第2話 自分とは何か、5W1Hで簡潔に説明しなさい

「ぎょえええええええええええええ!!」


 男は絶叫した。当たり前、致し方のない事である。

というのも、窓を開け外の様子を伺い、何もない事を確認してから、

部屋の中にーー


 部屋の中に、見知らぬ女性がいたのだから..。


「こんばんわ..」


 『こんばんわ』じゃねーよと思いつつ、彼女を一瞥する。


 年は、俺と同じくらい..。16、7歳と言ったとこか?

セミロングの黒髪に、透き通るような白い肌、それにセーラー服を着ている..。


ーセーラー服


 これらの外見も踏まえ、彼女が俺と同じ年ぐらいの学生である事は

一目瞭然なのだが、問題なのはその、彼女の着ている制服


 近所にある高校(もちろん自分の通っている高校含め)の、どれにも

該当しない、見た事のないタイプの服だ。

 

 紺色を基調としており、

袖、襟、そして胸ポケットには白色の線が入っている。

リボンは黒色。歴史の深い女子校なのか、今ではあまりお目にかかる事のない、

古めかしい制服である。


 しかし、そんなのは今この状況において、あまり重要ではない。


 俺は女のいる方を睨み、牽制の意味合いも込め、強い口調で言った。


「君さ、どこから家の中に入ってきたの?」


 すると、女はきょとんと首をかしげ、震えるような声で言った


「分からない..」


 と、そう一言


「じゃあ、君の名前は?」


 名前くらいなら答えられるだろうと思い聞いた。しかし、

女はまたしても、


「分からない..」


 と、こちらを不安げな顔で見つめながらそう言った。


「..」


 なるほど。記憶喪失か? はたまた強盗容疑から逃れるための演技か?

しかし、これでは埒らちがあかない..。


「..。わかりました。ですが、もし、貴方の言っている事が全て事実だとしても、

こんな夜中に人の家に勝手に上がり込んで、それに自分の名前も言えないようでは、問題がありますよね。だからひとまず、警察に行きましょう。そうすれば、

身元を調べてもらえるはずですし....」


 強盗だったら、ここでひと暴れするはず..。凶器を持っていたらアウトだが、

それでも相手は女性..。なんとかなるはずと、俺は思っていた。


 しかし、直後女が見せたのは、通報される事への動揺ではなかった。

ただ、彼女は怯えるような顔をし、身振り手振りを加えながら言った。


「ち、ちょっと落ち着いてよ君!! わ、私は強盗なんかじゃない!!」

「そうですか? だったらなんなんですか? 大道芸人か、スパイダーマンとでも仰りたいのですか? ここは3階ですよ。普通の人間が、どのような手段を用いれば、階段も無しにここまで上がって来れると..」


 はたまた、気付いていなかっただけで、本当は室内に入り、ずっと潜伏されていた可能性もある。いや、そっちの方が寧ろ現実的か..


「ち、違うのよ!! 誤解よ誤解!! 私は気が付いたらここにいたのよ!!

貴方の家の中に..。だから、本当は今も頭がこんがらがっていて..」


 そう主張する彼女の顔を、俺をじっと見つめた。


 確かに、彼女の顔をよく見ると、そのあまりの必死さから、

とても演技とは思えないような何かがあった。


「えっと..。つまり貴方は、気が付いた時には、この部屋の中にいたと..。

そう、言いたいわけですね..?」

「え、えぇ..。そうよ..」


 彼女の表情には、迫真に迫る何かがある。

だからひとまず、俺は彼女を信じてみる事にした。


「そう、ですか..。分かりました。じゃあ、一旦どこか適当な場所に座って下さい..」


 立たせたままでも可哀想だから、ひとまず座るように促す。


 そして彼女が選択したのは、普段俺の寝ているベッドだった。

『うわぁ! すっごいフカフカしてる!』などと大袈裟に語りながら、

彼女は綺麗な姿勢を崩さぬまま、ヘリのところに座った。


「..。えっと、何か飲み物とか、飲みます..?」

「あ、じゃあ、お水でお願いします..」


 彼女にそう言われるまま、俺は自室を出て、ウォータサーバーのあるキッチンに向かい、彼女と自分、二人分のコップに水を注ぎ、トレーの中に入れた。


 水だけだと味気ないから、適当なお菓子も加えて。


 するとこの時、俺の部屋の方から、

彼女の『キャア!』という悲鳴が聞こえた。


 何事かと思い、トレーを持ったまま、駆け足で彼女のいる部屋へ向かう。


「どうしたんですか?」


 彼女は、さっき俺が開けた窓からバルコニーに出ていた。

そして、バルコニーの手すりに掴まった彼女は、泣き顔で俺の方を振り向いた。


「な、何よ..。ここ....? ど、どこなの..??」


 記憶喪失。彼女は、自分がどこから来たのかも分からない。

あの驚きようから、嘘だとは到底考えにくし。


 出自も、戸籍も不明..。


 この時、俺の脳裏に、数分前に見たばかりの、あの記事の内容が浮かんだ。

美少女が、全国各地の家に、なんの前触れもなく訪れるという都市伝説..。


 も、もしかすると彼女は..。


「あ、あの!!」

「な、なに..」


 恐怖で腰が抜けてしまっているのか、彼女は手すりに掴まったまま、

こちらに来ようとはしない。だから、俺が彼女の方に近付いた。


 トレーを置き、スマホを片手に持った状態でーー


「な、何よ..。それ..」


 彼女は、俺の持つスマホに反応したようだった。


「え..。ちょっと..」

「ごめん..。一枚だけ撮らせて..」


 カシャっ


 というシャッター音と共に、スマホのフラッシュで、

彼女は反射的に目を閉じた。


 

 やって来た美少女は、カメラのレンズに映らないーー


 そんな胡散臭い話、あり得ないと思っていた。

だって、たかが、都市伝説ーー信憑性なんて、たかが知れている。


 だ、だって、そうだ、そんな事、あるわけ..。



 恐る恐る、写真フォルダの中から、さっき撮ったばかりの一枚を選択




 そこに、彼女の姿は、映っていなかった。

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