第27話




【三人称】


 王都。


 三人組が通りを歩いていた。


 オートン、プリディ、カーセオフの三人だ。


 三人とも、深くフードをかぶって顔をかくしていた。


 国王派に見つかれば、戦いになるからだ。



「ショージ王が王位につくときの誓約により、外国との戦争になった場合、王権をチャークシ公に譲るという約束でした」

 オートンが言った。「それによって、武闘派たちをなんとかなだめたのです」


「はい。父は武闘派に慕われておりました」


「それは、神聖魔法による聖約であり、ショージ王であっても絶対に違えることはできません」


「それなら、ショージ王は、お父さまを開放して、近く退位するのですか?」


「それです」

 オートンが厳しい顔つきになる。「ショージ王に聖約を守らせるには条件がある」


「どのような?」


「チャークシ公とショージ王が実際に会わないと、聖約は履行されない」


「なるほど、それで、ショージ王は、お父様を牢獄に入れたのですね」


「ショージ王の誠実さには、以前から疑問を抱いていましたが……」

 オートンは言って、プリディのほうを向いた。「ともかく、急ぎましょう。チャークシ公の救出がまず第一です。下手をしたら牢獄に入れられたまま、暗殺されかねない」




  【一人称、主人公の視点】


 王都の大通り。


 僕とニャーゴが歩いていた。



「しかし、よく一人で王都まで来る気になったもんじゃの」


「僕も、父さんの力になりたいんだ。チャークシ公って人を助ければいいんだよね」


「なんかそんなことを言っとったの」


 オートンは屋敷を出立するまえ、リーリャに出立の目的を告げていた。


「……でも、王都って、すごい人だね」


 僕は、大通りを歩きながら、まわりをキョロキョロと見まわした。

 石畳の道には、人と馬車がひっきりなしに行き交っている。商人たちが大声で商品を売りこんでいた。


 ドスン。

「あ、すみません!」

 よそ見をしていた僕は、通行人とぶつかってしまった。


「気をつけて歩きなさい」

 ぶつかった相手は、そう言い捨てて立ち去った。


「人が多すぎるよ。王都ってすごいんだね」


 僕たちは歩きつづけた。

 人ごみをかきわけ、馬車をよけながら、大通りを進んでいく。


「あれ?」

 やがて僕は立ち止まった。


「どうしたんじゃ?」


「なんか、ここ、さっき歩いてた気がする……」


「完全に道に迷ったな」


「だって、こんなに広い町なんて、僕はじめてなんだもん。ニャーゴなら、王都の道わかる? なんでもチャークシ公は、暗黒牢ブラックプリズンってところにいるらしいよ」


「わかるが、そういうのを、神が手取り足取り教えるのは禁じられとる」


「そうだね……。なんでも一人でできなくちゃ、ニャーゴがいないときに困るからね。でも、チャークシ公の救出は秘密の任務だから人にくわけにもいかないね」


暗黒牢ブラックプリズンの場所を、通行人にききまくってたら、すぐに怪しまれるぞい


「そうだね。じゃあ、こっちの路地を行ってみよう」

 僕は言って、人通りの少ない脇道へと入っていった。


 路地は、どんどん細くなっていく。


 両側の建物の軒先が、まるで覆いかぶさるよになって、空も見えにくくなってきた。


 いつのまにか下り坂だった。


「なんだか、暗くなってきたね、ニャーゴ。なんか、いつのまにか、ダンジョンみたいなところに入っちゃったよ」


 僕は、最近習得した基本魔法のライトをつかって辺りを照らす。


「うむ。壁の作りからして、かなり古い時代のものじゃな」


 僕は、周囲を見まわした。


 通路は、まるで迷宮のように、いくつもの方向に枝分かれしている。

「……帰り道、わかるかな?」


「さあな……」


「とにかく進んでみよう」



「グゥオオオォォォッ!」

 突然、轟音が通路に響きわたった。

 僕とニャーゴの前に、巨大な生き物が立ちはだかっていた。


 三つの頭を持つ黒い体。


「わあ、ケルベロスだ。魔物の図鑑でしか見たことのない魔獣だよ、ニャーゴ」


 ケルベロスは三つの口から、赤い舌をだらりとたらして、僕の方に向かってくる。


「グオオオォォォッ!」

 ケルベロスが飛びかかってきた。


 僕が、パンチをくりだす。


 ボゴッ。


 ケルベロスの体が壁に叩きつけられた。


「くうーん」

 ケルベロスは、そのまま倒れた。


「つよそうな見た目の割に、あんまり強くなかったね」


「今のおまえには、地獄の番人と恐れられてるケルベロスもカタナシじゃの」

 ニャーゴが、あきれたように言った。


 僕たちは、さらに奥へと進んでいく。

「グゥオオオォォォッ!」

 また一匹、ケルベロスが現れた。


「こっちもケルベロスか。このダンジョン、ケルベロスがいっぱいだ」


「うむ。まあ、おまえにとっては、ただの雑魚の大群じゃがの」


「グオオオォォォッ!」

「グルルルゥゥッ!」

「ガアアアァァッ!」

 次々とケルベロスが現れる。


 僕はパンチでケルベロスをどんどん倒しつつさらに歩いた。


「やっぱり帰ろうか……、あれ? 帰り道はこっちだったっけ? 僕、完全に迷っちゃったよ」


 とにかく僕は、ダンジョン内を歩いていく。


 通路の先に、大きな広間が見えてきた。

「わあ、すごい部屋だね」


 僕は、きょろきょろと周囲を見まわした。

 天井が高く、壁にはランプが光っている。


 広間の奥には、鉄で補強された頑丈な扉がたくさん並んでいた。

「なんだろう、この扉の向こうは、倉庫かな?」


「だれじゃ?」

 すると、扉の向こうから声がした。


 僕は、あらためて扉を見た。

「この扉、なんか光ってるね」


「非常に強力な魔法錠まほうじょうがかかっておる。国王傘下の大神官が10人で共同で解錠しなければ、その魔法錠まほうじょうはひらかん」

 扉の向こうの声が言った。


「へえ。じゃあ、こうかな?」

 僕は、光る部分に、ありったけの魔法をぶちこんだ。ただし、扉の向こうの人のことを考えて、パワーは制限した。


 カチャリ。

 あっさりと扉が開いた。


 扉を開けると、中に中年の男が一人いた。


「な、なんと……!」

 中年男は驚いた顔をして、僕を見た。「大神官10人がかりの魔法鍵を、たった一人で……」



「おじさん、だれ? なんでこんなところにいるの?」


「ふん、このようになってしまっては、もはや地位や名など関係ないわ。呼びたいのならアノニマスとでもよぶがいい」


「アノニマスさん、ダンジョンの道わかる? 僕、迷子になっちゃって。ここがどこかも、よくわからないんだ」


「王都のことならなんでも知っておるわ。しかし……」

 アノニマスさんは、いぶかししそうな表情を浮かべた。「だが、ダンジョンから来たのは信じられぬな。今は、ケルベロスがわんさかおっただろう? 奴らが、わたしの逃げ道をふさぐために、地下通路に放ったのだ」


「うん。でも大した敵じゃなかったよ」


「ケルベロスを大したことがないとは、えらい奴もいたもんだな。そなたは何者じゃ?」


「僕……」

 僕は一瞬、迷った。


(国王派には秘密の目的できてるのだから、本当の名前をなのらないほういいか)


「僕は……、ラーリャ」

 とっさに、嘘の名前をついた。


「ぼく、人探しをしてるの。なんでもモンゴラがこの国に攻めてきたから、その人を助け出さないといけないんだ。アノニマスさん、王都の道に詳しいんでしょ?」


「そうか、それはまずいな。なんとしても地上にでなければ……」

 アノニマスさんは意味ありげな表情を浮かべた。


「でも、僕、ダンジョンの道に迷っちゃって。地上に出られないんだ」


「では、私が案内しよう」

 アノニマスさんは座っていた椅子からたちあがったが……、ふらふらしている。


 どうやら、こんなところにずっといたせいで、身体が弱っているようだ。


 僕は、魔法を唱えた。「『完全パーフェクト神ってるヒール』!」


「これはどういうことだ? 身体が完全に回復したぞ。こんな魔法、見たことも聞いたこともないぞ。そなた、本当に何者じゃ!?」


「僕、今、秘密の目的があるから、詳しくは言えないの」


「ふむ……。どのようなことを考えているかは知らんが、今は詮索すまい。それより地上へ出ることが大事だ。行こう」


 アノニマスさんが道案内にたつ。僕たちは地下通路を引き返した。


「たしかに大量に放たれたとされるケルベロスが一切現れないな。ほんとうにそなたが倒したのか?」


「うん」


「ニワカには信じられないが……。しかし、ケルベロスがまったく現れないのが、どうやら真実をしめしているようだ。」

 アノニマスさんが不審そうな顔つきをする。


「グオオオォォォッ!」

 不意に、通路に轟音が響いた。


 三つの頭をもつ巨大な犬が、僕たちの前に立ちはだかる。


「ケルベロスか!」

 アノニマスさんが声をあげた。「こやつは、王国が誇る最強の魔獣の一つ……」


 アノニマスさんが緊張した顔つきになる


「大丈夫だよ」

 僕は言って、軽く右手を振りあげた。


「グルルルゥゥッ!」

 ケルベロスが襲いかかってくる。


 パンッ。


 僕のパンチが、ケルベロスの顔面の真ん中をとらえた。


 ドガァァンッ!

 ケルベロスの体が、通路の壁に叩きつけられる。


「くぅん……」

 弱々しい鳴き声をあげて、ケルベロスは倒れた。そのまま起き上がらなくなる。


「な……、なんということじゃ!」

 アノニマスさんの目が、驚きで大きく見開かれた。「ケルベロスを、たった一撃で……!」


「アノニマスさん、先に進もう」

 僕は言って、通路を歩きだした。


「う、うむ……」

 アノニマスさんは、まだ信じられないといった表情で僕の後についてくる。


 やがて、通路は、上り坂になっていた。

 目の前に石段が見えてきた。


「ここを登れば地上だ」

 アノニマスさんが言う。


 僕たちは石段を登っていった。


「まぶしー!」

 地上に出た瞬間、目がくらんだ。

 久しぶりの太陽の光に、思わず目を細めた。


 そのときだった。


 ドーンッ!


 遠くで大爆発をおこす音が聞こえてきた。


 僕に出会うまでアノニマスさんがいた部屋の方角からのようだ。

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