第26話

 ナイヨール伯爵屋敷の一室。


「オートン様、ご無事でなによりです」

 プリディが言った。


「うはははっ。ありがとうございます」

 オートンは、上機嫌で笑った。「どうやら、わたしが病気で倒れている間に、家臣団が見事、コヤス討伐軍を追い払ってくれたようです」


「それは、よかったですわ。素晴らしい家臣たちをお持ちですのね」

 プリディは、オートン達が、王国討伐軍を相手にしている間、屋敷にあてがわれていた寝室で、戦いの推移を見守っていたのである。


「優秀な部下にめぐまれ、このオートン、とても幸せに存じます」


「でも、ご子息がひどい怪我をなされたとか。ついていてあげなくて、よろしいのですか?」


「はい。医者にはしっかりとてもらっているとのこと。看病も専属のメイドが、つきっきりでしております」

 オートンは意外なほどあっさりと答えた。「命に別状はないとのことですし、それ以上、わたしにできることはなにもありません」


「そうですか……」

 オートンの答えは、プリディにとっては意外なものだった。


『オートンは、家族の情にあつい男だ』

 と、プリディは、父から聞いていたのだ。


 ひょっとして、息子の出自になにか特別なものがあるのかもしれない。

 しかし、そのようなことを簡単に口に出せるような雰囲気ではなかった。



「では、本題について話させていただきます」

 プリディは居住まいをただしながら言った。


「して、どのような?」


「今、私たちの国は重大な危機に直面しています……。ショージ王には、まったく軍事の才能がありません」

 プリディの表情が真剣なものになる。「そこで、問題となるのが隣国のモンゴラ帝国です」


「たしかに……」

 オートンが眉間にしわを寄せた。


「かつて祖父が国王だった頃は、父上の軍略とオートン様の武力という二本の柱がありました。おかげで、モンゴラも簡単には攻めてこれませんでした」


「チャークシ公が牢獄に入れられた状態では、モンゴラの侵攻欲を抑えることはできないというわけですな」


「はい。そのとおりです」


「国王と兄のチャークシ公の間で、内紛があるような状態で、モンゴラがせめてくれば、わが国はもたないでしょうな。この国の武闘派諸侯は、ほとんどがチャークシ公派閥です。彼らは、チャークシ公を牢獄に入れた、ショージ王には従わないでしょう」


「このままでは国が分裂し、結果、すべてをモンゴラ帝国に飲みこまれてしまいます。オートン様、どうかお助けください。頼りになるのは、救国の英雄と呼ばれるあなた様だけです」


「……わかりました。このオートン、チャークシ公を牢獄から救いだすのに依存はありません。すぐに王都にたちましょう」


「ありがとうございます」





 ――話が終わって……


 プリディとオートンは、メイドがもってきたお茶を飲んで一息ついた。



「……しかし、プリディ様は、まだ幼いというのにすごくしっかりしていらっしゃる。それにとてもご聡明そうめいだ」


「え、そう? やっぱり、このあふれだす知性……、わかってしまったかしら? おほほほ……。」


「しかも、とてもお美しい。将来は大陸一番の美女と、各国の人々が呼ぶことになるでしょうな」


「そうかしら? 実は、わたしも、そう思っていたのよ! やっぱり美しさは罪かも」


「ところで、プリディ様にはご婚約者はいらっしゃったでしょうか?」

 貴族の世界では、プリディの年齢でも婚約者がいてもおかしくない。むしろ、王族公爵家の令嬢なら、当然という考えもある。


「いいえ、いないわ」


「では、わたしの息子、リーリャはどうですか?」


「いやよ」

 プリディは即座にさえぎった。「わたしの心はもう決まっているの。ああ……、わが愛しの君……っ!」

 プリディが目をハート型にさせて言う。


「なんと、それはどのような者で!?」


「国王派の兵士たちから逃げてた、わたしとカーセイフを、とてもかっこよく、華麗に助けてくださったのよーっ。すでに、わたしの心は、すべて、あの方のもの……」


「なんと、いけまんせん。どこの馬の骨かもわからん人物などを!」


「だれが、馬の骨ですってっ!? わが愛しの君は、とても強く、優しく、そして気高い……。この世のものとさえ思えないほどのステキなお方なのよ……。ああー、愛しの君ィ……」

 恋するプリディが目をハート型にする。



「いや、そんな出自もわからぬトウヘンボクより、わが息子のリーリャのほうが、プリディ様の婚約者としてふさわしいですぞ! リーリャは本当にすばらしい子で、心が優しく、しかも、並外れた才能があって、なかなかのハンサムで……」


「なによ、わが愛しの君に比べたら、あんたんのバカ息子なんてゴミ同然よ! ゴミよ、ゴミっ!」


「そんなことは、ありません。うちのリーリャにくらべたら、あなたを助けた者など、クズ同然。カスですぞ。カス!」


「誰がカスよ。このボケナス!」

 プリディが、ドンッ、と紅茶がのったテーブルを叩いた。「そんなことを言っているから、オートン、あなたは、脳筋バカって言われるのよっ!」


「そちらこそ!」

オートンも負けじと声を張りあげる。「プリディ様、あなたは、頭が良くて、お美しく、国一番のかわいらしさだと言われてるのに、ときに下品な言葉をつかうから、『暴走プリンセス』なんて言われてしまうのですぞ!」


「なんですってーっ! このスットコドッコイのトントントンチキっ!」


「なにをおっしゃるかっ! へっぽこ、ぽんこつプリンセスっ!」


「ぐぬぬ……」


「むぅう……」


 二人は向かい合って、まるで喧嘩する子供のようににらみあう。


「はぁ......」

 そばにひかえていたカーセイフが、深いため息をついた。「お二人とも、少し落ち着いてくださいませ。どちらもご立派な方なのに、なぜこうも……」

 カーセイフは、疲れたように肩を落とした。



 そのとき――


 扉の向こうで、ドタドタと急いで近づいてくる足音がした。


「オートン様、急ぎの騎馬伝令がきました!」

 屋敷の使用人の一人が、普段にない切迫した様子で部屋の扉を叩いた。


「入れ」

 オートンの声に、扉が開かれた。まず使用人が一歩踏みいり、深々と頭を下げ。「隣領の領主、リンカ伯爵からの伝令が到着いたしました。事態は一刻を争うとのことで」


「通すがよい」


 その言葉と同時に、全身を泥と汗で濡らした騎士が姿を見せた。

 騎士が片膝をつき、礼をする。

「ナイヨール伯爵様、申し訳ございませんが、事態は急を要します」


「申せ」


「モンゴラが、軍の動員をはじめたとの報告が。すでに国境の峠の手前まで進んでいるとのこと」


 騎士の息が荒い。馬を何頭も乗り継ぎ、休む間もなく駆けてきたのだろう。


「人数は?」


「およそ二十万。赤獅子の旗を掲げております」


 赤獅子王国――、かねてより領土拡大の野心を見せていたモンゴラ国の旗で間違いない。


 オートンとプリディは顔を見合わせた。


「オートン伯、このままでは、この国が滅んでしまいます」


「急いで王都に向かいましょう」

 オートンが立ちあがった。「プリディ様、なんとしても、チャークシ公を牢獄から救いだすのです」


「できるでしょうか?」


「できなければ、この国は滅亡です」

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