第5話

 黒猫ニャーゴがリーリャのレベルの高さに驚いていると、リーリャが気づいた。


「黒猫? いや……神様?」


「なんじゃと……!?」


 ニャーゴがふたたび目を丸くした。リーリャが近づいていく。


「あなたは、転生時に僕にチート能力をくれた神様だね!」


「どうして、ワシが神だとわかったんじゃ!?」


「なんとなく」


「…………」

(こやつ、ワシでさえ知らぬ、とんでもない能力を持っておるのか?? 予測がつかん奴じゃのう……)



「僕、今から魔物狩りに行くつもりなんだけど、神様も来る?」


「うむ……、一応狩りの様子も見ておくかのう……」


「じゃあ、一緒に来てよ、神様」


「下界では、神様と呼ぶのはよせ。今は、こうして黒猫の姿だしのう」


「じゃあ、なんて呼べば?」


「ニャーゴと呼ぶとよいぞい」


「わかったよ、ニャーゴ。よろしくね」



  ☆☆☆



 この日、リーリャは、隣の貴族の領地までやってきていた。国では商業発展のために関所禁止令がでている。国内の貴族の領地間は自由に移動できた。


「えらく走ったのう。猛烈な速度で50kmは走ってきたぞい」


「ニャーゴも、余裕でついてきたね。すごいよ」


「当然じゃ。なにせ神じゃからの!」

 ニャーゴは、ちょっと自慢げに「エッヘン」と首をそらす。


 やがて、リーリャはあたりを見回した。

「魔物が大量に発生して、村の人たちが困ってるって話があったのはこのへんだったかな?」


 リーリャは深い森にはいりこむ。しばらくいくと、赤茶けた土の地面の開けた場所にでた。そこに、小さな山ほどもある、巨大な蟻塚ありづかのようなものがあった。


 巨大な蟻塚には入口があって、そこからは、身長5メートル近くもある、豚の頭と人の身体を持った魔物が何匹も出入りしていた。


「ジャイアント・オークの巣だ。この巣の規模だと、中に100匹はいるかな?」

 リーリャは平然とした表情のまま、オークの巣に近づいていく。


「ブホッ!?」

 オークの一匹がリーリャの姿に気づく。「ブオオオオッ!」

 オークが、仲間に警戒の合図を送った。


 たちまちのうちに巣から何十匹ものオークがでてきた。全員、棍棒で武装している。


「君たち、村人の農地を荒らすだけじゃなくて、これまでいくつもの村を襲って村人たちを何十人も食べてしまったらしいね。悪いけど、完全に、退治させてもらうよ」


 リーリャが両手を頭上にあげて、魔力をこめる。両手の間に、たちまち巨大な魔力の球が発生する。


「「「ブヒッ! ブヒーッ!」」」

 オークたちは、かまわずリーリャに突進してくる。どうやら、リーリャの莫大な魔力量を感じとることができないようだ。


火炎地獄ヘル・ファイアー!」

 リーリャの集中した魔力が、火炎の球となってオークに飛んだ。あたり一帯が火の海と化す。


「レベルの高さからは予想ができたが、こりゃすごい威力だわい」

 ニャーゴが感嘆の言葉をのべる。


 周囲一帯のオークを一掃してから、リーリャはさらに、新しい魔力を発生させる。


「巣の中にオークが残ってたら困るからね。暴虐氷結タイラニー・フリージング!」

 リーリャが唱えると、たちまちオークの巣は、氷につつまれた。中にオークが残っていたとしても、すでに氷の中だ。


「本来なら、S級冒険者パーティでも手こずるジャイアント・オークの巣も、あまりにもあっさりと駆除したのう……」

(しかし、おかしいのう……。これだけの戦闘を行えば、ふつう『魔王の核』の影響をうけて、暴力への衝動など、黒い欲望がでてくるはずなんじゃが。どうなっておるんじゃ? こやつはいろいろ規格外じゃのう……)


「うん。これでいいね。近隣のお百姓さんたちも、すこしは安心して暮らせるかな。さあ、帰ろうか……」


 リーリャが走り出した。ニャーゴもその後につづく。

 少し行くと、見渡すかぎりの草原になった。


 少し離れたところを、豪傑馬マイティー・ホースの群れが走っていた。豪傑馬マイティー・ホースは、馬の中でも特に足が速い。


 リーリャは、豪傑馬マイティー・ホースの群れに並んで走りだす。

「競争だよ!」


 リーリャが足に力を込める。時速100km以上の速度で走ることのできる豪傑馬マイティー・ホースたちの群れが、たちまち背後へと取り残されていく。


「ヒャッホーッ!」

 リーリャは、数十メートルもあるような谷を、軽くジャンプして飛び越えた。


 リーリャの体は、あくまで軽い。

 経験値を稼ぎ、レベルが上がるにしたがって、どんどん体が軽くなっていくのがわかった。


「ん?」

 索敵魔法をつかって、前方5kmにわたって警戒したままだったが、反応があった。


「左前方30度、約5km先で、2対30人程度で戦闘が起きてる?」

 索敵魔法では、どんな者たちが戦っているのかまではわからない。

「とにかく、行ってみるか」

 リーリャは走る速度を早めた。



  ☆☆☆



 戦闘現場に到着すると、まだ戦闘が続いていた。


 2人の少女が戦っている。一人はリーリャとおなじ9歳くらい。身分が高そうなドレスを着ている。もう一人はメイド服を着ていた。こちらは18歳くらいか。


 メイドだけでなく、ドレスの少女も戦っている。戦闘を見るに、2人とも、一般人よりはるかに強そうだ。


 だが、今回は相手が悪かった。


 少女たちを囲んでいるのは、フルプレートの鎧を着込んだ完全武装の戦士たちだ。


「王国騎士団……!?」

 リーリャは鎧の肩についた紋章に気づいて驚いた。それは、間違いなく国王直属の精鋭騎士団のものだ。


「どういうこと? ドレスの女の子も身分が高そうだし」


「人間界によくある、よくある政争かなにかじゃろ」

 ニャーゴはつまらなさそうにつぶやいた。その気になれば、神の力で詳しいことを知ることができるのだが、ニャーゴは、そういうのには感心がない。


「この国の政治が揺れているとは聞いたことあるけど……。さて、どうしたものかなあ」


 多くのラノベだったりすると、こういう場面で少女の方に味方したりするものだが……


「でも、国の政争とかに巻き込まれたくないしなあ……。とりあえず、この場は、争いを止めるのがいいかな?」

 リーリャは、戦ってる2人の少女たちの方へと近づいていった。


 少女たちは、眼の前で激しい戦闘を続けている。

 それをリーリャが見ているうちに……


 ――トクン。

 胸の中でなにかが揺れた。


「……なんだこれ?」

 リーリャは、胸の中の感覚に驚いた。なにかがうごめいている。どす黒い負の力が……。


 リーリャの全身が震えた。


 普段優しいリーリャの表情が変化していく。目は凶悪な表情で釣り上がり、口はやや犬歯が目立つようになり、邪悪の笑みを浮かべる。


「ギャオオオオオオッ!!」

 リーリャの口から悪魔のような咆哮ほうこうがはなたれた。


 リーリャの胸の中にあったのは、圧倒的に強大な暴力への衝動。眼の前の戦士たち全てを破壊しまくりたくてたまらない気持ちに駆られる。


「てめえら皆殺しだあ――っ!」

 変貌したリーリャが、王国騎士団に襲いかかった。

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