第6話

 馬にのった2人が、細い道を走っていた。

 馬上にあったのはドレス姿の9歳、公爵家令嬢プリディ・ランドール。もうひとりは、お側仕そばづかえのメイドのカーセイフ(17歳)だった。


「ここくらいまでくれば、もう大丈夫だわね」


「…………」


「まあ、王国軍も思ったほどではなかったわね!」


「お嬢様、まだ油断は禁物かと……」


「わかってるわよ」


 言った途端だった。


 前方のくさむらの陰から、白銀のフルプレートを着た戦士たちが現れた。ざっと10人以上はいる。


「王国騎士団……、まさか先回りされてたなんて!」


 少女たちも戦闘力には、そこそこの自信があった。だが、王国の精鋭である騎士団は強敵だ。


「お嬢様、逃げましょう」


 2人の少女は、馬を返して反対側へと駆け出そうとした。しかし、背後にもおなじく王国騎士団が10人以上現れる。


「挟まれた!」

「くっ」

 プリディとカーセイフが唇をかみしめる。


 騎士団のリーダーが前に進みでた。

「プリディ様、残念ですが、ここで死んでいただきます!」


「そうやすやすとは、やられないわよ!」


 プリディもカーセイフも、背中に長剣を背負っていた。2人が剣を抜くと同時に、騎士団も剣を抜き放つ。




 数分とたたず、プリディとカーセイフの息があがりはじめる。小さな切り傷も多数負っていた。一方で、騎士団のフルプレートは特別な鋼でつくられていて、剣を通さない。

 装備だけでも、圧倒的に不利な状態だ。


「我々を相手に、これだけの時間生きのびただけでも、めてあげますよ。でも、もうこれで終わりです」

 騎士団のリーダーが仲間とともにせまってくる。

 絶体絶命……、のはずだった。


「ぎゃははははっ!」

 不意に、狂気じみた笑いが轟いた。


 現れたのは、1人の少年だ。年齢はプリディとそう変わらないだろう。

 ただ、その顔つきが凶悪だった。まるで悪魔のような顔つき。


「な、なんだ、おまえは?」

 騎士団のリーダーは驚き顔だ。


「俺様は、大魔王。この世界の真の支配者だああああっ!」

 少年が叫ぶ。


「気でも狂ったかっ! ええいっ。こやつを切り捨てろ!」

 騎士団のリーダーが兵士たちに命じた。


「「「うおおおおっ」」」

 フルプレートと重厚な盾、そして白銀色の長剣を装備した騎士団の兵士たちが、いっせいに少年に襲いかかる。


 一方で、少年は丸腰だ。見たところ、なんの装備も身につけていない。


 だが、凶悪な顔をした少年の表情は余裕だった。むしろ、この状況を楽しんでいるように見える。

「ぎゃはははっ。そうこなくちゃな! てめえら全員、血祭りだああああっ! 虫けらのクソ野郎どもには、まとめて殺処分だぁ!」


 戦闘の兵士が振りかぶった長剣をぐ。


 ガッ。

 少年が剣を受け止めた。手のひらでだ。


「なんだとっ!? どういうことだっ??」


 王国騎士団がふるったのは、秘蔵のドワーフ鋼をつかって名匠めいしょうの刀鍛冶が鍛え上げた一品だ。王国騎士団の正式メンバーとして認められたときに、国王から下賜かしされるほまれ高い名刀だった。


 人間の体くらい骨ごと簡単に真っ二つにできる名剣の刀身を、謎の少年が素手で握りしめていた。


「ぎゃはははっ! 死ねやーっ!」

 少年が空いていた方の手で兵士の胸を殴った。


 ドゴッ。

 特殊鋼で作られたフルプレート鎧の胸部装甲が、深く陥没した。


「うがっ!」

 殴られた兵士は、口から血を吐きながら地面に倒れる。


「「「なっ」」」

 残りの兵士たちが一瞬ひるむ。


「どうした? 我々は名誉ある王国騎士団だぞ。ひるむなっ! 相手はたった1人。周囲から囲んで切り捨てよ!」


「「「うおおおおっ!」」」

 気を取り直した兵士たちが、少年を取り囲んだ。


 群れるようになった兵士たちの姿で、たちまち少年の姿が見えなくなる。


 一見、少年は兵士たちに制圧されたかと思われたが……


 ドゴッ。バキッ。メキッ。

 兵士たちの群れの中心から聞こえてきたのは、不穏な音だった。


 バキバキ……。グシャッ。

「ぎゃあああああっ!」


 突然、兵士の群れの中心あたりから、1人の兵士の体が空中へと飛び上がった。首と体がちぎれて、分離している。鮮血を撒き散らしながら、兵士の体が空中でくるくると回転する。やがて、数十メートル離れたところに落ちた。


 そこからは早かった。次々に、兵士たちの首や四肢、鮮血がとびちっていく。


「ぐははははっ! 胸の奥から、どんどんと湧いてくるぜ。荒れ狂う暴力への衝動、破壊への渇望! たまらねえぜ! 全員まとめて、虐殺だああああっ!」

 悪辣な人相をした少年が叫び、次々に兵士たちの体を破壊していく。


「くうっ。ひるむなっ! 相手は小さな子ども、たった1人だ。突撃するぞ、続けーっ!」

「「「うおおーっ!」」」

 騎士団リーダーが叫んで突進すると、兵士たちが後に続いた。


 しかし、彼らがでいられたのも、数秒の間だった。少年に迫った瞬間、次々に体は破壊され、四肢や首は引きちぎられ、バラバラになってしまう。


 あっというまに、精鋭のはずの王国騎士団の一部隊が壊滅していた。


「ぐへへへ……」

 少年は、残った2人の少女に近づいていく。


「お嬢様、お逃げください!」

 カーセイフがプリディをかばうように前にでた。


「逃がすかよ! うへへへ……。てめえら、よく見ると、2人ともなかなかかわいいじゃないかっ! まとめて、俺様の玩具コレクションに加えてやるぜ。はらみ袋ぶくろとして、せいぜい楽しませてもらおうか!  がはははっ!」

 2人の少女は抵抗したが、まったく相手にならない。


 2人の少女は少年の両腕に抱えられると、さらわれるように連れさられそうになる。

「いやーっ! 誰かぁあああ!」

 それまで、男勝りで気強そうなカーセイフが、まるで、かよわい乙女のように悲鳴をあげた。

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