第9話

 部屋を出ると、ギリヲカーンは、執事セバスの元まで走っていった。

「大変よ。いつの間にかオートンが元気になってるのよ!」


「まさか。トリリンカブトの毒でも効きませんでしたか?」


「体力だけは人一倍すごい男ですからね」


「では、トリリンカブトの3倍毒性が高いという、このトリ・トリリンカブトの毒を使いましょう。これを飲ませれば、どんな剛の者でもイチコロでお陀仏ですよ」


「そうしましょう。すぐにそれを飲ませるわ!」


 ギリヲカーンは、毒薬の入ったコップを手にすると、オートンの寝室へと急いだ。




「あなた、薬を飲んでくださいな」


「わたしは、その薬はいまいち好きになれないんだが」


「いけません。元気になったとはいえ、再発しないように念の為に飲んでおいてください」


「……そうか?」


 ギリヲカーンから手渡されたコップを、オートンが飲み干す。


「グハッ!」

 オートンは口から血を吐き出すと、床のうえに倒れこんだ。


「あなた、大丈夫ですか?」


「うう……っ」


「あなたっ……」


「やっぱり、わたしは、もうダメのようだ。リーリャを呼んでくれ」


「今すぐ、アーニも呼びますね!」


「アーニは、リーリャの後でいい。おまえと一緒に会おう。その前にリーリャを呼んでくれ」




 しばしあって、呼ばれたリーリャが、オートンの寝室に入っていくのを見てから、ギリヲカーンが閉まった扉に耳をあてて、盗み聞きする。


「リーリャ、やっぱり、わたしはもうダメだ」


「お父様……、そんなことを言わないで」


「よく聞きなさい、リーリャ。念の為に、予備の遺言書を図書室の一番奥の左上の本の間にはさんある……」


(ひょええええーっ!)

 扉の裏で、話を聞いていたギリヲカーンが、心の中で悲鳴をあげた。


 ギリヲカーンは、予備の遺言書を処分するために、図書室へと走った。



  ☆☆☆



 遺言書を処分して、ギリヲカーンがオートンの寝室まで戻ってくる。


「121、122、123……」

 やたら顔の血色の良いオートンが、人差し指だけで片手腕立て伏せをしていた。背中に200kgの重りを背負っていた。「ふむ……。いまいち速度がでないな。すっかり体がなまってしまっている……」


「ぎょええええーっ」

 ギリヲカーンは、目のたまが飛びだしかねないほどに驚いた。

「あなた……、さっき血を吐いて倒れたのに、どうなさったのですか?」


「倒れて、リーリャに最後の言葉を残して意識を失って、再び目覚めたら、なんか病気が治ってた……」


 よく見れば、オートンの吐いた血で汚れたはずの床の絨毯じゅうたんまで、すっかりキレイになっている。もちろん、リーリャが魔法スキルでなおしたのだ。

 だが、そんなことを知らないギリヲカーンは、何が起こったのかわからず、ひどく混乱した。



 そこに、執事のセバスが入ってきた。


「旦那様、お客人でございます」


「客人だと? 誰だ?」


「現国王の兄上様のご令嬢、プリディ・ランドール様でございます」


「なに? プリディ様が、こんな田舎の我が領地に、自らご来訪なさったと!? すぐにお通ししろ!」

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