第16話

  【三人称、アーニの視点】




 アーニの心は高揚していた。


「全員、整列!」


「「「はっ」」」

 アーニの命令一下、たちまちのうちに、ナイヨール伯家臣団150人が整列する。


 アーニは、新しいオモチャをあたえられた子供のようだった。

「全隊、右向け右!」


 ザッ。


 言われたままに、150人全員が、たちまちのうちに右を向く。


「ふははは……」

 アーニの口から、楽しそうな笑い声がもれる。


 アーニよりも、はるかに年上で戦場経験があるものたちが、まるで操り人形ようにアーニの言うことを聞くのだ。面白いったらない。


(俺は……、俺は、ついにナイヨール軍の指揮官になったんだ!)

 アーニの気持ちは、さらに高ぶった。


 アーニにとって、これから、500人という優位の敵と戦うという恐怖はなかった。

 なぜなら、実母のギリヲカーンから、すでに話はついていると聞かされていたからだ。



 そのシナリオは以下のとおりである。


・コヤス軍とアーニ軍が、適当に戦ってるふりをする。


・ある程度したら、双方ともに撤退する。


・そして、指揮官同士が直接会って、相手の強さをたたえあう。


・そこで、アーニは、国王派になることを認める。


・コヤスは、アーニが少数でコヤス軍と互角に戦ったことを称賛し、アーニの軍事的指揮能力を、褒めちぎる。


といったようなものだ。



 完全な出来レースだった。



「隊列を組め!」

「…………」

 アーニが命令すると、兵士たちは戸惑ったような表情を見せた。


「こら、どうしたっ! 隊列を組めといってるだろがっ!」

 言うことを聞かない兵士たちに、アーニが怒鳴りつけた。


 しかし、まだ、兵士たちは戸惑った表情のままだ。


「どうした、俺の命令がきけないというのかっ!」

 アーニが激怒して、地面を何度もふみつける。


 そのとき、150人の部隊の中で、もっとも年季の入ったリーダー格のベテラーンという名前の男が進みでて、アーニにたずねた。

「どの隊列を組めばいいのでしょうか?」


「バカモン! そんなの察しろ」


「…………」


 兵士たちはポカーンとしている。察しろといわれても、隊列には、いくつかの種類がある。ただ、組めと命じられても困ってしまうのだ。


 ベテラーンが気をきかせて兵士たちに言った。

「横隊陣形!」


「「「はっ」」」


「兵士たちがたちまち、言われたとおりの陣形を組む」


「なんだ、やればできるじゃないか。はじめから、さっさとやらんか。バカモノがっ」

 アーニが偉そうに言う。「では、行進だ。すすめ!」


「「「…………」」」


「どうした。はやくすすまんか! 言うことをきかないと命令違反で、むち打ち刑にするぞ!」


 アーニの言葉をきいて、さらにベテラーンが気をきかす。

「縦列陣形!」


 言われて兵士たちが、すばやく縦列に並びかえた。


 横列は、戦うときの体形であり、行進するときは縦列でするのが普通なのだ。


『アーニ様って、まったく軍の指揮というものがわかってないのでは?』

『昔から、わがまま放題のアホボンって言われてたからな』

『しっ、本人に聞こえるぞ』

 兵士たちがヒソヒソ声で、アーニに呆れたような視線をむけている。


 しかし、アーニは、そのような兵士の感情など元から気にしていなかった。

「どうした!? はやく前進せんかっ、クソバカどもがっ! はやくしろ!」



「全隊、前進!」

 ベテラーンが空気を読んで、命令をだす。


 ザッ、ザッ、ザッ……

 ナイヨール家臣団150名が、行進をはじめる。


「全隊、停止!」

 急にアーニが言った。


 ザッ!


 ナイヨール家臣団150名が、ただちに停止した。


 さらに次々にアーニが命令をだす。部隊を命令できること自体を、とても楽しんでいた。

 完全に兵隊人形をつかって戦争ごっこ遊びをする子供だ。


「前進!」

 ザッ、ザッ、ザッ……


「停止!」

 ザッ!


 命令通り、部隊がピタリと停止する。


 しかし、アーニはやめない。


「前進!」

 ザッ、ザッ、ザッ……


「停止!」

 ザッ!


 アーニは、自分の命令に150人もの兵士が従うのを見るのがたのしくてしかたない。


「前進!」

 ザッ、ザッ、ザッ……


「停止!」

 ザッ!


「右むけ、右!」

 ザッ。

 アーニの命令に、150人が一斉に右をむく。


「左むけ、左!」

 ザ、ザッ。


「右むけーっ、左!」

「「「わーっ」」」

 アーニのめちゃくちゃな命令に隊列が乱れる。混乱して、倒れてしまう兵士もいた。


「ギャハハハッ、愚か者どもめ! おまえたち、ちゃんと、命令に従わなければ、まとめて、むち打ちの刑にするぞっ!」

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