第31話


 僕と、ニャーゴ、アノニマスさんが教会をでる。


「わたしは、なんとしてもある人物に会わねばならん」


「その人はどこにいるの?」


「王城だ」


「王城には簡単には入れてくれないんじゃないの? そうだよね、ニャーゴ」


「もちろん、そうじゃろう。許可なしには、簡単には、入れんぞい!」


「だが、そやつは愛人を離宮にかこっている。そろそろ、そこから王城に帰ってくる時間だ。王都の大通りで待ちぶせしていれば会えるはず。急ごう」


 アノニマスさんが足をはやめる。僕とニャーゴがその後をついてく。


 その時だった。







 その時だった。


「ウオオオオオッ!」

 聞いたことのある咆哮が、離れたところから聞こえた。


「グウォオオオオ!」

「ギャオオオオ!」

「ガルルルルル!」

 王都の空に、多数の魔物の声が響きわたる。


「あれは……!?」


「まちがいない、ケルベロスの鳴き声だ!」


「地上でケルベロスの鳴き声が聞こえるって……どういうことだろう? しかも、かなりの数がいそうだけど」


「ケルベロスを一度にあれほど召喚できるのは、国王軍の召喚術士隊しかない」


「誰かが、国王軍に襲われてるのかな?」


「そのとおりだ」


「しかも、大軍が戦っている様子はない。複数のケルベロスの相手は少数……。となると、この国であれほどのケルベロスを相手にできるものというと、オートンしかいない。……オートン、王都にやってきたか」


「え!?」

 僕は驚いて、思わず声をあげてしまった。

 父さんが、多数のケルベロスと戦っている?


 しかし、アノニマスさんは、僕の驚きの声を誤解したようだ。

「そうだった。ラーリャ、おまえさんも、ケルベロスを簡単に倒していたな」


「それはいいけど、ケルベロスと戦ってるなら、加勢にいかなくちゃ」


「大丈夫だ」


「?」


「ケルベロスごとき、いくらおっても、オートンを倒すには力不足だ。オートンの前では、ケルベロスなど駄犬にすぎん」


 アノニマスさんって、父さんの知り合いなのかな?




 ドドーーーンッッッ!



 突然、耳をつんざくような、ものすごい爆発音が聞こえた。爆発の衝撃で、振動で下腹部がブルブルふるえる。


「なに?」

 僕が振り向くと、王都の東側から黒い煙が立ち昇っていた。


「む……」

 アノニマスさんの表情が変わる。「あの方角は……」


 黒煙は次第に大きくなり、空へと広がっていく。通りにいた人々が、不安そうに空を見上げている。


「あれは、暗黒牢ブラックプリズンのある場所だ」

 アノニマスさんの声が低く震えた。「ショージのやつ、ここまで……!」

 その瞳には、怒りが浮かんでいる。


 風に乗って、かすかに悲鳴が声が聞こえてきた。

 爆発に巻き込まれた人々の声だろうか。


 黒煙の立ちのぼった場所で何が起きているのか、ここからではわからない。


「それにしても、あの爆発音と煙の量は尋常じゃないぞい」

 ニャーゴが言った。「暗黒牢ブラックプリズンの地下の構造物ふくめて、すべてが崩れ落ちているんじゃないかのう?」


 巨大な黒煙は、王都の空を覆いつくすように広がりつづけている。


「奴め、わたしを殺すだけのために、他の囚人たちもろとも爆殺したのか……」

 アノニマスさんの声には、強い怒りがふくまれていた。



 大通りへと向かう道で、僕たちは足を止めた。


 通りの先に、白銀の甲冑に身を包んだ国王軍の姿があった。兵士たちは、道行く人々を一人一人、注意深く確認している。


「まずいな」

 アノニマスさんが、低い声で言う。


 アノニマスさんは、建物の陰に身を寄せた。


 兵士の一人が、大声で号令をかけた。


「不審者を探せ! チャークシ公の支持者と思われる者は片っ端から逮捕するぞ!」

 アノニマスさんは、マントの襟を立て、できるだけ顔を隠すように深くかぶった。


 見ている間にも、兵士たちの数は増えていく。



「このままでは、まずい」

 アノニマスさんは、壁際を伝うように後ずさった。「地下水路を使おう」


「えっ?」


「ここからなら、十分、大通りまでいける」

 アノニマスさんは石畳の隙間にある、排水溝の蓋をあけた。


「王都の地下水道って、ものすごく入り組んでて、超複雑じゃないの?」


「ふむ。そのとおりだ。が、王都の地下水道を設計し、建設の指揮をとったのはこのわたしだ。安心しろ、ラーリャ君。わたしは、この王都の地下を知りつくしている」


 アノニマスさんは、地下水道に入る穴に下半身をうめながら言った。

「ラーリャ君、ここからは、わたし、ひとりで行く。これまでのこと、本当に感謝する。今度会う時があれば、わたしは君に莫大な恩賞をあたえることができるだろう」


 言って、アノニマスさんは、ひとりで蓋の下に消えていった。


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