第3話 僕色に染めた楽譜の書き込みは夢中で追ったあの日の理想
くだらない雑談を続けて中学校へ向かいながら、僕は愛美が先ほど見せた悲痛な表情の意味を考えていた。
こんな夜遅くに突然僕を呼び出した理由。
今日か、それともここ最近で何か辛いことがあったのではないか。
しかし、まるであれは僕の見間違いだったかのように楽天的に喋り続ける愛美に、僕はやっぱり話を切り出せないでいた。
朝日小からさっき来た道のりを引き返し、向かい側の高台の上にある西中の西門に着いた時には、時計は午前三時半ごろを指していた。
門越しに校内を覗く。
西門はいわゆる裏門に当たるので校庭は見えないが、教員用の駐車場や給食室、そしてもちろん二つの校舎を見ることができる。
やっと着いた、と呟いて愛美は門の前に座り込んだ。
かれこれ1時間ほど歩いているので、無理もない。
「あの渡り廊下、懐かしいな」
二つの校舎を繋ぐ渡り廊下。
吹奏楽部は楽器ごとに校内に散らばって練習していたのだが、僕たちは二階の渡り廊下を割り当てられていた。
「風が強い日に譜面台が倒れたりしたな」
「楽譜が飛んでみんなで急いで回収したりもしたよ」
体育座りのまま首をこっちに向けて、愛美が付け加えた。
楽譜を広げて置くための折りたたみ式の譜面台はアルミ製と鉄製があり、アルミ製は軽い分倒れやすかった。
楽譜は書き込みができるように上と下の二センチほどだけを固定するタイプのファイルに入れていたのだが、それでも風に吹き飛ばされてしまうことがあった。
楽しかったな、という言葉が思い掛けず口から飛び出た。
どんなところが?とすかさず愛美に問われる。
「なんていうか、みんなでどんな曲やりたいか話し合ったこととか、書き込みをしまくった楽譜とか。
久し振りに見たら、『鉄棒』とか『月曜日』とかどう吹いてたのかよく分からないメモとか、コンクールの直前に書き合った「頑張れ」とかが書いてあって。
帰りながらした話の内容とかも結構覚えてる。
あと、コンクールとか夏祭りに出るためにみんなで
あんな大きい楽器を階段使って三階から降ろすって知った時は絶対危ないと思ったけど、結局一回も事故らなくて。
それと、今振り返るとやっぱり仲間には恵まれたなあって思う。
先輩方の格好よさには僕は結局追いつけなかったけど、後輩は僕を追い抜いて育ってくれて。
もちろん同い年も。
女子八人に対して男子は僕と翔太の二人で不安だったけど、みんないい奴で、みんな上手かった」
「じゃあ、蓮はなんで楽器やめちゃったの?」
愛美に言われて、僕は少し返答に詰まった。
他にやりたいことができたから、となるべく自然に聞こえるように返す。
愛美はふーん、と呟き、
「蓮のクラ、好きだったのになあ」
と続けた。
少し嬉しくなったが、かつての自分のクラリネットの技量は自分で良く分かっている。
「ありがと、お世辞でも嬉しいよ」
愛美は物言いたげな表情を見せたが、立ち上がって
「じゃあ、写真撮って帰ろうか」
と言い、撮影を済ませるとさっさと歩き出してしまった。
ずっと座り込んでいたので、結局愛美はろくに中を見ることはなかった。
「そっか、やりたいこと、か」
愛美の背中を追いながら、そんな呟きが聞こえたような気がした。
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