬で

別の服にでも着替えたのかと思った。


 しかし、よく見ると、それが彼女の地肌である事に気が付いた。

ワーオ! シミ一つない、健康的な肌でいらっしゃる..。


 あ....。


ーー俺は見てしまった。


 その肌の中に、明らかに他の場所とは色の異なる点が、二つほど存在する事にーー


 その場所は、他の所と比べ、色が濃い。


 肌色と赤色の、ちょうど中間色くらいの、ピンク色の突起物


「え、えぇ!!」


 俺はわざとらしい演技をしながらのけぞる。

というより、それしか出来なかった。


 しかし、彼女は無反応ーー


 いや、全く反応がないわけではなかった。

顔を下に向け、あらわになった胸を片手で隠しながらも、肩はプルプルと震えている。


「い、いや..。ま、まさか、、制服が突然”消える”なんて予想出来ないっていうか..。お、俺の普段着てるパジャマで余ってるのあるから、それ貸してあげ..」


 

 次の瞬間、頭に強い衝撃が走り、俺は意識を失った


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