第30話
ヤクザが振り向く。
「あ? なんだァ? ガキんちょが、イキってんじゃねえぞ。俺様は、今から、この姉ちゃんと超気持ちいいことをするんだ。邪魔すんなら、ぶっ殺すぞ!」
「やれるもんならやってみろ」
僕はヤクザをにらみつける。
「テメェ、調子のんじゃね、ゴラァ!」
ヤクザが、拳を振りあげて突進してくる。
スローモーションのように見えた。
びっくりするほど遅い。
僕は軽く横に身をかわす。
すかさず、相手の腹に軽くパンチを入れた。
力加減はちゃんとしている。人を殺すつもりはないからね。
「げぶっ!」
ヤクザが腹を押さえてのたうち回る。「なんだ、このクソガキ。驚くほどつええ!」
「もう、これにこりたら、悪さはしないことだね」
「バカいってんじゃねえ、この野郎! わかってねえな。俺様は財務大臣と国王に直々のつながりがあるんだぞ! ウラウラ団に歯向かうってことは、おめえは、この国に逆らうってことだ。反逆者として、死罪も同然だぜ」
僕はニャーゴの方を見た。
「どうしよっか?」
「さあな」
ニャーゴは、まるで他人事のように、退屈そうな声で答えた。
そのとき、アノニマスさんが僕の肩に手を置いた。
その目は、怒りに満ちていた。
「徹底的に叩きのめすがよい。事後の責任は、すべて、このわたしが取る!」
「いいのかな? アノニマスさんまで、死罪にされちゃうかも」
「大丈夫だ。安心して存分にやるがいい」
アノニマスさんが、ニッコリと笑う。
「てめえ、ただのガキが……、覚悟しやがれ!」
ヤクザが腰の剣を抜き放つ。教会のなかに冷たい刃の光が走る。
「ひゃあっ!」
子供たちが悲鳴をあげた。
「聖なる場所で剣を振るうのはよくないね」
僕は落ちついて言った。
「うるせえ! こちとら、これまで何人も殺してきてんだよ! おまえ一人殺すくらい、わけねえんだ!」
ヤクザが剣を振りおろしてきた。
僕はその剣を、右手の2本の指ではさんで受けた。
「なっ……」
ヤクザが驚きの目をあげる。
「ぐぬぬぬ……、なんて馬鹿ヂカラしてやがる! 離しやがれクソガキが!」
ヤクザが必死になって、僕の二本の指から、剣を引きはがそうとする。
「じゃあ、離すよ」
「うわっ」
言われるままに、僕が指に込める力を弱める。力いっぱい剣をひっぱって、引き剥がそうとしていた勢いで、ヤクザが自ら後方に吹っ飛んだ。
「ちくしょー、このヤロウ」
ヤクザが再び立ちあがって、迫ってくる。
「こりないね」
「うるせー!」
ヤクザは横なぎに剣を振る。
あくびがでそうな遅さだ。
僕はしゃがんで、剣をかわす。
頭の上、剣が通り過ぎてから、僕はカエルジャンプするようにヤクザのアゴに拳をたたきこんだ。
「うぐぅっ!」
ヤクザが仰向けに倒れた。
剣が床に落ちる。
「くそ、くそおおっ!」
ヤクザが床を転がりながら、落ちた剣に手を伸ばそうとする。
「そんなものを振り回すのはよくないよ」
僕は落ちた剣をふみしめた。
パリンッ。
剣の刃が、ガラスのように粉々にくだける。
ヤクザが、びっくりするような目で僕を見た。
「鉄の剣がひと踏みでコナゴナだと……!? て、てめえ、いったい、なにもんだ!?」
「僕がだれだって、あなたには関係ないでしょ」
ヤクザの背中に回り込み、思いっきり尻をけっとばした。
ドゴッ。
「ふぎゃああっ!」
悲鳴とともにヤクザの体がふっとんだ。そのまま、扉から出て転がり落ちていった。
「さよなら」
僕は丁寧に扉を閉めた。
「すごい……」
修道女の目が丸くなっていた。
「あのお兄ちゃんすごいねえ」
「すごく強い」
「かっこいい」
僕よりとししたの幼い子どもたちの声がした。
「ありがとうございます!」
修道女が深々と頭を下げる。子供たちも安心したように、笑顔を見せていた。
「あやつは、仲間をつれて、ここにまた戻って来るだろう」
アノニマスさんが修道女に言った。「避難できるところがあれば、避難しておくといい」
「王都B地区の教会に
「ふむ。ならば問題ない。一日すれば、この教会に帰ってこれるだろう」
「たった一日でいいのですか? どうして?」
修道女が
「それは、一日もたたずにわかる。ともかく、ここはあいつに目をつけられた。ラーリャ君、わたしたちも、急いで、ここを離れよう」
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