第28話
王都の中心街は、重々しい空気に包まれていた。
「チャークシ公のいる
と、オートン。
「「はい」」
プリディとカーセイフが応える。
オートンを先頭に、3人は石畳の道を進んでいく。
「お花はいりませんか?」
か細い声が聞こえた。
振り向くと、粗末な服を着た幼い少女が、籠に花を入れて売り歩いていた。少女は泣きながら花を売っていた。
「どうして泣いているの?」
プリディが声をかけると、少女は、いっそう強く泣きだした。
「うう……」
「泣いていてはわからないわ。わけをいってごらんなさい」
プリディは少女に近づいた。
「お……、お母さんが病気で寝込んでいるんです。花が売れないと、お母さんの薬代が……」
「あら、かわいいお花ね」
プリディが、少女が持つ籠の花に目をとめた。
「朝、摘んできたばかりの花です。ひと束一銅貨一枚です。どうか……」
「では、全部買うわ」
「え? 全部ですか?」
「ええ。お母さんの薬代にしてちょうだい」
言って、プリディは、カーセイフを振りむいた。「この子に金貨一枚を」
「まったく、お嬢様ひとがよすぎます」
カーセイフはため息をつきながら、少女に金貨一枚をわたした。
「金貨……、こんなのをわたされても、お釣りがありません!」
花売り少女は、とまどうように言った。
「大丈夫よ。お釣りはいらないわ。それをお母さんの薬代にしなさい」
「うっ」
花売り少女の目から、さらにじわっと涙があふれた。「あ、ありがとうございます」
花売り少女は、ペコリと礼をした。
プリディたちは、さらに歩みをすすめる。
「ショージ王が、前国王の後をついでから、あのような子どもがふえました」
「ショージ王は、経済にもうとい。やはり、ここはチャークシ公に王になっていただかねば」
プリディに、オートンが答えた。
その時――
ザザッ!
突如として、曲がり角から兵士が現れた。100人近い数。
「プリディ様、オートン伯、もう逃れられませんぞ!」
兵士の隊列の前に出たのは、重厚な鎧を身につけた隊長だった。
「くっ、見つかったか……」
オートンがつぶやく。
気づけば、すでに国王軍に包囲されていた。
「プリディ様、あなたには身柄拘束命令が出ています。ただし、なるべく生け捕りにするよう指示がでています。あなたには結婚による政略的な価値がありますからな!」
「そんなこと、絶対にさせるもんですか!」
プリディが叫び、剣を構えた。
「そして、オートン伯、あなたは反逆罪で討伐命令が出ている」
「ふん、このオートンを100人程度で討伐できると思ったか。軽く見られたものよのう」
そう言い放つと、オートンは背中に背負っていた大剣を一気に抜き放つ。
「兵士たち、下がれ! 天下無双のオートンと戦って、無駄に命を失う必要はない」
隊長は冷静に指示をだし、後ろにひかえる者たちに手をふった。
「召喚術士隊、前に出て召喚を開始せよ!」
「「「はっ!」」」
隊長の命令に応じて、10数人の召喚術士が前に進み出る。それぞれが杖を掲げ、呪文をとなえはじめた。
ゴオオォォォ……。
巨大な魔法陣が地面に現れ、淡い光が放たれる。やがてその光は渦を巻き、赤黒い炎となって天へと立ち上る。
「魔力の濃度が高い……」
カーセイフが驚きに目を見開く。
「気をつけて! 普通の魔物じゃないわ!」
プリディが叫ぶ。
光の渦が収束すると同時に、そこから姿を現したのは、三つの頭を持つ巨大な黒い獣だった。
「地獄の番犬、ケルベロスだ!」
隊長の声には勝利の確信が含まれていた。「いくらオートンといえど、その力は無限ではあるまい! 召喚術士隊、ケルベロスを仕掛けよ!」
次々と魔法陣が輝き、さらにケルベロスが召喚されていく。
象ほどもの巨体を持ったケルベロスの群れが、前後左右からオートンを取り囲む。
「グルルルルッ!」
ケルベロスたちが
しかし、オートンは動じない。つよい殺気を放つケルベロスたちを
ケルベロスの一体がオートンめがけて
「くらえーっ!」
オートンの大剣がきらめいた。
ドガッ!
強烈な一撃が、ケルベロスを直撃する。
巨大な獣の体が、まっぷたつになり吹き飛ばされる。
「すごい……」
プリディが息を飲む。
さらにオートンが剣を振るう。次々と魔物の巨体が宙を舞っていく。
「キャイーン!」
猛獣ケルベロスが、負けた子犬のような鳴き声をあげる。
「な……なんという強さだ!」
隊長が驚きの声を上げた。「ありえん! あの大剣、ケルベロスの鋼のような皮膚を、まるで布を裂くように……。召喚術士隊、次の召喚を急げ!」
新たな魔法陣から次々と出現するケルベロス。しかし、オートンは一歩も引かない。むしろ剣さばきは、さらに冴えを見せていく。
「はああっ!
オートンの大剣が円を描くように振るわれた。周囲のケルベロス三体が同時に吹き飛ぶ。
「これが、伝説に聞くオートン様の強さ……」
カーセイフが絶句する。
オートンの剣が振るわれるたびに、巨大な魔物が次々と倒れていく。
「まさか、S級の召喚獣をいともたやすく……!」
召喚術士の一人が叫ぶ。
「もっとケルベロスを召喚せよ!」
隊長が叫んだ。
「しかし、もうMPがありません!」
召喚術士が青ざめた顔で答える。「ケルベロスほどの強力な魔物の召喚には、大量のMPを消費します。このままでは……」
「くぅ……、オートン。まさか、これほどの強さとは!」
隊長は悔しげに唇を噛みしめた。最後のケルベロスが倒れ伏す様を、ただ呆然と見つめることしかできない。
その時だった。
ドーンッ!
突然、巨大な爆発音が響き渡る。空を裂くような轟音に、戦場の全員が一瞬動きを止めた。
「オートン様、
「まさかっ!」
プリディの言葉に、オートンが愕然とした表情を見せる。
「きゃあーっ!」
突然あらわれた金の装飾がほどかされた馬車が、さいきほどの幼い花売り少女を跳ね飛ばしていた。
馬車からおりてきたのは、30歳くらいの男だった。
この国の国王ショージである。
「わははははっ!」
多数の近衛騎士団に守られながら、楽しそうにショージ王が笑い声をあげる。
「プリディ、オートン、あきらめるがいい!」
ショージ王が高らかに言った。「兄がとらえられている
「なんと!」
「お父様!」
オートンとプリディが叫んだ。
ショージ王が歩きだした。
むっ。
ショージ王は、道端で傷ついて倒れ、うめいている花売り少女に目をとめた。少女の手から一枚の金貨が転がって、地面に落ちていた。
「むっ。こやつ、金貨をもっておるぞ。こんな小汚い少女が、金貨を持っているわけがない。盗んだな! おまえは死刑だ!」
ショージが花売り少女の小さな身体を蹴りとばした。
「うっ」
花売り少女が小さな悲鳴をあげる。
ショージ王は、プリディたちに目をむけた。
「うはははは! もはやお前たちの希望は失われた。もう、この国をまとめられるのは俺だけだ。俺を倒せば、ますます、この国が乱れるだけだぞ!」
「叔父上! モンゴラが攻めてきているのですよ! いったい、どうするのですか!」
プリディが声をあげる。
「ふん。そんなものはとっくに対策済みだ。12種類の新しい税金を考えておいた。
空気を吸ってるから空気税!
道を歩くなら歩行税!
笑ったら笑い税!
泣いたら泣き税!
病気になったら健康維持失敗税!
民どもから
ショージ王は、遠巻きにしている民衆たちを見て叫んだ。
「みなのもの! わが兄は死んだ! 民衆から税金を
ショージ王が勝利を確信した高笑いをしたときだった。
シーン……。
オートン、プリディを含め、民衆たちはポカーンとなって、ショージ王の背後を見ていた。
「どうした、みなのもの?」
民衆のおかしな反応を見て、ショージ王が
「「「うしろー、うしろー!」」」
民衆たちがショージ王の背後を指さした。
ショージ王が振りかえった。
背後に立っていたのは――爆死したはずのチャークシ公だった。
「ぎょえええええっ!」
ショージ王が悲鳴を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます