第18話

 僕たちは、さらに迷宮の最下層を進んでいった。


 風が吹き荒れる通路は、徐々に下り坂になっていく。


 やがて、通路の突き当たりに、巨大な扉が姿をあらわした。


 黒く光沢のある金属でできており、表面には不気味な文様が刻まれている。

 扉の高さは10メートルはあるだろう。


 ニャーゴが、その扉をじっと見つめながら言った。

「どうやら、ここが、この地下迷宮のラスボスの部屋のようじゃな」


「そのようだね」

 僕は、重たそうな扉に両手をあて、ゆっくりと押し開けた。きしむような音を立てながら、扉が開いていく。


 暗がりの向こうに、広大な空間があった。


「宝箱?」

 周囲50mもあるような部屋。とても高い天井をもつ中、中央にぽっつりと箱がおかれていた。


 歩みより、近くで見る。結構な大きさだ。宝箱の幅は120cmはあるだろうか。

 何本ものくさりでぐるぐる巻きにされて、いくつもの錠がつけてあった。


「力を入れても、はずれないね」


「ふむ、どうやら魔法錠まほうじょうのようじゃな。でなければ、今のおまえならこれくらいの鎖、引きちぎることくらいわけないからな」


 僕はさらに力をいれる」

「ぐぐぐ……、全力をだしても、やっぱりはずれないや」


「まあ、魔法の力の前には、物理の力ではどうしようもないからの」


「じゃあ、魔法をつかってみようか」


「おまえ、魔法錠まほうじょうを解錠する呪文なんて使えたか?」


「使えないけど、適当に攻撃魔法をぶちこめば、なんとかなるんじゃない?」


「やれやれ……、あいかわらず、ムチャクチャじゃのう……」


「ファイヤーボール! ライトニングストライク! アイスランス! ウインドブレイカー! ホーリブラスト! ダークネスブレイク!」


「たくっ。魔法は一系統でもあつかえるのは、大変な才能だというのに、火、雷、氷、風、光、闇と、6系統の魔法を自由にみだれうちとはな……。ほんとうに、あきれた奴じゃわい」


「物理がだめなら、ともかく魔法で殴るしかないし!」

 僕が言った。


 ともかく、ありったけの攻撃魔法を、宝箱にぶちこんでいく。やがて、宝箱を縛っていた多数の錠が、破壊され落ちていく。

 宝箱をおおっていた、重そうな鎖が、ガラガラらと床に落ちた。


 「魔法錠に攻撃魔法をぶつけて解錠するなんて、聞いたことがないぞい。まったく、常識はずれじゃのう……」

 ニャーゴが、呆れたように言った。。



 ギギギギ……


 僕は宝箱の重たい蓋をゆっくりと引きあげた。

「ほら、開いたよ、ニャーゴ。……さて、なにがでてくるかな?」

 僕は、大きな宝箱の中をのぞきこんだ。



 シュウゥゥゥ……


 宝箱の中から黒い霧が漏れだしてきた。


 黒い霧は、まるで生き物のようにうごめきながら、渦を巻いて天井までのびていく。


 やがて、不気味な笑い声が部屋の中に響きわたった。


「くくくく……。これは驚いたぞ。我が封印を解くとはな。しかも、こんな小僧がそれをやるとは思ってもいなかったぞ」

 宝箱から噴き出した黒い霧が、巨大な人型の姿を形作っていく。「三千年前に我をここに封じこめるのに、たいそう苦労した大賢者の一団も、さぞや天界で嘆いていることだろう……」


「今日は、しゃべる魔物がおおいね、ニャーゴ」


「ダンジョンの最下層だから、上位種が多いんじゃろうて」


「聞くがいい、小僧! 我こそは、太古の時代より人の世に恐れられし邪神じゃしん、グシオンだ! 三千年のときを経て、ついに復活を遂げたぞ。うははは……。人の世に、怒りと恨み、激しい戦と耐えがたい恐怖の混沌。あらゆる邪悪をもたらしてくれるわ!」


 グシオンは、漆黒の肌を持つ巨人の姿になっていた。頭部から角のような突起がはえている。


「ニャーゴ、すごいよ、邪神だって」


「まあ、たしかに本物の邪神のようじゃの」


「僕、邪神なんて見たことなかったよ。すごくめずらしいよね。角が生えてたり……」


「旧世界を支配していた、いにしえの邪神は数千年前にすべて封印されたからの」


「ふうん……。この邪神を、うちの領地内にある市場の大通りで見世物みせものにしたら、人があつまってにぎわったりしないかな? うちの領地貧乏だから、人寄せパンダみたいなのがあればいいんだけど」


「まあ、今の時代、本物の邪神はめずらしいからの。パンダより客がくるかもしれんな」


「……きさまら、なにをゴチャゴチャとわけのわからんことを言っておるか」

 グシオンの声に、明らかな苛立いらだちがまじっていた。「よくみるがいい! おまえたちの前にいるのは、真の邪神だぞ! 世界に災厄をまきちらす悪の化身だ! 並の人間では、この姿を見ただけで、恐怖に絶望してくるにしても、おかしくないのだぞ!」


「ニャーゴ、あんなこと言ってるよ。ひょっとして、結構強いのかな?」


「まあ、邪神を名乗るからには、それなりに強いんじゃなかろうか」


「頭のおかしい奴らだったか!」

 邪神が怒りに声をあげた。「すぐには殺さず、恐怖と絶望で苦しめぬいてやろうと思っおったが、もうよいわ! 死ぬがいい!」


 邪神グシオンは両手をかかげた。

 手の平から真っ黒な電気の光が無数に発生した。


冥府メイフ黒炎こくえんをくらえ! 『死霊の息吹デスブレス』!」

 邪神が叫ぶと、手の平で発生した黒いイナズマが、大量にまとめて僕に襲いかかってきた。


 黒いイナズマの渦が僕をつつみこんだ。


「うはははっ。これで、頭のおかしなクソガキもおしまいだっ!」

 邪神が勝ちほこったように叫んだ。


 やがて、黒いイナズマの渦が、薄まって消えた。


「な、なんだと!?」

 僕が、まだ平然と立っているのを見て、邪神はひどく驚いたようだった。


 僕は、すこしだけ興奮していた。ニャーゴに話しかける。

「ニャーゴ、今の見てた? なかなかすごい魔法じゃなかったかな? 見た目も、そこそこカッコよかったし。……やっぱり、うちの領地の市場で見世物にしたら、人でにぎわって領地の税収もあがるんじゃない?」


「まあ、そうかもしれんが……、おまえ、服がボロボロじゃぞ。特に下半身。チンコとキンタマが丸見えじゃ。頭も、コントの爆発オチの定番みたいに、アフロヘアーになっておるぞい」


「あ……、本当だ。……『完全パーフェクト神ってるヒール』!」

 僕は、回復魔法をとなえた。


 このヒールは、服や髪型まで完璧になおるので便利だ。おまけに、服の汚れが落ちるどころか、新しく仕立てたように新品のようになってしまうというすぐれものだ。


「ニャーゴ、どう? チンコとキンタマ隠れた? 髪型もどった?」


「うむ」


「よかった。チンコとキンタマまるだしで、帰り道、街中を歩くことになると思っちゃったよ。そうなったら、僕、恥ずかしくてたまらなくなってたよ」


「ば、馬鹿な……。どれだけの防御力をもっているというんだっ!」

 グシオンの声が高まった。「『闇の雷光シャドウボルト』! 『邪神の咆哮デビルクライ』! 『暗黒波動ダークウェーブ』!」


 邪神の攻撃が次々に僕に飛んでくる。でも、大したダメージにはならなかった。



「うーん、なんか攻撃が代わり映えしなくなってきたね。もうネタがつきたのかな……。ニャーゴ、どう思う?」


「まあ、そうかもしれんな」


「ニャーゴ、邪神に詳しくないの?」


「元より、興味がないだけじゃ」


「しばらく見てたら、第一印象ほど大したことなさそうだね。これじゃ、捕まえて見世物にしても、あんまりお客さんは喜ばないかも。始末しちゃうか」


 僕はジャンプして、パンチを繰りだした。


「馬鹿め。物理攻撃は、わたしには効か……ふぎゃあっ!」


 僕のパンチがおもいっきり邪神グシオンのコメカミをとらえていた。グシオンの体が吹っ飛んで、後ろの壁に、バシンッと強く当たって落ちた。


「クッ……、ありえぬ。我のような偉大なる邪神が、人間ごときのパンチ一発で滅びさろうとは……。ぐふっ」


 床の上に倒れた邪神が息をひきとった。


 僕は振りかえった。

「ニャーゴ、そろそろ帰ろっか」


「まあ、ダンジョンのラスボスも倒したことだしの」


「なんか、今日は狩りは、いまいちだったね。あんまりレベルあがらなかったな」


「いまのおまえのレベルでは、よほど強い敵でもないと十分な経験値が入らないからの」


 僕は、降りてきた迷宮を逆方向に進みはじめた。

 モブの魔物は、まだ大量に出てくる。

 僕はそれらを、次々に倒していった。


 トクンッ!


 僕の胸の中で何かがうごめいたような気がした。


 戦闘の興奮が高まり、闘争心のテンションがどんどん高まっていった……。

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