第3話 日本の識字率は100%

 写真のフォルダーー

先程撮った写真の中に、彼女の姿はなかった。


「なるほど、ね..」


 男は一人で頷き、得心したが、彼女は依然としてキョトンとした顔で、

男のいる方を見つめている。


「ちょっと..。一人で納得しないでよ..」


 美少女が、、全国でーー


 男の頭は、かつてない程の速度で、思考の処理を行った。


 

 自分には縁のない高嶺の花のような女性が目の前にーー


 なら、恋愛に奥手、彼女いない歴=年齢、純朴で、素朴、

俺はラブコメの主人公? じゃあ、今俺の目の前にいるのは、、


 ヒロイン!? 灰色のようだった俺の高校生活にも、ついに春が!?


 スーハー..。でも一旦落ち着け俺..。

ここで鼻の下を伸ばしグイグイいくと嫌がられるぞ..。

ではどうする? 普通を演じればいい。性欲を母親の胎内に捨ててきた、

無垢な主人公を演じる..。


「はぁ....」

「な、なんなの..。さっきから..」


「先程までの無礼な言動の数々、大変なご迷惑をおかけしました事を、

ここに謝罪致します。では....、、」


 彼女の方を向いて、できるだけ丁寧に..。


「自己紹介をします。俺の名前は矢場(やば)康太(こうた)、高校二年生。

初めての事で困惑するのも仕方ないでしょう? ですから、まずはお互いについて軽い情報交換でもしましょう」


 そう、まずは自分は怪しい人間じゃないというのを証明すれば、

自ずと打ち解け合えるはず..。


 しかし、俺の憶測は外れたのか、

バルコニーから部屋の中に入り、俺が勉強する時に

使う椅子に座った彼女は、唖然とした様子で、こちらの顔を伺いながら言った。


「こ、高校って..。高等学校の事だよね..。す、凄い..。

どうりで部屋の内装も、見た事のない様式だと思った..」


 は? 何が凄いって? 高校進学が、か??


 もしかして俺いま、煽られているのか?


「でも、そう言う君だって、制服を着ているじゃないか?」

「えぇ..。そうなのよ。でも、思い出せないの..。

私が何故、これを着ているのかも。私はどこから、ここに来たのかも..」


 記憶喪失..。かなり深刻なタイプか..?


「そっか、じゃーさ..。逆に、思い出せる事とかって、あったりする..?

自分の、親とか友達、家、とにかく、自分に関するもので..」

「ううん..」


 彼女は首を横にふった。


「そうか..。でもさ、君さっき、俺が高校に進学している事を、

凄いと、そう言ったよね..。あれは、どういう意図があって..?」

「わ、分からない..。ただ、自然に思いついた感情を、口に出しただけ..」


「なるほど。とすると、君はそれを、”無意識”で言ったと?」

「うん..」


 今度は、首を縦に一回ふった。


「オッケー..。でも、一つ言えるのはね。君の出自はともかくとして、

ここ、日本の首都東京において、高校に進学するのは別に凄い事でも

なんでもないんだよ。進学率だって、今では9割を超えているしね..」

「日本..。東京....」


「そう、ここは日本っていう国の中の、港区という区名の地域なんだ。

君は日本語を話せているし、顔もアジア系だから、日本出身であるのには、

間違いないと思うよ」

「そ、そーかな..」


 彼女は、いまいち納得できていなさげな顔を作った。


「....」

「ごめんね..。迷惑、だよね..。急に、記憶もないままに、

あなたの家に、勝手に....」


「良いよ..。ただ、、」


 見せるか迷ったが、俺は机の上からパソコンを取り、

彼女の前で、それを開いた。


「な、何それ..。四角の中に..、も、文字が....」

「パソコンだよ、知らない? でもまぁとにかく、ここ読んでよ..」


「え..?」

「ん? どうしたの??」


「なに..。これ..? 右からじゃない..。左から..。

それに、カナもひらがなだし、漢字も、所々変だよ..」

「おい。何を言ってるんだ?? まさか、読めないのか?」


 彼女は、目線を泳がせ、照れながらー


「どうしよう..。読めないや! )テへッ」


 テへッ! じゃねーよやべーよ! もっと危機感持てよ!

日本の識字率は百パーだぞ! まさか、記憶喪失で頭もパーに..。


「しょうがねー..。じゃあ、俺が音読するからさ..。えっと、

聞く分には問題ないよな..」

「うん。問題ないよ。バッチリです!!」


 そう言って、彼女は俺に向かい敬礼のポーズをとった。

こういう細かい仕草だったり挙動が、いちいち可愛い。

と、それは置いておいてー


「ゴホン!! つまり..」


 俺は記事の内容をかい摘みながら、出来るだけ抽象的に伝えるよう心がけた。

とにかく、彼女のような美少女が、全国の至る所に現れているという、都市伝説。いや、現にそれが叶った今、都市の伝説でも何でもないのだが..。


「ほうほう..。とても興味深いね。私と同じような境遇の子が、他にも沢山

いると..。会ってみたいな〜..」


 やっぱり、そういうマインドになるんだなと思った。

分かるよ。似たような系統の人に会いたくなる気持ちーーでも、


「でもこれは、、都市伝説なんだ..」

「なに? 都市伝説って..?」


「えっとね、巷で噂される、オカルト的な話だと受け取って貰って良い。

とにかく、嘘か本当かは分からない。あったら面白いな..、程度の話..」

「そうなんだね..。じゃあ、私の仲間に会えるわけじゃないんだ..」


 彼女はガックリと肩を落とした。


「そうだね..。でも、君の例で分かったのは、この都市伝説。もしかするとだけど、本当かもしれないって事..」

「ほ、本当に..??」


「本当だよ。だって、記事の内容と合致する点が多すぎるからね..」

「そっかぁ..。例えば、写真に映らないとことか?」


「そうそう..!」


 すると、彼女の顔はたちまち、元の輝きを取り戻し始めた。


「そっかぁ..。じゃあさ、もう一つ....、

記事に関して合致してるかもしれないとこ..」

「うん、どこが..?」


 この時、彼女は一瞬だけ、口角の端を微妙に吊り上げた気がした。


「私が、『美少女』ってとことか..?」

「あぁ、うん..。それは確かに....」


 

 あ



「....そっか」

「ごめん。いきなり、、」


「クスクス..。謝らなくて良いよ..。そ、それに、私の方こそ、ごめんね..。

急にこんな質問..。じ、自意識過剰かよって、思ったよね..。ごめん..」


 別に、君の方だって謝る必要はないのに..。

だって君は、俺が今まで見てきた女子たちの中で一番美人で..。


 そう意識し始めた途端に、気まずい空気が二人の間を流れる。

しかし、その均衡を破るが如く突如発せられた異音ーー


 グゥ



「あ、これ..。何の音..?」



 俺の質問に、みるみる赤くなる彼女の顔



「お、お腹空いちゃいましたぁ..」


 彼女は、庇護欲をそそる甘い声で、そう囁いた。


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