第20話


  【三人称、コヤスの視点】


 コヤスは馬上から、グンカン部隊の敗走を眺めていた。


「追撃開始! この機を逃すな!」


 コヤスの号令に応じ、500人の討伐軍が一斉に動きだす。先頭を行くメカ・ゴーレムが、巨大な足音を響かせながら進んでいく。


「ふん。オートンさえいなければ、所詮はただの田舎貴族の軍勢よ」


 コヤスは満足げに口元をゆがめた。グンカン部隊の兵士たちの隊列は、崩れに崩れて、散り散りになって逃げていく。


 ドスン! ドスン!

 メカ・ゴーレムの巨体が地を震わせながら、逃げ惑う兵士たちを追いつめていく。


「ひ、ひいいっ!」


 逃げる兵士の背中に、巨大な鉄の拳が叩きつけられた。


 ドグシャアッ!

 鎧ごと潰された兵士の体から、真っ赤な血飛沫ちしぶきが舞い散る。


「た、助けてくれえっ!」

「こんなの戦いじゃない! 一方的な虐殺だあああ!」

 兵士たちの悲鳴が戦場に響きわたる。


 メカ・ゴーレムの足下では、負傷して動けなくなった兵士たちが、苦悶くもんのうめきをあげている。


 コヤス軍の兵士たちが、まだ息のある倒れた兵士たちを、一人ひとり、槍で串刺しにし、息の根をとめていく。


「ふはははっ。我が軍が圧勝じゃないか。人がまるで屠殺場の豚のようだ」

 馬上のコヤスは高台から、部下の一方的な殺戮さつりくを満足げに見下ろしていた。「徹底的に苦しめてやれ。容赦はいらない。奴らの心に永遠の恐怖を植えつけろ。田舎ものどもに二度と剣を握る勇気すら失わせてやるのだ!」


 ここまで、コヤスとギリヲカーンが2人で書いた茶番劇のシナリオは完璧にすすんでいた。




 そのときだった。


「む?」


 コヤスの思考が途切れた。遠くから異様な気配が近づいてくる。


「なんだ?」


 ズンッ、と当たりの空気が急激に重くなったような気がした。


「なんだ、この禍々まがまがしい暗黒の気配は!?」

 コヤスの背筋が、ぞっと凍った。


 急激に戦場が、ドス黒いもやで覆われた。


 風が止まる。鳥の声も、虫の音も消えた。


「おい、なんだ、これは!?」

 コヤスが緊張に動きをとめる。


 普通じゃない。絶対に普通じゃない。


 人間が近づいちゃいけない""が、こっちに向かってきている。


「くそっ。何がおこっているんだ?!」

 コヤスの動揺を感じるように馬が暴れだした。


 この世界にあってはならない""が、目の前に現れようとしていた。

 コヤスの体が恐怖で震えはじめる。




 ……やがて、一人の少年がコヤス軍の前に姿をあらわした。


「な、なんだ、お前は!?」

 コヤスが叫んだ。


 眼のまえに現れたのは、一見すれば、ただの少年だ。


 なのに、その気配は人間の理解をはるかに超えていた。少年の周りを渦巻く黒いもやが、人の理性をむしばんでいく。


 少年がコヤスを見つめ、邪悪な笑みを浮かべた。


 瞬間、コヤスの精神が悲鳴をあげた。


 少年の眼窩がんかにたたえられていたのは、人間の目ではなかった。底なしの深淵が、この世のものとは思えない狂気をたたえて輝いていた。


「こっちに来るなっ!」

 コヤスが悲鳴のような声をあげた。「メカ・ゴーレム。全力で、こいつを叩きつぶせ!」

 コヤスの絶叫とともに、巨大な鋼鉄の人形が動き出す。


 ギギギぎ……


 装甲板がきしみ音をあげる。メカ・ゴーレムの破壊力を秘めた金属の腕が、少年へと振り下ろされた。


 バキィィィンッ!!

 大きな音が轟いた。だが……


「なっ」

 コヤスが全身を硬直させた。


 少年は左手一本で、その超重量級の拳を受け止めていた。まるで子供のオモチャをつかむかのように、いとも簡単に。


「なんだよ、こんなガラクタ。子供のお遊戯会でもしてんのかよ。うっひゃひゃひゃ! 笑わせてくるぜ!」

 少年の瞳があやしく輝く。


 ドグォォォォンッ!!


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。


 少年の右腕がひらめいた次の瞬間、メカ・ゴーレムの剛腕が紙のように簡単に引き裂かれていた。

 軽いゴムまりのように、やすやすと空中に浮かんだメカ・ゴーレムの巨体に向かって、少年がとびあがり、蹴りの一撃を入れる。


 特殊合金で作られたメカ・ゴーレムの体が、まるで安物の玩具のように木っ端微塵こっぱみじんに砕け散っていた。


「ぜってー足りねえ。こんなんじゃ、まったく足りねえんだよっ! こんなオモチャをぶっ壊したくらいじゃ、俺様の闘争心と破壊欲は、これっぽっちも満たされねえ! もっと、血だ。恐怖だ。絶望をよこせ。わめけ。くるったように泣き叫べ! ぐはははっ!」


「ひゃあっ。こっちに来るな!」

 コヤスが後ずさる。その瞬間、コヤスと少年の目が合った。



 少年の眼窩の奥で、あってはならない無限の混沌が渦巻いていた。人智を超えた""が、コヤスの理性をむさぼりつくすように侵食してくる。


「な……、なにを見てしまったんだ、わたしは……」

 コヤスの理性が崩壊していく。「わはは、ワハハハハ……。太古のが笑っている。わたしの頭の中で笑いつづけている。わたしも笑わなければ、アハハハハ……」

 コヤスは口からよだれを垂れ流し、狂気の笑いをはじめた。


 やがて、コヤスは、自らの手で両目をかきむしりはじめた。瞳はえぐられ、大量の血をたれながす。

「ぐふふふ、見える。私にも見えるぞ。太古の恐怖の存在が……。あはははっ!」

 コヤスの人としての理性は、完全に崩壊していた。


 この世のものとは思えない笑い声を上げながら、コヤスは馬から転げおちた。


 失明した目から血を流し続けながら、コヤスは地面を這いずり回りつづけた。

「アハハハハ! アハハハハハ……!」

 狂気の笑い、人間のものでない混沌の悲鳴がコヤスの口からあふれ続けていた。

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