第14話

 みわたす限りの平原。


 オートン家臣団と、コヤス軍が、対峙していた。


 高台の上。


 オートンは愛馬、赤王号にまたがっていた。手には、じゅうハルバート方天戟ほうてんげき

 オートンが長年愛用してきた武器だ。

 重量が50kgもあり、並の人間では、もちあげることさえ大変だった。


「ざっと見て、500人というところか。俺もめられたものようのう」

 オートンが言った。


「手勢はこちらのほうが劣勢ですが、オートン様が部隊を率いれば、500人など、簡単に蹴散らせましょう」

 同じく馬上にある家臣団長のグンカンが答えた。


 オートンのナイヨール家は、反国王派についたせいで没落していた。招集できた兵士は300人。資金不足のせいで、訓練も十分に行き届いているとはいいがたかった。


「せっかく集まってもらった300人の家臣たちに怪我をさせることもあるまい。500人程度、俺、一人いれば十分だ」

 オートンが言った。「俺、一人ひとりりで、敵陣に突撃し、たちまち蹴散らしてくれよう」

 オートンの言葉にいつわりはなかった。オートンは、文字通り一騎当千の英雄であり、500人くらいの戦力など、かんたんに単騎でケチらせるのである。


 じゅうハルバート方天戟ほうてんげきを、オートンは片手で、ブンッと振る。軽々とした動さで、見るものに50kgの重さを感じせない。

「戦いを望んだわけではないが、ここで引くわけにはいかぬわ。いざ! 敵陣を蹴散らさん!」


 オートンが単騎で突撃しようとしたときだった。


 そこに……


「あなた、出撃前にこれを飲んでください」

 と、やってきたのは、オートンの後妻、ギリヲカーンである。


 ギリヲカーンが、どす黒い液体を、なみなみとそそいだ杯を差しだす。


「その薬、あんまり好きじゃないんだけど……」


「なりません。病気が再発したら大変です。さあ、残さずいっきに飲み干してください」


「そうか?」


 言われるままに、オートンが手渡された薬の杯を、ググッと飲みほす。

 (オートンは、武力は高いが、知力は高くなかった)


 数秒とたたずに、オートンの顔色が真っ青になった。

「ぐはっ」

 オートンが口から血を吐き出し、赤王号の背から地面へと落ちた。


「オートン様!」

 家臣たちがオートンに駆け寄る。


 オートンの顔が、青白いものから、さらに紫色へと変わっていく。


「まあ大変! 病気が再発したんだわ!」

 白々しくも、ギリヲカーンが、心配そうな顔をしてオートンに歩みよる。


 その顔をみて、ギリヲカーンは内心でほくそ笑んだ。

(さすがに、天下無双の豪傑オートンといえど、トリリンカブトの9倍の毒性をもつ、『スーパー・トリ・トリリンカブト』の毒を飲めば、生きていることはできないでしょうね……。ふふふ……)


 オートンは、地面の上に仰向けになり、今にも死にそうな顔をしていた。

「うっ……、俺はもうダメだ。リーリャ。リーリャ……を呼んでくれ」


「ここは、戦場です。リーリャはいません。アーニならいますよ」

 ギリヲカーンが、オートンの顔を覗きこむようにして言った。


「アーニは、リーリャの後でいい。おまえと一緒に会おう。その前にリーリャを呼んでくれ」


「リーリャは、ここにはいないって言ったでしょ! アーニならいますよ。ほら」

 ギリヲカーンがアーニの肩をもってオートンの前にすすませる。


「しかし、家督が……」


「さあ、はやくアーニに家督を譲ってください」



「うっ……、せめて、家臣団の指揮権をリーリャに……」


「リーリャはいません。アーニなら、ここに、いますよ」


 会話をしているうちに、オートンの目から生気がなくなっていく。喋り方もしどろもどろになっていき、「アー」しか言えなくなってきた。


「アー、アー、アー……」

 毒がまわってきて、意識が朦朧としたオートンが、声をもらす。


「あなた、気は確かですか? 指揮権は誰に渡すのですか?」


「アー、アー、アー」


「目ははっきりと見えてますか? これは見えますか?」

 ギリヲカーンがオートンの眼の前に二本の指を立ててさしだした。



「アー……、アー」


「指揮権は誰にわたすのですか?」

 ギリヲカーンは、はじめは周囲に聞こえるような大きな声で言った。次にオートンの耳元でささやいた。「《この指はいくつですか?》」


「アー、2……」

 オートンの言葉を聞いて、ギリヲカーンがこれみよがしに立ち上がった。


「みなさん、聞きましたか? いま、『アーニ』といいましたね。オートンは、指揮権をアーニにわたすと、言いましたよ。さあ、アーニの命令に従うのです!」

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