第12話

「くそーっ、あの女め、俺をバカにしやがって」

 アーニが舌打ちして、地団駄じたんだを踏む。


 イライラしながら、廊下を歩いていると、向こうからリーリャがやってきた。


(このイライラは、リーリャに八つ当たりでもして、発散しないとやってられない)

 アーニがひとりよがりなことを考える。


「おい、リーリャ」


「なに? 兄さん」


「おまえ、最近、俺の領地で勝手に狩りをしているそうだな」


「父さんの領地で狩りをしているだけだよ」


「違う。南の森は、俺が管理をまかされた領地だ。俺の許可なく、狩りをすることはゆるさんぞ!」

 高圧的に、叱りつけるようにアーニは言う。「これから、おまえが勝手に狩りをするのは、いっさい禁止だ」


「そんな……」


 しかし、欲深いアーニは、そこでふと考えた。

(そうだ。狩りを禁止にしても、俺が特にもうかることはない。こいつに狩りをさせて収穫を奪えば、得するな)


「ただし、収穫の10割を俺のところにもってくるなら、特別に許してやらんでもない」


「僕の取り分はないの?」


「ふん。だれがおまえの取り分がないといった。俺様は慈悲深い。おまえには、当別に0割の取り分をやろう。なははは……」


「…………」


「いいな、採れた収穫の10割をもってくるんだぞ。ちょろまかしたら許さないからな!」


「わかったよ。だったら、今日、狩った分も持ってくる?」


「もちろんだ。はやくもってこい」


「わかったよ」




  ☆☆☆



【一人称、主人公の視点】


 今朝、僕は、一匹の魔物を倒していた。


 倒した場所まで、森の中を分け入っていく。


 倒した記憶のある場所には、魔物の死体が、まだ残っていた。ただ、魔物の体には、アリや、ウジ虫、その他死体を食べる虫がいっぱいたかっていた。


「みんな、ごめんよ。その魔物は、兄さんに渡さないといけないんだ」


 僕は、たかった虫をとりのぞいて、魔物の死体を担ぎあげた。



「うげっ。そんなのよく持つのう……」

 そばにいたニャーゴが、あきれたように声をだした。


「ん? ニャーゴ、どうかした?」


「そいつは、ギガントGじゃぞ」


「ギガントGなのは知ってるよ」


「ギガントGって、『巨大なG《ゴキブリ》』っていみじゃぞ」


「でも、兄さんはこういうのが欲しいみたいなんだ。ちょっと変わってるよね」


 僕が両手で持ち上げた、ギガントG巨大ゴキブリは、体長3mはあった。表面が黒くテカテカ、ヌルヌルしている。


「あれ? お腹にもなんかいっぱいついてるね」

 それは一匹が体長5cmくらい。ものすごくたくさんの、黒くテカテカ、ヌルヌルと光ったギガントGの子供たちだった。それが、何百と大量にうごめいていた。


「まあ、いいか……」


 僕は、ギガントGをかつぐと、屋敷まで走り出した。




「あ……、しまった」

 屋敷の建物の前まで来た僕は思わず立ち止まった。



「どうしたんじゃ?」

 僕の言葉に、ニャーゴが声をだした。


「兄さんに、どうやって狩った獲物を渡せばいいか、聞くの忘れちゃったよ」


「普通にわたせばいいんじゃないのか?」


「だめなんだよ。僕からだと、いつも兄さん会ってくれないんだ。メイドに取り次いでもらおうとしても、追い払われるし」


「めんどくさい兄じゃのう」


「まあ、いいか。兄さんの部屋の位置はここからでもわかるから」

 リーリャは言ってから、叫んだ。「兄さーん、今日の収穫を持ってきましたよ。受け取ってくださーい!」


 僕は、兄さんの部屋の開いた窓に向かって、ギガントGの死体を思いっきり投げこんだ。


  ☆☆☆

  【三人称】


「むっ」

 自室に戻ったアーニは、窓枠に、ツツーッと指をすべらせた。


「なんだ、これは? ほこりがまっているではないかっ! こら、メイド! ちゃんと掃除しているのか?」


「も、もうしわけございません」

 掃除を担当している、新入りの若いメイドがペコペコと頭をさげる。


「ふんっ、どいつもこいつも役立たずばかりだ」 

 アーニが窓際のテーブル席に座った。

 イライラしながら、貧乏ゆすりをする。


「おい、メイド。紅茶を入れてこい」

「……はい」




 しばらくして、アーニに命じられた若いメイドが、紅茶を入れてきた。


 アーニは、窓際のテーブルに座り、紅茶を口にする。屋敷の窓からは、きれいな庭園の花壇が見えた。


「ふふ……、やはり、優雅なティータイムの時間は格別だな……」

 お茶を飲むと、イライラしていた心も少しおちついてきた。

 口にしたティーカップを受け皿にもどそうとしたとき、アーニの視線がテーブルの一点に釘付けになる。


「ぎょええええっ!」

 あまりの驚きに、アーニは、席から飛びあがった。視線の先にあったのは小さな虫だった。

 テーブルの上をテントウムシが一匹、っていたのだ。



「アーニ様、どういたしましたか?」

 いつもそばにいる、アーニの専属のベテラン・メイド、メイデがたずねた。


「テーブルの上に、む、む……、虫がいるではないかっ!」


「ナナホシテントウですね」


「名前なんかどうでもいい。とっととそいつを駆除しろっ!」


「あら、かわいいじゃありませんか」


「き、キサマー! そんなものをよくさわれるなっ!」

 てんとう虫を手にしたメイデをみて、アーニが叫ぶ。


「わたしは、農村育ちですからね。小さいころから、作物についた青虫とか、手でひょいひょい取ってましたからね! それにテントウムシは、作物につく害虫を食べてくれる、すばらしい虫なんですよ」


「ば、ばかもの! 虫けらは、全部虫けらだ!」

 アーニは、潔癖症の上、大の虫嫌いなのだった。「とっとと、そいつを処分するのだっ!」


「わかりました」

 メイデは、部屋の大きな窓からてんとう虫を逃がしてやった。


 ……と、そのとき、庭から声が聞こえてきた。


「兄さーん、今日の収穫を持ってきましたよ。受け取ってくださーい」

 リーリャの声が聞こえたと思うと、


 ドドーンッッ!


 開いた大きな窓から、巨大なものが飛び込んできた。それは、体長3mくらい。黒くて、テカテカ、ぬるぬるしていた。


 ギガントG巨大ゴキブリの死体だ。 


 死体からは、蜘蛛の子を散らすように、大量のギガントG巨大ゴキブリの子供たちがいだし、周囲に散らばった。それは、一般的なG《ゴキブリ》に、形といい大きさといい、そっくりだった。

 そんなG《ゴキブリ》が何百匹と大量に周囲に広がる。


「ひゃあっ」

 アーニが飛び上がる。


 そのうちの数匹がアーニの脚から這い上がり、顔までいって、ペロペロと舐めはじめた。


「ぎょえええええっ!」


 アーニは白目をむいて、椅子に座ったまま後方に倒れる。床に頭をおもいっきり打ち付けて、白目を向いて気絶した。

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